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5.永遠の螺旋の果てに

 何度目かの廃病院探索。美鈴の頬はこけ、目の下には隈ができていた。無限に繰り返される恐怖の日々が、彼女たちの心身を蝕んでいく。美鈴は疲労困憊の表情で、同じく憔悴し切った仲間たちを見つめていた。


 しかし、その「仲間たち」の姿が、どこか曖昧に見える。まるで霧の中の人影のように。


「みんな、気づいてる? 私たち、同じことを何度も繰り返してるの」


 美鈴の声が、廃病院の廊下に虚ろに響く。


 愛花が目を丸くする。しかし、その目は焦点が合っていない。


「えっ、どういうこと?」


 美鈴は深呼吸をして説明を始めた。時間のループに囚われていること、そして彼らが見ていた「人魂」は、実は過去の自分たちだったという驚愕の事実を。


「じゃあ、俺たちはこのループから抜け出せないってことか……」


 秀一の声は絶望に満ちていた。しかし、その姿が一瞬、透き通って見えた。


「このまま永遠に、同じ恐怖を味わい続けるの?」


 翔は黙って壁に寄りかかり、顔を両手で覆いながらしゃがみ込む。しかし、その姿が壁に溶け込んでいくように見えた。


 その時、廊下の奥から、またあの足音が聞こえてきた。カツン、カツン……。その音は、彼らの心臓の鼓動と同期するように、徐々に速くなっていく。


「来たわ」


 美鈴が囁くように言う。全員がスマートフォンを構えた。画面に映し出されたのは、やはりあの白衣の老人。柊医師だ。


 しかし今回、美鈴は怯まなかった。


「もういい加減にして! 私たちを自由にして!」


 彼女の叫びに、老人は不敵な笑みを浮かべた。


『自由? 君たちこそ、私を自由にしてくれないじゃないか』


 老人の声が、まるで頭の中に直接響くように聞こえる。


『私の研究は、人間の魂をデータ化し、永遠の生を得ることだった』


 柊医師の目は狂気に満ちて輝いていた。


『そして、それを可能にしたのが、君たち若者のエネルギーなんだよ。君たちの恐怖、絶望、そして生きようとする強い意志。それらが私の永遠の命の糧となるのさ』


 美鈴は眉をひそめる。


「でも、それならなぜ私たちを時間のループに?」


『君たちの魂のエネルギーを、永遠に利用するためさ。簡単だろ? このループこそが、私の永遠の生命を支える装置なんだ』


 老人の言葉に、全員が絶望的な表情を浮かべる。永遠に繰り返される恐怖。逃れられない運命。


 しかし、美鈴の目に決意の光が宿った。


「みんな、聞いて。このループを断ち切る方法がある」


 全員が彼女に注目する。しかし、その姿がますます霞んでいく。


 美鈴の目に決意の光が宿った。


「私たちは、自分の意志でこのループに入ることを拒否するの」


 彼女の声は震えていたが、芯は強かった。


「そうすれば、柊医師の魂を支えるエネルギーが断たれるはず。私たちの恐怖や絶望ではなく、希望と勇気で終止符を打つのよ」


 老人の表情が曇る。


『やめろ! そんなことをしたら、君たちも消滅してしまう!』


 美鈴は仲間たちを見た。皆、怖々としながらも、頷いている。しかし、その姿はもはや幻のようだった。


「覚悟はできてる。みんな、スマートフォンを壊して!」


 一斉に、スマートフォンが床に叩きつけられる。画面が砕け散る音が、廃病院に響き渡った。


 するとたちまち、周囲の景色が歪み始めた。壁が溶け、床が揺れる。そして老人の姿が、まるでノイズのように乱れ始めた。


『やめろ! やめるんだ! 私の、私の永遠の……』


 老人の叫びとともに、全てが白い光に包まれていく。


 美鈴は目を閉じた。温かい光に包まれる感覚。そして……。


 ――パチリ。


 瞼を開くと、そこは大学の研究室だった。窓から差し込む夕陽が、優しく彼女の頬を撫でる。


「美鈴、どうかした?」


 愛花の声に、彼女は我に返った。


「ね、ねえ。私たち、廃病院に行ったよね?」


 愛花は首を傾げる。


「廃病院? 何の話?」


 その瞬間、美鈴は全てを悟った。彼らは確かにループから抜け出した。しかし、その代償として、あの恐ろしい体験の記憶を失ったのだ。彼女以外の全員が。


(これでいいの。みんなが安全なら)


 美鈴はそっと微笑んだ。彼女の記憶に残された恐怖の痕跡は、いつか薄れていくだろう。しかし、彼女の心の奥底では、永遠に続くはずだった恐怖のループを断ち切った達成感が、密かに灯っていた。


 そして彼女は誓ったのだ。二度と、あのような恐怖を誰にも味わわせないと。


 夏の陽が沈みゆく空を、美鈴は静かに見つめていた。


 しかし、その時、彼女の左手首の傷跡が再び疼き始めた。そして、鏡に映った自分の姿が、一瞬だけ柊医師の姿に重なって見えた。


(まさか、私は……)


 美鈴の瞳に、恐怖と共に、ある種の興奮が宿る。そして、彼女の唇が、柊医師のような不敵な笑みを浮かべた。


 永遠の螺旋は、新たな形で続いていくのかもしれない。そして、その螺旋の中心にいるのは、もはや柊医師ではなく、美鈴自身なのかもしれなかった。


「ねえ愛花、例の廃病院に行ってみない? 秀一くんと翔くん誘ってさ」


「えっ、どういうこと?」


 美鈴は笑顔を浮かべていた。柊医師とそっくりな、機械のような笑顔を。




 =了=

最後まで読んでいただきありがとうございます。


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