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4.時を巡る罠

 夜の帳が降りた廃病院。月光に照らされる朽ちかけた建物は、時の狭間に取り残された亡霊のようだった。美鈴たちは再び、その不気味な建物の前に立っていた。今回も全員が揃っている。美鈴、愛花、秀一、そして翔。誰もが緊張した面持ちで、これから起こる出来事を予感していた。


 美鈴の左手首の傷跡が疼いていた。その痛みは、彼女の記憶を呼び覚ます。幼い頃の実験。注射針が肉を貫く感覚。意識が朦朧とする中で見た柊医師の冷酷な表情。そして、あの声。


『これで、君は死なないよ。永遠に生きられるんだ』


 美鈴は震える手で傷跡を撫でながら、深呼吸をした。


「き、協力するとは言ったけど、本当に行くの?」


 翔の声は震えており、その目には恐怖と後悔の色が浮かんでいた。


 美鈴は深く息を吐いてから答えた。


「ええ、行くわ。私の過去も、この病院の謎も、全部明らかにしないと」


 皆がうなずき、おもむろに病院の中へと足を踏み入れた。


 内部は前回と変わらず、底知れぬ闇に包まれていた。腐敗した肉の臭いが鼻をつき、床を踏む足音が不気味に響く。その音は、骨が砕ける音にも似ていた。そして今回は、拡張現実( AR )を使わずとも、暗闇の中に微かな青白い光が漂っていた。


 人魂(ひとだま)だろうか。それとも、時間のループによって積み重なった過去の自分たちの残像だろうか。


「み、みんな、アプリを起動して」


 震える声の秀一。彼はすでに画面越しで見ている。その手に握られたスマートフォンは手汗でベトベトになっていた。


 秀一の声に従い、全員がスマートフォンを取り出した。画面に映し出されたのは、驚くべき光景だった。


 無数の半透明な人影が、廊下を行き来している。苦痛に歪んだ顔の患者、血に染まった白衣の看護師、狂気の目をした医師……。それぞれが自分の死の瞬間を永遠に繰り返しているかのようだった。


「これは……幽霊? それとも過去の映像?」


 画面を見ながら、愛花が震える声で言う。その時、美鈴の目に見覚えのある姿が映った。


「あっ! あれは……私?」


 画面の中で、幼い美鈴が両親に連れられて歩いている。そして、その先には柊医師の姿が。


「追いかけましょう!」


 美鈴の一声で、一同は幼い美鈴の後を追った。階段を上がり、薄暗い廊下を進む。そして、一室の前で足を止めた。


 ドアを開けると、そこには柊医師と幼い美鈴の姿があった。医師が何かを注射している。幼い美鈴は苦しそうに身をよじっている。


「やめて!」


 思わず叫んだ美鈴。しかし、過去の光景は何も変わらない。


 突然、部屋中の時計が一斉に逆回転を始めた。美鈴たちの周りの景色が歪み、渦を巻き始める。


「なっ、何が起きてるんだ!?」


 秀一が叫ぶ。しかし、その声もすぐに渦の中に飲み込まれていった。


 *


 目が覚めると、美鈴たちは見知らぬ場所にいた。いや、見知らぬ時代に。


 窓の外には、建設中の高層ビル。そして、まだ新しい病院の建物。


「ここは現在……じゃないよね?」


 愛花が困惑した様子で周りを見回す。その時、廊下の向こうから人影が近づいてきた。


「よく来たね、美鈴ちゃん」


 柊医師だった。しかし、廃病院で見た老人の姿ではなく、壮年の姿をしている。その目は、冷たく鋭い光を放っていた。


「あなたは……どうして……」


 美鈴の問いかけに、柊医師はにやりと笑った。


「私の研究は、時間そのものを操ることだったんだよ。そして、その鍵となるのが、君たちなんだ」


 柊医師の声には、感情の欠片も感じられなかった。それは、まるで機械が話しているかのようだった。


「でも、どうして……こんな残酷な実験を……」


 美鈴の声が震える。柊医師の表情が一瞬だけ曇った。


「君には分からないだろうね。愛する者を失う痛み。死への恐怖。私は、妹を救うためにこの研究を始めたんだ」


 柊医師の目に、一瞬だけ人間らしい感情が宿った。しかし、すぐにそれは消え去り、再び冷たい光が戻ってきた。


「しかし今は、純粋に科学的興味だけだ。人間の生命の限界に挑戦する。それこそが、私の目的なんだよ」


 その瞬間、美鈴たちの周りの空間が再び歪み始めた。彼らは、時間の渦に巻き込まれていく。


 *


 蒸し暑い夏の夕暮れ。研究室の窓から差し込む赤い陽光。エアコンの冷気が肌を刺す。


 美鈴のスマートフォンが振動する。


『お前も噂聞いただろ? 俺たちで確かめに行こうぜ。科学オタクのお前なら、幽霊なんかいねえって証明できるだろ?』


「あれ? なんか……デジャヴ?」


 美鈴は首をかしげる。すると彼女はハッとした顔になり、恐ろしい予感に襲われた。


(まさか、私たち……時間のループに囚われてる!?)


 その時、彼女のスマートフォンに見覚えのあるメッセージが届いた。


『お前も噂聞いただろ? 俺たちで確かめに行こうぜ。科学オタクのお前なら、幽霊なんかいないって証明できるだろ?』


 美鈴の顔から血の気が引いた。全てが初めから繰り返されている。彼女たちは、終わりなき恐怖の輪廻に囚われていたのだ。


 しかし、今回は何かが違った。美鈴の記憶に、前回のループの断片が残っている。そして、彼女の左手首の傷跡が、以前よりも深く、大きくなっていた。


(私たち、本当に……実験台なの?)


 美鈴の心に、恐怖と共に、ある決意が芽生え始めた。この輪廻から抜け出すため、そして真実を明らかにするため、彼女は再び廃病院へと向かうのだった。


 しかし、彼女はまだ気づいていなかった。自分の中に潜む闇が、少しずつ広がり始めていることに。そして、その闇こそが、柊医師の実験の真の目的だったことに。


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