表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

サジタリウス未来商会と「願いを紡ぐ糸」

駅前の広場では、毎年恒例のフリーマーケットが開かれていた。

雑踏の中で賑やかな声が飛び交い、行き交う人々の笑顔が溢れている。


その一角で、榊原修一は腕組みをして立ち尽くしていた。


40代前半、勤めている会社は順調だが、最近は漠然とした不満に苛まれていた。

「自分が本当にやりたいことは何なのか」と考えながらも、明確な答えは見つからない。


「俺の人生、このままでいいのか……?」


フリーマーケットを眺めているうちに、ふと視界の端に奇妙なテントが映った。


他の店が華やかな装飾で目を引く中、そのテントは質素で、ただの白布がかけられているだけだった。

入口には看板が掲げられ、手書きでこう書かれている。


「サジタリウス未来商会」


「未来商会?」


興味を引かれた修一は、人混みを抜けてテントの中へ足を踏み入れた。


テントの中は驚くほど静かで、外の喧騒が嘘のようだった。

そこには一人の初老の男が座っており、静かな微笑みを浮かべて修一を見つめていた。


「ようこそ、榊原修一さん。どうぞお掛けください」


「俺の名前を知っているのか?」


「もちろんです。そして、あなたが抱えている悩みも分かっていますよ」


修一は戸惑いながらも席に座った。


「俺の悩みって何だ?」


サジタリウスは懐から小さな箱を取り出した。

その中には、様々な色に輝く細い糸が巻かれていた。


「これは『願いを紡ぐ糸』です」


「願いを紡ぐ糸?」


「ええ。この糸を使えば、あなたの願いが一つだけ形になります。何を望むかを糸に紡ぎ、それを現実に織り上げるのです」


修一は半信半疑だった。


「願いが形になるなんて、そんなことができるのか?」


「できます。ただし注意が必要です。何を望むかは慎重に選んでください。叶えた願いがあなたにどんな結果をもたらすか、完全に予測することはできません」


修一は考え込んだ。


「一つだけ……それならやってみる価値があるかもしれない」


自宅に戻った修一は、机の上に糸を置いてじっと見つめた。


「何を願おうか……」


まず頭に浮かんだのは、仕事の成功だった。

だが、次に思った。


「成功を願っても、その後どうなるか分からない。それに、ただ金や地位を得るだけじゃ満たされないかもしれない……」


次に浮かんだのは「家族との絆」だった。


修一には妻と小学生の息子がいるが、最近は仕事が忙しく、家族との時間が減っていた。

それを取り戻せる願いを叶えるべきかと考えた。


悩み続けた末、修一は一つの願いを紡ぐことに決めた。


糸を指先に巻きながら、心の中で強く思い描く。


「もう一度、何かを心から熱中して追いかけたい。そのための道を見つけさせてくれ……」


糸が淡く光り、次の瞬間、修一の手から滑り落ちた。


部屋には静寂が戻り、何も変化がないように見えた。


「これで本当に願いが叶うのか?」


数日後、修一は仕事の帰り道で古びた本屋を見つけた。


店内に足を踏み入れると、一冊の分厚い本が目に留まった。

タイトルは「クラフトの世界」。


「クラフトか……」


何気なくページをめくると、そこには手作り家具や雑貨の美しい写真が並んでいた。


「面白そうだな」


修一はその本を購入し、自宅で読みふけった。


それからというもの、修一は休日ごとにクラフトに没頭するようになった。


最初はぎこちなかったが、次第にコツを掴み、自分なりの作品を作れるようになった。

家族もその活動を応援し、息子と一緒に小さな木製の置物を作ることも増えた。


「こんな風に熱中できるものがあったなんて……」


仕事では相変わらず忙しい日々だったが、クラフトを通じて得られる満足感が、修一の生活に新たな彩りを加えていた。


ある日、彼はフリーマーケットで自分の作った作品を並べて売ることを思い立った。


「たくさん売れるといいな」


予想以上に多くの人が足を止め、彼の作品を手に取っていった。


最後の客が去った後、彼はふと呟いた。


「何かを作り上げる楽しさ、これが俺の願いだったんだな……」


サジタリウスはフリーマーケットの一角で、次の客を迎える準備をしながら、どこか満足げに微笑んでいた。


【完】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