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1.因縁の胎動

 蒸し暑い夏の夕暮れ、星河(ほしかわ)美鈴(みすず)は研究室の窓から差し込む赤い陽光を見つめていた。窓ガラスに映る自身の姿が、夕日の血のような色彩に溶けていく。エアコンの冷気が肌を刺すように感じる。彼女は無意識のうちに、首筋に浮かぶ鳥肌を撫でていた。その感覚が、これから起こる出来事の不吉な予兆であるかのように、美鈴の心に不安が忍び寄る。


 突如、背後から鋭い痛みが走った。美鈴は息を呑み、振り向く。そこには親友の月城(つきしろ)愛花(あいか)が立っていた。彼女の手には、何かの拍子に美鈴の背中に刺さってしまったペンが握られていた。


「ごめん、美鈴! 怪我させるつもりじゃなかったの」


 愛花は慌てて謝罪した。しかし、その目には何か異質なものが宿っていた。それは好奇心か、それとも……。


「大丈夫よ」


 美鈴は苦笑いを浮かべながら言った。しかし、背中の痛みは消えない。それどころか、その痛みが全身に広がっていくような錯覚に陥る。


「それで、どんな噂なの?」


 美鈴は話題を変えようと尋ねた。


「ほら、あの廃病院のやつ。患者の魂で不老不死の研究してたヤバい医者の幽霊が出るんだって」


 愛花の声は、どこか興奮を含んでいた。美鈴は眉をひそめ、目頭をもむ。物理学を専攻する彼女にとって、幽霊の存在など科学的に証明されていない空想でしかない。


「そんな非科学的な――」


 言いかけて、美鈴は口をつぐんだ。幼い頃の記憶が、霞がかかったようにぼんやりと蘇る。消毒液の刺激臭。両親に連れられて行った病院の白い廊下。異様な雰囲気漂う空間。そして、ベッドの上で苦しそうにのたうち回る影……。自分だったのか、誰かだったのか、はっきりしない。しかし、その記憶と共に、激しい痛みの残響が体を貫く。


「急にどうしたの? 顔色悪いよ?」


 愛花の声で我に返り、美鈴は首を振った。しかし、その瞬間、目の前に別の光景が広がる。白衣を着た老人の姿。冷たい微笑を浮かべながら、メスを手にしている。その刃が、ゆっくりと美鈴の体に近づいてくる……。


「美鈴? 美鈴!」


 愛花の声が遠くなる。美鈴の意識が徐々に薄れていく。そして、完全に闇に飲み込まれる前、彼女の耳に不気味な声が響いた。


『お帰り、美鈴ちゃん。実験の続きをしよう』


 意識を失う直前、美鈴の脳裏に一つの考えが浮かんだ。


(私たち、何かとんでもないものを見てしまったんじゃ……)


 研究室に満ちる闇は、彼女の運命を予言するかのように、ますます濃くなっていった。そして、美鈴の体は床に崩れ落ちた。

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