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第1話 シスター・アルテミス

 新生魔王が誕生して18年後……一部の国を除き、スターダスト大陸はほぼ魔王軍の支配下となっている。グラン・レグルス王国は対抗していたが近隣の国が占領され、更には国内の人員や物資が不足し始めていた。

 侵略の魔の手は辺境の地まで伸びていく……しかし、そこにはまだ諦めていない者たちがいるのを魔王軍はまだ知らなかった。


〜西の辺境都市 レオ・ミノア〜


 グラン・レグルスから遥か西……エルフの国を更に進んだ位置にある小都市【レオ・ミノア】。争いや政治関係とは縁もない辺境の地であったが、新生魔王の誕生以降慌ただしい日々が続いている。東からゴブリンやオークの軍団による襲撃、魔の手から逃げ延びた避難民の保護……設置された自警団や騎士団も動ける人数は限られており、時には避難民達からも手伝ってもらうことは多かった。


 現在では救助活動も落ち着き始め、避難民達も新たな地に馴染んできているようだ。


「――この計算だと次のようになります」

「……あのシスター、ボクの計算が合わないんだけど」

「? ……ああ、ここの計算が間違ってますね。式の中でカッコがある場合はカッコ内から先に計算を――」


 都市にある教会では配属されたシスターが子供達に文字の読み書きや簡単な計算を教えている。教えているシスターは若い女性のようだ、黒髪に真紅の瞳……しかし普段は糸目らしく言われなければ分からないだろう。

 

 コンコンコンッ


 授業中にノック音が聞こえてくる、シスターが答える前に扉は開かれ傭兵風の男が入ってきた。


「どちら様でしょうか? まだ授業中で――」

「アンタがアルテミス・ベルスターか」

「ええ、そうですよ。何故名前を知ってるのかは分かりませんが、聞くのであれば自分から名乗るのが礼儀でしょう? 」

「カマセ・ドッグス、本日付で騎士団レオ・ミノア支部に配属された。支団長から挨拶するように指示を受けている。聖堂のシスターから今日の担当は此処にいると言われたんだが……俺より若い嬢ちゃんとは思っていなかったぜ」

「……成程そうですか。それならば場所を移しましょう、子供達もいる教室では狭いですから」


 アルテミスは子供達に計算の練習問題が書かれた紙を数枚ずつ配ると少しの間自習するように指示を出した。分からない場合は他の子と相談しても良いと伝えると先に教室から出ていってしまう。カマセは不思議そうな表情を浮かべるがアルテミスの後を追うのであった。


 数分歩くと教会の裏庭に到着する、やや大きめの広場となっており片隅には掃除用具や子供の遊具がしまわれた小屋が設置されている。アルテミスは広場の中央にてカマセを待っていた。


「さて、カマセさん。貴方は何故此処に来たのか分かりますか? 」

「支団長命令だからな、でも挨拶は終わったぜ? もう帰っても――」

「いえ、今からが始まりです。私と組手をしてもらいます……得物は長剣でしたね? 」


 そう言うとアルテミスは小屋に入ると長剣を模して作られた木剣を持って出てくる。カマセに渡そうと前に出すも彼は理解が追いつかずその場で立ち尽くしていた。

 声を掛けると我に帰ったのか慌てて木剣を受け取る……そして困り顔のままアルテミスへ話しかけるのであった。


「ま、待てよ嬢ちゃん。組手だぁ? 」

「ええ、その様子ですと指示をしっかり聞いてなかったみたいですね。"今後協力する事になるベルスター教会のシスターの挨拶、そして見習い卒業組手をしてもらう"……と支団長は言ってたと思いますよ? 」

「あ〜……」


 カマセはアルテミスから視線を逸し自身の頬を掻いた、その様子に呆れ顔を浮かべた彼女は腰に付けてある収納ポーチから1枚の羊皮紙を取り出す。そこには読み上げた命令が記載されている……支団長であるランロットの名前もだ。

 アルテミスはもう1枚羊皮紙を取り出すと静かに読み上げた。


「……カマセ・ドッグスさん、30歳男性と。騎士団への入団は15歳、入団して間もなく魔物の拠点制圧を単独で成し遂げた実績あり。若さ故に命令違反も多いが見合った実力はあり多少の罰は免除されていた――」

「ちょぉっ!? アンタそれを何処から――」


 アルテミスはランロット支団長から受け取った事を伝えると読むのを続けた。どうやらカマセは小隊を任せられるまで昇進していたが参加した作戦では正面突破が主流の無茶な戦法が多かったらしい。


