2人と1匹の出会い③
カチュウが病院に運ばれてから、だいぶ時間が経つ。カチュウの意識が戻ったのは、2人暮らしの祖父が病室を出た3時間も後のこと。
時は深夜2時。
カチュウの意識は朦朧としているが、何やら近くで話し声が聞こえてくる。
大人の男の声、落ち着きがあって社交的な話し方をしている。
カチュウが目を開けてみると、ベッドで寝ている自分の腹の上に、あの不思議な猫が乗っていた。
しかしその猫の尻尾は1本しかない。猫がカチュウに気付いて口を開くと、驚くことに声を発した。
「おお、目が覚めたようじゃな」
と、女児とも男児とも分からぬ声。 カチュウは、その声がの主が、自分の腹の上に乗っている猫から聞こえたので、思考が停止した。
そして驚いたのも束の間、今度は「良かったですね、外傷はほとんど無く、脳波にも異常は無いそうです。明日には退院出来るとの事ですよ」と先ほどの落ち着いた男の声が聞こえてきた。
カチュウは更に困惑した、2人目の声の主が何やらおかしい。
優しそうな紳士の身体が青白くぼんやりと光っている。 なによりも不思議なのは、その男の身体が透けているのだ。
「は!? な、何だこれ…? 喋る猫…と幽霊!?」
猫が歩き出し、カチュウの眼前に寄ってきて「ではワシから説明しようかの」と、その猫がハッキリと喋りだした。
「な!ななな!?」とカチュウは驚きを隠せないでいる。慌ててナースコールを連打しようとするカチュウの顔に、猫が前足で往復ビンタを食らわした。
猫は「落ち着け」と真顔で話しかけ。
カチュウは、肉球型に腫れた両の頬を両手で押さえた。
「良いか?落ち着いて聞くのじゃ。 まずは、この大葉という男の身体から飛び出た魂と、お前さんの魂がくっついておる。 その原因は、ワシから抜け出た妖力が、お前さんら2人の魂に絡まっておるからなのじゃ。 意味はわかるか?」
カチュウは唐突なホラー展開に逆に冷静さを取り戻し「いや、まず何で猫が喋るのか説明してくれ」と猫に不信感満載の目を向けた。
猫は大葉を見つめ「おい大葉、こやつアホの子じゃぞ」と呆れている。
大葉は冷静に微笑みながら「それは仕方ありませんよ、たった今目が覚めたばかりですからね。 少しづつ疑問を解消していきましょう」と猫をなだめた。
「とりあえず猫がムカつくって事はわかったわ」とカチュウは少し苛立っている。
猫は仕方なしにカチュウの疑問に答える事にした。
「まずワシは猫ではない、猫魈じゃ。猫又の更に上の存在と言えばわかるかの? 仕事をしておった頃は火車とも呼ばれておった」
「いや、ネコマタってなんだよ」
猫は呆れた様子で大葉の顔を見つめた。仕方がないので大葉は補足説明をした。
「猫が長い年月を生き続け、強い妖力を持った存在ですね。 尾が2本なのが猫又、更に生き続けて妖力が増し、尾が3本に増えた存在が猫魈です。 今は妖力が抜かれた状態なので、尾が1本になってしまったようですね」
優しい口調で話す大葉の説明が分かりやすく、すんなりと受け入れたカチュウは、この猫を初めて見た時の事を思い出した。
「あ〜っ!そういやあの時、尻尾が3本に見えたんだよ。気の所為じゃなかったんだな。 そんで? そう言ってるアンタは何? なんか身体透けてっけど、その状態って大丈夫なの?」
「いやぁ、あまり大丈夫では無さそうですね。ふふっ、身体から魂が抜けている状態らしいので。私の身体は現在、集中治療室にあるようですし。ふふっ、参りましたね」と大葉は笑顔を見せた。
「アンタもっと慌てたほうが良いよ」
カチュウは大葉から色々と説明を聞いて、やっと理解したようだ。
「なるほどね。つまりは、この猫の妖力が接着剤みたいな役割をしていて、アンタの魂が、俺の魂とくっついて離れないって事ね。 始めっからそう言えよ」
「そう言っておったじゃろうが!」猫は往復ビンタをした。怒ったカチュウは猫を掴んで猫の足が届かないようにしている。
バタバタと喧嘩し始めたカチュウと猫。大葉はそんな2人を笑顔でなだめ、今後の身の振り方を皆で考える事を提案した。
すると猫が、さほど問題視している様子も無く答えた「それは、このアホにくっついたワシの妖力が戻れば、大葉の魂も元に戻るじゃろうな」
「へ〜簡単そうだな。 じゃあさっさと戻せよ」
猫が、今までの説明は何だったのかと苛立ち「戻せたら悩んどらんわ!」と吠え。
