第4話 ゴブリンの襲撃
カンカンカーンッ、カンカンカーンッ……
時刻は早朝。不穏な鐘の音が市街地に響き渡る……これは警告の鐘、都市への脅威が迫っているようだ。騎士団が慌ただしく動き人々の避難誘導を行っている。ベルスター教会も同じで、避難場所の一つとして聖堂や教室等を開放している……誘導は無事終わり、シスター達は教会の敷地内て魔法で障壁を生み出していた。
「シスター・アルテミス、修道長がお呼びです」
「副修道長……ここの障壁の準備がまだ――」
「いえ、ここは私が引継ぎます。貴女は直ぐに向かいなさい」
「承知致しました」
アルテミスは持ち場を副修道長に任せ、教会に向かう。修道長の部屋に到着すると扉をノックして返事を待つ……いつもの気怠げな声が中から聞こえてくるのであった。
「入りなぁ」
「失礼します、私をお呼びと聞いてますが? 」
「あぁ、いつも通りでいい。仕事だよ、アルテミス」
「……仕事? 」
修道長は仕事の内容を告げてくる、実にシンプルでゴブリン軍団の撃退であった。都市から東方向にある森にてゴブリンの拠点が発見されたらしい、それもかなり大規模の拠点だ。すでに付近にて小隊同士でのぶつかり合いが発生しており、状況はやや劣勢と教えてくれる。そこで今回はアルテミスに森の拠点を潰してもらいたいと依頼が来たのである。
「一人でかしら? 」
「もちろん、お前の腕を見込んでの依頼だ。騎士団長だけじゃない、アタシの考えもあっての依頼さ」
「今は守りが一人でも多くほしい、故に単独でねぇ……分かったわよ。そのお願い、聞いてあげるわ」
話が決まるとアルテミスは自室に戻って準備をする、今回は長期戦になると考え薬草などの非常用の道具などもしっかり用意し、着替えを終えると教会の裏口から出発するのであった。
道中はやはりゴブリンの数が異様に多かった、戦闘も何度か行ったがアルテミスにとっては準備運動のようなモノ……森を進んではモンスターを倒しを繰り返してようやく目的地である大型拠点に到着する。しかし彼女は違和感を感じていた、此処まで大きな拠点を築くまで偵察隊が気づかないのかと。手ごろな木に登り遠眼鏡を使って内部を確認する事にした。
「……! エルフが奴隷みたいに扱われてる、もしかして此処は彼等の集落だったのかしら?」
異様な光景だが気づかなかった理由に納得がいった、既にある集落を拡張すれば手早くコストも抑えて増築できる。偵察隊も何かあったのか確認してほしいが、改造されたエルフの集落は人嫌いで有名な場所……近寄らないのが普通だったのだろう。
~元・エルフの集落 コルト~
集落は丸太の壁で覆われており、所々木製の棘柵が置かれ侵入者を警戒していた。高見台には射手が配置されており、普通に近づけば矢に射られて捕まってしまうと予測できる。しかし作りが荒いのか丸太の壁に人が通り抜けられそうな隙間が空いている場所を発見、侵入ルートの一つに加えられた。しかしその先の広場にもゴブリンは配置されている……遮蔽物もいくつか存在しているが見つかればすぐに増援を呼ばれてしまう。そうなったらエルフを人質に取られ、そのまま捕まってしまうだろう。
「ん~、見つからずに動くのは大前提。……となるとやっぱり夜に入る? でもそれじゃあ時間が掛かり過ぎるしなぁ」
悩みつつも人質の位置を確認する、どうやらゴブリン達はそこまで頭が回らないのか1カ所に檻を複数作ってエルフ達を捕らえているようだ。見張りの配置は2体……檻のある区域の前後を見張る様に立っている、近くに高見台は1つ、射手を何とかすれば残りも静かに無力化できるかもしれない。さらに運が良いのか近くの壁に隙間がある、それも高見台の近くだ。
「……よし、あそこからなら侵入できそうね」
早速行動に移るアルテミス、隙間に関しても問題なく通れる。まずは高見台にいるゴブリンを無力化する事にした。静かにハシゴを登り、相手の背が見えたと同時登りつめ首を絞める……力を込めると骨が折れる音が聞こえ、ダラリと身体から力が抜けた。
まずは最初の壁を突破、次は入り口2カ所のゴブリンだ。
「お、弓があるじゃない。しかもエルフが使ってる良いヤツ……発射精度が良いのはコレのせいね」
周囲警戒を行う、他のゴブリンはまだ気付いていない。念の為に骨を折ったゴブリンの心臓をナイフで指しておくことに……稀にだが異様に生命力が強い個体も存在しており、骨を折った程度では蘇生してしまう場合があるからだ。
アルテミスは地面に降りると物陰に隠れつつ壁際出口のゴブリンの近くまで接近し、弓矢を構える。
シュッ……ドスッ
矢は見事ゴブリンの頭部を貫き、無力化に成功。当たった際の反動で上手く死体を物陰に飛ばすこともできたのであった。
「残り1体……まぁ後ろからがセオリーよね」
先程とは反対側に移動し、小石を手に取る。だが投げた際にミスをする……放り投げるつもりがゴブリンに直撃させてしまい、アルテミスのいる方向に視線が向いてしまった。だが彼女も慌ててはいない、そのまま接近を待ち、間合いに入ると同時に姿を見せ、鳩尾と頭部に素早く二撃放つのであった。
「?!」
「声出せないでしょ? 」
そして後ろに回ると首元にナイフを突き刺して無力化する。倒したゴブリンの腰に鍵束が付いていることに気づく……恐らく牢屋の鍵だろう。牢屋の前に進むと髭を蓄えたエルフ達の姿が見えた、女性はもう一方の牢に捕らえられているようだ。
「あ、あんた――」
「シッ、声を静かにして。脱出させてあげる」
「人間に助けられるとはな……」
「逃げたくないの? 」
「いや、この状況で我儘は言ってられない。まずは女子供から逃がしてやってくれ」
村長らしきエルフの男性はアルテミスに頭を下げて頼んでくる。人嫌いと言うのは首都で迫害されたのが原因と聞いているが、この状況を理解できるのは話が早い。
アルテミスは指示通り女性や子供のいる牢を開き、ゴブリンから奪った弓矢や棍棒を手渡す……何も無いまま森に入るよりはマシだろう。
「アンタが朝に助けに来てくれて良かった、"まだ"連れて行かれる前だったからな」
「……まだってどういう事? 」
「夜になると楽しむ為に連れて行くんだ……何も出来ない自分達を何度呪ったことかっ」
「落ち着けと言っても無理でしょうね、貴方達はどうする? 奪った武器は彼女達に渡しちゃったけど」
「魔法を使う、武器は後でなんとでもなる。鍵を開けてくれればすぐにでも動けるぞ」
アルテミスはその言葉を聞いて安心する、まだ彼らの心は折れていないようだ。彼女は警告としてゴブリン達が従来よりも強くなっている事を告げると、複数人で行動すると約束してくれた。
鍵を開けると、ナイフを使って彼らを拘束する縄を解いていく。縄に特殊な呪文が掛けられてたらしく、魔力を練ってもすぐに霧散するようなモノだったようだ。
「……よし、魔力を練れる。コレならなんとかなりそうだ」
「矢の対処はどうするの? 」
「障壁を張る役を割り当てて対処する、安心してほしい。アンタは此処を拠点に作りかえた親玉を頼む」
「……ええ、任せてちょうだい」
今こそ反撃の時……アルテミスとエルフ達はその場から駆け出すのであった。