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死に行く人間には、やる事が無い

これは小説習作です。とある本を開き、ランダムに3ワード指差して、三題噺してみました。

随時更新して行きます。

【お断り】「痛み、幽霊、歓迎」の三題噺です。


(以下、本文)


私は、ついに死ぬようだ。

あの激しい痛みが、いよいよと言う時にはスッと消えてしまうものだとは知らなかった。

死に関する本は病床で読みあさったが、そんな事は、どの本にも書いてなかったよ。

そりゃそうだ。死への道は一方通行。生き返って著作をものする訳にはいかんのだから。


最初に出て来たのは女の幽霊だ。妻の他に女を知らない私にも「怨めしい」と言って、化けて出る女がいたとは驚いた。

どこかで見たような顔だが、思い出せない。私に片思いでもしていたのだろうか。「すまんね」と謝ったら、スッと消えた。私は、そんなにひどい事をした訳でもないようだ。女に刺されて死ぬ訳じゃないからだ。

いや、もしかしたら、ありゃ妻か。まだ生きてる妻が、もうちょっとで死ぬ私を取り殺したとしても、おかしくはなかろう。

だとしたら、なぜ妻はスッと手を引いたのか。私を赦してくれたのかな。

それとも、ご臨終の枕元で、私は、またしても妻に愛想を尽かされたのか。未だ生きてる内に見放されたのか。どうも、こっちの方が真実に近い気がする。


それから、顔と名前が一致しない有象無象どもがゾロゾロ現れた。

私は「カーッ」と一喝して追っ払った。案の定、ザコ幽霊どもは慌てふためいて逃げて行った。つまらん連中だ。人事部長の私を怨むのは筋違いじゃないが、会社を辞めたら関係ないだろう。そこから先は自分の人生だろう。そんな事すらできず、未練だけ抱えてダラダラ生きたから、死んでもフワフワした物にしかなれないんだ。

舐めるな。これでも私はプロだ。必殺仕事人だ。


私よりも先に死んだ長男が出て来た。泣いていた。これだけは、どうしようもなかった。抱き合って泣いた。

「さあ、私のキンタマの中にもどれよ。今度こそ、ずっと一緒だ」と言ったら、あいつめ、尿道から岩のかたまりみたいに、もぐり込んで来やがった。激痛が走った。生前、何度か経験した尿管結石の逆方向バージョンだ。ひどいやつだ。これがホントの「先立つ不孝」ってやつか。


あいつが出て来た。こんな私にも親友がいたんだ。

I hear their gentle voices calling “Old Black Joe.” 

そう鼻で歌って、あいつは、かき消すように消えた。ああ、あいつだけは私を歓迎してくれるんだな。最後の10年間、年賀状すら出すのを忘れて、ごめんよ。ごめんよ。


両親の幽霊が現れなかったのだけは、心底ホッとした。成仏してくれて、どうもありがとう。それとも、既に、どこかで生まれ変わっているのかな。今度こそ仲のいい夫婦になってくれよ。息子の私から言いたいのはそれだけだ。


最後に、光り輝く誰かがやって来た。

唯物論者として死にたかったんだがな。余計なお世話もいいところだ。

いや、余計な世話を焼くからこその神さまなんだろう。こっちの事情なんて、お構いなしだ。

私はニーチェとフロイトとマルクスと一緒に地獄に落ちるつもりだ。敬愛する先輩方が、どこでどうなってるかは知らん。「蔵書はまとめて廃棄物業者に引き渡せ」と言っておいた。

ちょっと楽しみでもあるな。神曲時獄篇とシャレ込むか。またしても、せわしない日々を送る事になりそうだ。

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