カチュウは負けじと「じゃあもっと困った雰囲気出せや!」と吠えた。
両者が『シャー!』と威嚇し合っている中、大葉は1人だけ冷静であった「なるほどぉ ふふっ 困りましたねぇ。 それでは、この状態でのデメリットなどはありますか?」
猫が一時休戦して「お? うむ、そうじゃな。 大したことでは無いが…。 まずこのアホが妖怪に命を狙われるな。 あとこのアホが死ねば大葉、お前さんも一緒に死ぬ事になる。 あとはワシの妖力が消えて、ワシはただの猫となり、すぐさま老衰で死ぬじゃろうな」
「『大したこと』のオンパレードじゃねぇか! 危機感バグってんのかよ! …。 つーか妖怪に命を狙われるって何!?」
「ワシの妖力はちと強力でな、それを丸腰の人間が持っていると知れれば、飢えた妖怪共がそれを食おうと襲ってくる。 食えばその妖力を自分の物に出来るからの」
大葉はそのデメリットを含めて今後の対策を考え始めた。
「なるほど、ではその襲って来る妖怪から身を守る術を身に着けましょうか」
「ねぇ、何でアンタ驚かねぇの?」
「大丈夫じゃ、そう簡単に見つかるもんでも無かろう。 その間に、垂れ流しとる妖力を抑える術を身に着ければ良いんじゃ。 なぁに、1ヶ月もあれば扱えるようになるじゃろ」
その時、病室の窓ガラスをバタバタバタっと猛烈に叩く音が聞こえてきた。2人と1匹は驚き、窓ガラスに目をやった。
するとそこには、赤ん坊ほどの大きさの、この世の者とは思えぬ無数のナニカが、窓ガラス一面に張り付き、悲鳴にも似た唸り声を上げて、窓ガラスを叩いていた。
「おいおいおい!なんだアレ!気持ち悪っ!怖っ! そう簡単に見つかったじゃねぇか! つーかこの病室って何階!?」
「あれは…魑魅魍魎の類か…。 勘付かれたな、あの数は流石に参ったのぉ。 妖力無しでは戦えん」
「ふふっ。 とりあえず逃げたほうが良さそうですよ、ほら」
と、微笑みながら落ち着いたように話す大葉の指差す方を見てみると、妖怪共が叩く窓ガラスにヒビが入り、今にも病室へ入って来るように見えた。
「アンタもっとテンション上げて言えよ!!」
カチュウがそう吠えながらも、大葉の言う通り逃げる事にしたが、ベッドから出ようにも、身体が思うように動かない。どうやら足と腰を痛めているようだ。
「出来れば代わって差し上げたいのですが、今は力の限り頑張って逃げてください。 応援しています」と大葉は、カチュウに小さくガッツポーズを見せてニコッと微笑み、少し楽しげにエールを送り出した。
「今わかったんだけどさ! アンタちょっと頭おかしいわ!」
カチュウは無理矢理にでも身体を動かし、痛みを我慢して足を引きずりながら急いでその場を離れた。
すると、先ほどカチュウ達が居た病室の方から、窓ガラスが勢いよく弾ける音が聞こえてきた。
カチュウの頭の上にしがみついている猫が「アレはたぶん…。 デカいのが来るぞ」と不穏な事を言い出した。
後ろを気にしながら逃げるカチュウが、それを見てしまった。
「おいおいおいおい!嘘だろ!? 何だあのデカいヤツ!」
病院内の通路をギリギリ通れるほどの大きな妖怪が、無数の手足をバタつかせて追って来た。 ギョロギョロとした沢山の目玉がカチュウを見つめ、大きな口を開いて歯茎を見せる。 黄ばんだ歯を勢いよく噛み締めてガチン!と鳴らした。
逃げるカチュウの頭上で、猫は追ってくる妖怪を見ながら「奴ら…互いを食いおったな。 混ざって1つになっとる…。 もっと速く走らんか!」とカチュウの額を前足で叩いた。
「これでも急いでんだよ! 今度そんな事言ったら皮剥いで三味線にすっからな!」
カチュウは、一刻も速く1階へと向かおうとエレベーターのボタンを連打したが、エレベーターが来る様子は無い。
妖怪はバタバタと足音を鳴らし、すぐそこまで迫って来ていた。
カチュウは妖怪が突っ込んで来るのを、真横に飛んで転がり、なんとか躱して逃げる。
妖怪が勢いよくエレベーターの扉にぶつかり、手足をバタつかせてゆっくりと方向転換を始めた。
妖怪は身体が大きくなった変化にまだ慣れていないようだ。 その隙にカチュウは階段を見つけ、足腰の苦痛に耐えながら歯を食いしばって走った。
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