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ウルザの短編集  作者: f
2/7

Ðel Fómwi  火と風の物語2


 翌朝ラルラーが目覚めると、天幕にバルバスの姿がなかった。

 出入り口の垂れ幕から外を見ると、バルバスは遠くを見ていた。


「おはよう?」 « Króvaftzi kelmér? »


 声をかけると、バルバスは難しい顔をしていた。


「おはよう……困ったことになった」 « Króvaftzi…… kadóri Kandjói. »

「なに?」 « Háš? »

風馬(ロルク)がいなくなった」 « Lóluk dj'roróch'f érwi. »

「わあ」 « Ó-lau …… »


 バルバスがいれば神殿(テムナイ)に帰れないということはなさそうだが、とても時間がかかるのは間違いない。


「おそらく……何かから逃げた」 « Jetzk…… ki dj'teólóf va'ha fligoldói. »

「なにか?」 « Fligoldán? »


 ラルラーはバルバスが目を凝らしている方角を見た。南の地平線が異様に明るい。

 彼は尋ねた。


「火?」 « Artz urof Gérd? »

「そうだな……」  « Na-la……»

「戦争?」  « Nulórs? »

「違うだろう」 « Jétzk nartze. »

「バルバスは、あれがなにか知ってる?」  « Artz sorkhót kói, Bárbath? »

「おそらく……」 « Zašt …… »

「なに?」 « Háš uróf? »

「……昨日、話したことを覚えているか?」  « Artz édešrót háš dj'išmóch' teia Mekeum? »

「……ねこ?」  « …… Nina? »


 バルバスは小さく笑った。


「そうだね……だが、あれは猫じゃない。おそらく──私の古い仲間だ」  « La-la …… ev urof narze Nina. Zašt — kio urü Tänayo uzhaniir eik. »

火を駆る者(ゲルダルキオ)?」 « Gérdarkio? »

「そうだ」  « Lá'y. »

「こわい人たちなの?」 « Artz urü Mol'reyo? »

「いいや……ラルラー、天幕の中にいなさい。私が良いと言うまで」 « Né …… Lalulá, frade ar Kláuvoi ven el'smeró hár teia, la'y? »


 こわい人たちではないのに隠れなければならない……ラルラーは首を傾げたが、バルバスの言う通りにした。

 だが、天幕の布の隙間からしっかりと外を眺めていた。



 やがて、馬たちが駆る地鳴りと人びとの掛け声、それから炎が空気を焼くゴウゴウという音が近づいてきた。

 五騎ほどの火を駆る者(ゲルダルキオ)は、見た目は十分に怖い集団だった。黒光りする炎馬に乗っていることは差し置いて、みな(エストゥーガ)(アゾル)弓矢(アルノヂーマ)で武装しており、黒い衣にはびっしりと刺繍が施され、胸元や耳に大きな飾りを付けている者も多い。彼らの頭上では赤みがかった鷹が旋回していた。

 何より目を引くのは顔に描かれた模様だ。年配になるほど模様の密度は増し、肌がほとんど見えなくなっている。


 おそらくもっとも刺青が多いと思われる一人が馬から降りた。この集団の長なのだろう。バルバスより少し若いだろうか。火の生まれらしく浅黒いオリーブ色の肌、榛色の目、その立ち姿から豪快な性格であることがうかがえた。

 彼は低い声で言った。


「お前……(ルーキ)も連れず、こんなところに一人でいるからには、ただの旅人(ザカレヤ)ではないな。名を示せ」 « Té ……nárhze urróf Ðákhåleya šegus, rhumå urróf olándeerr noéše Lúkói tórkhå. Ðémerrte erríe Šákhói teik'. »

 その言葉には訛りがあり、荒々しく響いた。

 バルバスはしばらく沈黙していた。ラルラーが見つめる後ろ姿からはその表情は分からない。彼らは元々仲間だったのではないのだろうか。二十年も経って、知り合いがいなくなっているのだろうか、とラルラーは思った。

 火を駆る者(ゲルダルキオ)がしびれを切らす前に、彼は答えた。


「私は灰色のバルバス──《無感情》のメノーの神官」 « Uró Bárbath sea Mevír — Divárhyo sea Memnér, "Nélenrim" .

熾火(バルボト)……」 « Bárrbåt' …… »


 長はバルバスを凝視し、目を瞠った。


「バルボト!お前、烟り牛のヂュルハノーチファー・天幕の生まれクラウヴォイ・ガロガレルのバルボトだろう!」 « Bárrbåt'! Té urrót Bárrbåt' séa djúrrkhånochfárr Klåubhoi Gålogárherr! »

「そうだ」 « Ná-la. »

「まったく!見知らぬ者のような名乗りをしやがって!」 « Háš tébh'kírr! Dånzót rház Rhobhšá! »


 長は笑い声を上げてバルバスに近づき、彼がよろめくほどしっかりと抱きしめた。

 バルバスも抱擁を返しながら言った。


「君が私を覚えているか分からなかったからな、コマーズ」 « Na, dj'orkhó édešróch't eói, Komáz. »


 コマーズとは通常「三重」とか「三倍」を意味する。ラルラーは知らなかったが、賽子賭博において、三つの賽子が揃うとゾロ目(コマーズ)といい、ツキがある、ツイているという意味になる。


「最後に会ってからどれほど経ったか──あの頃は《灰色》ではなく《黒》だったな!」 « Hö’ eråkhiirr dj'urróch'f érhå, bhen dj'lerråkhóch'f lwin? — kherrío Kheum, dj'urróch't ošmiirr ebh meviirr! »


 それは単純に褪せた髪色のことを言っているわけではなさそうだった。


「ああ」 « La'y. »

