プロローグ
「フンッ! 」
重厚な扉が蹴破られ、そこに立つは一人の老女。
身体に真紅いのオーラを纏いながら一歩ずつ進んでいく……その先には玉座があり、漆黒の鎧を身に着けた男が足を組んで座っていた。
「来たか……久しぶりだな、師匠」
「この馬鹿弟子ッ、アンタ自分が何をやろうとしてるか分かってんのかい?! 」
「分かっているさ、世界再生と人族の隷属化……魔王も言っていたが人はあまりにも醜く、自分勝手だ」
「それは魔王軍だって同じだって気づかないの? 勇者として戦ってたならーー」
「フン、未来を視ていない貴女に何が分かる」
「未来……? 」
「言っても無駄だろう、所詮”旧”人族には理解できない事……邪魔するなら容赦はしない! 」
勇者は魔王と融合し、人族の新たな脅威となってしまったようだ。彼はそれ以上語ることなく玉座を立つと老女へ襲い掛かった。
不意打ちに近い形であったが彼女はなんとか反応でき、その場から大きく後退する。元勇者の一撃が地面へ当たると砂煙を巻き上げた。煙が晴れると大きく陥没した床が見える、攻撃が当たればただでは済まないだろう。
「……」
「諦めろ、力の差は歴然……戦えば苦しい目に遭うだけだ」
「何言ってるの、弟子の不始末は師が拭う……御託は良いから来なさい。その伸びた鼻をへし折ってあげるから」
「力の差も分からないとはな、我が師も盲目となってし――」
老女は目にも止まらぬ速さで接近し、元勇者の言葉を遮る様に顔を狙って掌底を放つ。相手は兜は被っていなかったが、当てた感触は金属に近い……老女は痺れる手を振りながら後退する。
「フム、齡い80歳とは思えない一撃の重さだ」
「硬い……首の骨をへし折るつもりで打ち込んだんだけど、本当に人をやめちまったみたいだね」
「ああ、俺はもう人族ではない。新たな種の先駆者なのだよ……シンプルに【魔人族】の呼ぶとしよう」
「最初で最後の、でしょう? ……ハァッ! 」
老女は再び元勇者に接近を試みた、しかし今度は相手も同時に動き出す。老女が拳を突き出せば元勇者も拳を突き出してくる、同じ技を使用して相殺しているようだ……いや正確には相殺ではない。僅かであるが元勇者の力が勝っている、暫く打ち込みが続くと老女の拳から血が滴り始めた。
「ッ……」
「拳を使い続けるのは情けのつもりか? そろそろ本気を出せ、アンタは本来脚を使う戦い方だろう」
「それならお望み通り――」
元勇者の望み通りに脚を使った戦いを……と駆け出した瞬間、身体に異変を感じた。勢いは徐々に弱まり、間合いに入る前に膝を付いてしまう。
「う……あ………な、何が? 」
「戦いと言うならば卑怯とは言いませんよね? 」
声の聞こえた方向へ視線を移すとそこには漆黒のローブを纏う者が手を向けていた。ローブを外すとその顔が明らかとなる、その正体は勇者と共に旅をしていた仲間の1人……僧侶の女性であった。しかし既に人族ではなく魔物と成り果てており、美しかった金髪や白い肌は失われ、青い肌に血塗れたような銀髪の姿になっていた。老女に対して魔法を使い動き封じているようだ
「魔王様、せめて美しかった姿で死なせてあげましょう」
「苦しませるのも酷か、ならばこの技で終わらせよう」
元勇者は両手首を合わせ、腕を引くと腰の位置まで移動させる……手の間に禍々しい力が収束していく。元僧侶の女性は呪文を唱えると若返り始めた老女の周囲に青白い魔法陣が合われる。そこには時計や歯車らしき模様が浮かび上がり、術の発動と同時に動き出した。
「……あぐっ?! じゃ、邪魔を……あああ?!! 」
老女が大きく身体を反らせると変化が訪れる。白髪は黒く染まり、顔もほうれい線が消えてゆく……若返ったようだがその表情は苦しみに染まっている。急激な変化に彼女は自ら力を制御できず、呼吸を整えるだけでも精一杯となっていた。
「我が一族に伝わる禁術【刻戻し】……お気に召されましたか? 」
「はぁっ……はぁっ……! このーー」
「さらばだ、我が師……ルナ・ビルガーよ!! 」
「しまっーー」
元・勇者は師の名を告げると同時に離れた位置から両手を前に突き出した、溜められた力が開放され真紅の閃光となりルナへと襲いかかる。閃光は魔王城の壁を貫き、遥か彼方まで伸びていく……力の放出が収まるとルナの姿は消えていた。
「……手間を掛けさせたな、メビウスよ」
「いえ、コレも全て魔王様の為でございます」
「それでは各地の制圧を始めるとしよう、他の者にも伝えてくれ」
「承知致しました」
こうして世界は闇に飲まれ、魔王は世界征服を果たしたのであった。人々は魔物の奴隷となり尽きることの無い絶望の中で生活している。
だが全ての人族が諦めた訳ではない、魔王倒す者が再び現れる事を願いながら戦っているのだ。
そして十数年の月日が流れた……
ノベプラ掲載作品です。こっちにも投稿していきます