「――王国北方に現れた大型魔物の討伐作戦に参加。しかし、他小隊との連携を無視しての突貫その他要因はあるも作戦は大失敗、参加していた小隊は壊滅し本人は半年の重傷を負ったと。療養生活中に婚約者が蒸発し賭け事や酒に逃げるようになった。王国内での活動は困難と判断されレオ・ミノア支部に転属と」

「ッ……」

「……すみません(さて、どう出る?) 」

「いや問題ない、結果的にこんな辺境へ左遷されたんだ。もういいだろ、組手ならやってやる」

「……ではお願いします(さすがに少し怒ってるみたいね)」


 カマセは木剣を軽く振るいながら距離をあける、適当な位置につくとアルテミスの元へ向き直り構えた。やや半身の状態で両手持ち、剣士としてオーソドックスな構え方であった。一方アルテミスは構える事なく立っている……カマセは武器を持たなくて良いのか問いかけるも――


「私には必要ありません、遠慮なく打ち込んで来てください」

「そうは言うがな……得物を持たない、ましてや無抵抗な女を攻撃するのは気が引けるんだ」

「ハァ……1つ、戦場では気を緩めないこと」


 目の前にいたアルテミスの姿が消えた、カマセは周囲を見渡すも彼女を見つけられないでいる……すると彼の真後ろから再び声が聞こえてきた。


「2つ。体格や性別、武具の有無等の見た目だけで相手の実力を計らないこと」

「ッ!? いつの間にっ! 」


カマセが振り向いた時にはアルテミスが真後ろに迫っていた、思わず後ろに数歩後退するが彼女は距離を詰めて仕掛ける。


「3つ、不意を突かれても冷静に対処すること」

「うおッ……!? 」


 アルテミスがカマセの額に指先を当てるとそのまま軽々と地面へと押し倒してしまった。呆気に取られる彼は空を見上げたまま動かない……そんな彼に対してアルテミスはデコピンを放つ。その音はやや重めであり、カマセはその痛みに悶えていた。


「イ゛ィッでぇ……! 」

「最低限この3つは守らないと生き残れませんね。どうします? このままお帰りになられますか? 」

「クッ……誰が帰るか! 」

「おっと」


 カマセは倒れながらも木剣を振るった、しかしアルテミスは軽い足取りで後退して回避。彼は片手で額を抑えながら立ち上がるとアルテミスを睨みつけた……ようやくやる気になったらしい。その様子を見た彼女は微笑み、ある提案を示した。


「素晴らしい気迫ですね、お望みであれば私も本気を出してお相手しますが……どうします? 」


 カマセは歯を食いしばり怒りの表情を浮かべる、アルテミスに本気を出すように言うと木剣を振り上げながら勢いよく駆け出した。

 間合いに入ると地面を強く踏み込み、木剣を振るう……軌道はアルテミスの頭部だ。そして直撃と同時に周囲に砂煙が舞い上がった。


「どうだ! スかした顔してるから痛い目に――」

「うん。良い一撃」


 砂煙が晴れると同時に地面へ亀裂が入った、カマセの前には片腕で木剣を受け止めたアルテミスがいた。既に彼女は攻撃体制を取って右掌底を彼の腹部に突き出そうとしている。


「でも力が入り過ぎてる、コレで仕留められなければ返り討ちに遭うわよ? 」

「止めたっ!? 本気の振り――」

「お望み通り、()()()の本気を出してあげるわ。……ハッ!! 」

 

 ドゴンッ


 カマセの腹部に右掌底が当たる、鎧の上からであるが凄まじい衝撃が伝わっていた。その衝撃で足は地から離れ、そのまま吹き飛ぶ。数度地面をバウンドした先で動きは止まった……誰かが受け止めたようだ。フルプレートの鎧を身に着けた男性は気絶したカマセをその場に寝かせるとアルテミスの元へ歩み寄った。


「ウチの新入りを虐めないでくれないか? 」

「あら、ランロット支団長。アタ……こほん、(わたくし)は本人の望みを叶えただけです。虐めだなんて人聞きの悪い事を言わないでくださいな」

「それは失礼した……(カマセ)はどうだい? 」

「まぁ腕前は確かのようなのでギリギリ合格、後は貴方の組む訓練次第でしょう。相手によって油断する癖があるので早々に直すべきかと」

「分かった、では彼の訓練プランを少し見直そう。協力を感謝するよ、シスター・アルテミス」

「教会の扉はいつでも開かれています、何かあればまた何時でもお越しください」


 ランロットは一礼し、カマセを背負うと教会を後にした。アルテミスは衣服の乱れを正すと子供達の待つ教室へ戻るのであった。


[134188041/1745297602.jpg]

ルナ・ビルガー/アルテミス・ベルスター

イラスト:KUMA作

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