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妄想の帝国

妄想の帝国 その61 やりがい報酬

作者: 天城冴

いわゆる正社員の組合であるレンゴーの会長が春の賃上げ闘争をめぐる総会で賃上げでなく”やりがい”上げを言い出す。それに反論する女性が…

1月も終わろうとするニホン国、某会館ではいわゆる正社員組合と称されるレンゴーの総会が行われていた。

『さて、今年の春の賃上げ闘争ですが』

レンゴー会長の言葉に息をのむ聴衆。

『今年は賃金ではなく“やりがい”を上げることのなりました』

“ええええー!”

“な、なんだ、そりゃ!”

ざわめく人々に会長は

『皆さん、今、ニホン国は未曽有の危機にあります。新型肺炎ウイルスの猛威は2年も続き、まだ収まる気配はない。その間経済は打撃をうけました。皆さんの会社も当然苦しい。国際大運動大会は政府や参加者たちの尽力により開催できたものの、大幅に金額が増えました。そのようなときに、賃金を上げれば、企業は立ち行かなくなります。ここは国のため、会社のために我慢の時です』

と訴える会長。

一瞬静まった聴衆になおも続ける会長。

『皆さん、労働とは、その意味とは、単に報酬をもらうことだけではありません。そう、社会的貢献、やりがいです。自分が行っていることが社会のために役立つ、そのために身を粉にして働き、労働の意義をみいだすこと、それこそが我々が働く意味ではありませんか。そして社会のために役立つとは、すなわち、会社のため、国のため…』

と自己陶酔めいたようにしゃべりだす会長。

と、そのとき

「それって、やりがい搾取っていいません?」

と静かな声

『え、えーと、どなたの発言で』

とまどう会長が声のするほうをみると

中年の女性、安物のセーターにダウンのコートをひっかけて、冷めた目つきで会長を見返す。

「確かに社会に役立つということはありますけど、正統な労働契約を結んでいるのに、その報酬を払わないのは、不当ですよね。ボランティアではないんだし」

『そ、その、でも、会社も苦しいし、その』

「それは会社の経営者の経営の失敗であって、労働者の責任ではないですよね。経営の失敗で賃金が上がるどころか実質的に下がったなら、改めて雇用主と雇用者が協議すべきですよね。で、個々の雇用者の力が弱いから、こうしてレンゴーに加入して交渉するんじゃないですか」

“そうだ、なんで会長が会社側の言いなりになってんだよ”

“俺たちの要求を通してもらうためで、会社の使い走りじゃないだろう”

騒がしくなってきた会場の雰囲気に戸惑いつつも会長は必至で

『で、でも、お金ないし、その』

「は?企業の内部留保は過去最高ですよね、今こそ放出でしょ。だいたい役員の報酬なんて半額以下でもまだ多いのに、まったく削ってないですよね」

『そ、それは会社が将来、危機に陥ったときに、ですね、その』

「今がその危機でしょ、未曽有の危機って会長もいってたじゃないですか」

『えー、そ、それは、その皆さんのためですね、来年とかの賃金…。だいたい皆さん解雇もされていないし、その、非正規の方とかと比べればマシですよ!大量解雇を我々レンゴーが止めているんです!皆さんのために私は!』

「で、その代わり非正規の雇止めですか。こっちは役立つ人員が削減されて、てんてこ舞いなんですけど。だいたい本来なら非正規、正規関係なく労働者の味方のはずじゃないですか、レンゴーって。それにレンゴーの会長とかのほうが、よっぽど“やりがい”とかを求められる名誉職でしょ、いっそ会長や役員さんたちの報酬ゼロにしたほうがいいじゃないですか」

“そうだ、そうだ!”

“その通りだ!”

『そ、それは、その生活が』

「へ?もう年金をもらうお年ですよね、会長。だから賃上げに関係ないんですかね、逃げ切り世代で。やっぱり若者ユニオンみたいに当事者で、ボランティアに近い状態で頑張ってる人の方が真剣なんですね。レンゴーなんて、意味ないわ。労働改革する党を排除するし」

『そ、それは、その。共産ニッポンとか、その、イメージが』

「イメージより、給与、福利厚生とか上げる政策してくれる党のほうがいいでしょ、労働者の団体だったら。だいたいなんで、そんなにチャラチャラした格好して、お金たくさんもらう必要があるんですか」

『そ、そんな、私たちは政治家の方とか、社長とかとの交渉のために、いろいろ会食とかにも行かないと―』

「何を意味不明なこと言ってるんですかね。社長とかと和気あいあいと宴会して、それで真面目な交渉なんてできるんですか。いっつも不思議に思ってたけど、会食なんてやってるからかえって、なあなあになるんですよ。いいですか、交渉相手に媚びてどうすんです!貴女、本当に私たちの味方なんですか」

『私は社員の、組合の、その、レンゴーの代表ですぅ』

「それなら、私たちのためにちゃんと交渉してくださいよ、それこそが“やりがい”でしょ。食うに困らないなら無報酬でもいいでしょ」

“そうだ、そうだ!”

“いっそ政治家も無報酬でいいだろ!なんたら経費は必要に応じて払うことにすればいい”

“そうだ、家だって貸してやってるんだからな!”

“国際大運動大会とかの役員どもも無報酬でいいだろ、高い家賃とかで部屋借りたそうだし”

“あいつらの飲食代返してほしいわ!”

“人にばっかり、”やりがい“とか言いやがって”

“こちとら受ける恩恵より、多く働かせられてるんだ、搾取だよ、搾取”

“あんな太鼓持ちどもが盛り上げた国際大運動大会の役員とかこそ”やりがい“だけで、やってりゃいいじゃないか、あいつらの報酬やら飲食代返金させれば、大会の赤字もだいぶ減るんだろ”

“ロクデモナイことしかやらん大臣だの総理だのの給与も返還させろ、いっそこれから”やりがい“報酬でいいわ”

『わー、どうなってしまうの~』

レンゴーの会長の叫びもむなしく、聴衆は

“政治家の報酬は”やりがい“で!国際大運動大会の役員の報酬、飲食代も”やりがい“、払った報酬は返金せよ!無能役員の報酬を削れー!その分を賃上げにまわせー!非正規、正規関係なく給与あげろー”

労働者団体にふさわしく意気揚々と訴えた。


どこぞの国では労働の意義だの”やりがい”だのに話をすりかえて、正統な賃金を払わない、または低い給与で抑え込むということがあるようですな。今では子供にまで”家族のため~”とかいって家事を強要する事例が多発してるようですが、そんなんじゃ、かえって国のためにも本人のためにもなりませんわな。必要な仕事をする人たちに”やりがい”を強いて犠牲にしてたら、ホントに人がいなくなりそうですわ。進んで貢献したくなるような国に余裕をもって貢献できるようにするのが大人とか政治家とかの仕事なんじゃないんですかねえ

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