【大概意訳版】【遠野物語】――序文
※※※※※注意※※※※※
※大概な意訳でしかないぞ!!
※本格的に知りたい読みたいなら、難しくても原文を読もう!!
※大丈夫!! 【ドグラマ◎ラ】みたいな【発熱系】の読み辛さじゃないから!!
この話は全て、陸中は遠野の人、佐々木喜善――号して鏡石君より聞いた話だ。
昨、明治四十二年の二月ごろより始め、夜分折々訪ねて来ては語ってくれた事を筆記した。
鏡石君は話し上手と言う訳では無いが、誠実な人である。自分もまた一字一句、加減せずに感じたままを書いた。
思うに、遠野郷にはこの類の物語は、尚数百件ある事だろう。我々はより多く聞く事を切望する。
国内の山村で遠野より更に奥深い所には、また無数の山神・山人の伝説がある事だろう。
願わくはこれを語って、平地人を戦慄せしめて欲しい。
この書はこの分野の先駆けだろう――彼の『陳勝呉広』の様に。
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昨年八月の末、自分は遠野郷に遊行した。
花巻から十余里の道中には町場が三ヶ所あった。
その他はただ青山と原野――人煙の希少な事、北海道は石狩の平野よりも甚だしい。
或いは新しく引かれた道である為、まだ定住する者が少ないからか――
遠野の城下は煙花の街――古くからの繁華な趣がある。
馬を駅亭の主人に借りて、独りで郊外の村々を巡ってみた。
その馬は、浅黒い海草で出来た厚総――馬具の一部だが、これを掛けている。虻が多い為だ。
猿ヶ石の渓谷は土が肥沃でよく拓けている。路傍に石塔の多いのは、諸国の比ではない。
高所から展望すると早稲はまさに熟し、晩稲は花盛りで、水は悉く落ちて川にある。
稲の色合いは種類で様々――
幾つか続けて同じ色合いの田は、即ち同じ家に属する田で、所謂『名処』が同じなのだろう。
小字よりも小さい区域の地名は持ち主でも無いと分からない。古い売買譲与の証文ではよくある事だ。
附馬牛の谷へ超えると、早池峯の山は淡く霞み、山の形は菅笠の如く、また片仮名のへの字にも似ている。
この谷は稲の熟すのは更に遅く、満目一色見渡す限り青い。
細い田中の道を行くと、名を知らない鳥が雛を連れて横切った。雛の色は黒に白い羽が混じっていた。
始めは小さい鶏かと思ったが、溝の草に隠れて出て来ない――それで、ああ、野鳥かと分かった。
天神の山では祭りがあり、獅子踊が舞っていた。
ここだけ軽く塵が立ち、紅い物がひらめいて、村の緑に映えている。
獅子踊というは鹿の舞で、鹿の角をつけた面を被り、童子五六人が剣を抜いて、これと一緒に舞うのだ。
笛の調子が高く、歌の調子は低いので、側に居てもはっきりとはわからない。
日が傾いて風が吹き、酔って人を呼ぶ者の声も淋しく――
女らは笑い、児らは走り回るが、それでも旅愁はどうしようもない。
盂蘭盆に、新仏のある家では、紅白の旗を高く掲げて魂を招く風習があるようだ。
峠の馬上から東から西へと指差し数えると、この旗は十数ヶ所立っていた。
村人の永住の地を去ろうとする者と仮初に入り込んだ旅人と、また彼の悠々たる霊山――
それらを黄昏は、徐にやって来て、包容し尽した。
遠野郷には八ヶ所の観音堂がある。一木で作っていると言う。
この日は御礼参りの者らが多く、岡の上には灯火が見え、伏鉦の音が響いていた。
交差路の草むらの中には、雨風祭りの藁人形があった、
まるで、くたびれた人の様に、仰向けになっていた。
以上が、自分が遠野郷で得た印象である。
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思うに、この類の書物は現代の流行では無い。如何に印刷が容易に成ったからと言って、こんな本を出版して自分の――それも酷く狭い範囲の――趣味を他人に強いるのは、無作法だと言う人が居る。
だが敢えて答えよう――こんな話を聞きこんな所を見て来て、それを語りたがらない者が居るものか。
そんなにも静かで慎み深い人は、少なくとも自分の友人の中にはいない。
いわんや、我が九百年前の先輩である『今昔物語』等は、その当時ですら『今は昔』の話であるのに反し、これはこれ、目前での出来事なのだ。
例え敬虔の意と誠実の態度においては敵わないにしても、人の耳に中々触れず、口や筆にも乗る事が甚だ僅かであったという物珍しいという点では、彼の淡白無邪気な大納言殿も、逆に来て聞く価値がある。
近代の御伽百物語に至っては、その志も高いとは言えず、その話も出鱈目でないとは言い難い――此れと軒を並べて比べる様な事を、密かに恥と感じるほどだ。
要するにこの書は、現在の事実――単にこの事だけでも、立派に存在理由があると信じる。
ただ鏡石君は年わずかに二十四五で、自分もこれに十歳年嵩なだけである。
今の事業の多い時代に生まれながら問題の大小を弁えず、努力すべき所が違う、という人が居たならば?
明神の山の木兎の様に、あまりにその耳を尖らせ、あまりにその眼を丸くし過ぎだ――
その様に責める人があったのならば?
はて、是非もない。
この責任ばかりは自分が負わねばならないだろう。
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おきなさび飛ばず鳴かざるをちかたの森のふくろふ笑ふらんかも
柳田国男
気分とノリだけでやった。
いまは反省している――いや、もう、ほんとに。
【道ちがえ】とかあれであってるか、わっかんぬえ。
最初はもっとバッキバキに、粗筋以外別物に成ってたのは秘密だ。
オシラサマの話で、馬の方を某ゴルシでしか想像できなくて困っているのも内緒だ。
まあ、やってみたかっただけですよ、ええ――
ようつべとかで、口語訳朗読とかあったりするんで、そっちでもいいじゃん、とも思うんですけどね。
それか前書きでも言いましたが、原文読みましょう原文。
こんな、研究者の方達が『まてちゃあーー』つって追っかけてくるレベルの意訳でなくw
あの辺りの時代の文章はいいぞー、独歩の『武蔵野』とか。
……『舞姫』はなんつうか、反吐出そうな気分なるから二度と読まないと心に決めてますが()