「ということは、本当にあの辛気臭い神殿に入ったわけだ」 « Fulárr, éverhiiza dj'ifešóch't kói Temnoi nárånii, hé? »


 バルバスは苦笑いした。

 コマーズは仲間の方に向き直った。


「同胞よ!案ずるな、こやつも我々と同じ烟り牛のヂュルハノーチファー・天幕の生まれクラウヴォイ・ガロガレルだ」 « Täneyó! nárze gvalte, bhi djúrrkhånochfárr Klåubhoi Gålogárherr rhaz erhwi! »


 それを聞いて、何人かが歓声を上げ、一人は何か丸薬のようなものを放り投げて口に放りこみ──火を吹いた。

 バルバスもあれができるのだろうか、とラルラーは思った。

 コマーズは仲間の一人に呼びかけた。


「おいゲデシル、覚えているか?お前の核の片割れ(ビノシャ)だ」 « Ay' édešrócht, Gédesírr? Vi uróf Binoša teik'! »

「バルボト?」 « Bárrbåt'? »


 三十歳くらいの黒い肌の人が馬を降り、やはり嬉しそうにバルバスを抱きしめた。ラルラーは自分は隠れている必要があるのかと考え始めた。

 コマーズはバルバスの胸を叩いた。


「友よ、なんでまたこんなところで野営なんかしてやがる?神殿(テムナイ)から追い出されたのか?」 « Täney, meyå háš Zílk urróch't érhå? Árhtúrr dj'hetkhóch't šen Temnáiå? »

「いいや……必要があったからだ。(ルーキ)もいたが、君たちのせいで逃げてしまったらしい」 « Né-né …… zartz gírnóch' segus. Ó tzánan, dj'kadoró Lúkoi furasúr, ev dj'teóloch'f ánan terwi rúma. »

「お前がちゃんと繋がなかったのが悪い!まあ、とりあえず俺たちの天幕(クラウヴァ)に来るがいい、ちょっと酒飲んで騒いだってメノーは気にやせんだろう」 « Né, urróch'f Bhárrzå, nárrze dj'fógånoch't rhášen rhúmå! Ná, udjerr el'turhelte hárrz teoi Klåubhiå errikå, Memnó el'ázånon nárrze rhont e'leginót ín el'rhušabót, hé? »

「メノーは気にしないかもしれないが……そういうわけにもいかないんだ」 « Jétzk Memnó el'ázanon …… ev ki uróf nartze rhaz Fadelim. »


 ゲデシルと呼ばれた者が天幕を指差した。


「あの中に誰かいるの?」 « Áy', árrz urrot üderri kherhå? »

「いいや」 « Né. »


 そろそろ出ていっちゃだめかなと思っていたラルラーは首を傾げた。バルバスはあくまで自分のことを隠すつもりらしい。


「本当か?いわくつきの品でも隠しているのか?」 « Ébherrizå? Árrz ågirrot fligoldán khobganiirr? »


 コマーズはバルバスが止める間もなく天幕に近づいた。その勢いの良さにラルラーは思わず後ずさった。

 あれよという間に入り口の布がめくられ、コマーズはしっかりとラルラーの姿を認めた。刺青に縁取られた彼の目は驚きに見開かれ、続いて訝しむように細められ──それからニヤリと笑い、ある仕草をした。人差し指と中指を立てて唇に当て、その指を下に向け、最後に自分の胸を叩く。

 ラルラーはその意味を理解した(唖のニスミレのおかげだ)。つまり、彼は「私は沈黙を守る」と言ったのだった。

 コマーズは天幕から出て笑った。


「まったく、こんなにお粗末な旅の装備は見たことがないぞ!お前たち、持ってる非常食を置いてってやれ。バルバス、お前のことは俺が神殿に送ってやる」 « Ey'á! Djáinóch' nådjí rház Zákdån borhneerr! Terrio, rhámte bhiå Lenimói terikå! Bárrbåt’, el'gilånó teoi Temnáiå. »

「それは──」 « Ná, ev — »

「なあに、昔のよしみさ。お前たちは先に天幕に帰ってろ!ダヌーシュ、お前の鷹を借りるぞ」 « Áy', urri Tfárrå uðaniirr, lá? Terrio el'dånitó hårrz hárr Kiåubhiå! Ó Dánúš, el'sérrbhó Gbhálgói teik'. »


 ダヌーシュと呼ばれた者が言った。


「えぇ?なぜ?」 « Há? Hwiåt? »

「元々俺の鷹だろ!」 « Khi gázå dj'urróch'f eik'! »

「そうだけど──」 « Ná-lá — »

「いいから先に帰ってろ!」 « Rhámte udjerr tešan! »


 コマーズの押しの強さにより、まったく何の説明も受けずに仲間たちは追い払われた。

 炎馬(ゲロルク)の煙が遠のいた頃、火を駆る者(ゲルダルキオ)の長は真顔でバルバスに尋ねた。


「俺には本当のことを話すだろうな?」 « El'išmót eiå emeerr, hé? »



●覚書:火を駆る者(ゲルダルキオ)の訛り

・アクセントのないa → å

・r →巻き舌( rr, rh 表記)

・母音にアクセントのない s → š

・k →概ね kh

・tz → z

・v → bh


★通常、(オシャ)を神殿に持って行って祝福された後の子育ては神殿にぶん投げなので、誰が自分の核の片割れ(ビノシャ)(親)か分かることはほぼない(名付けも二歳、三歳で、それまでは区別されない)。

 火を駆る者(ゲルダルキオ)は小さな共同体なので、同時期に祝福された(オシャ)がなければ大抵誰が核の片割れ(ビノシャ)か分かる。

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