虚実の証拠
「お、俺は見たんだからな!お前がおっさんと一緒にラブホテルから出てきたのを!」
「「は?」」
八島の発した言葉により、クラス中から「援交?きもっ」だとか「見るからにやってそうだよな」などと好き勝手言っている。
俺は、取り敢えず詩織の動向を見る。
「なにそれ、なんでそんな嘘つくの?」
「は!嘘じゃねえよ!証拠もあんだからな。」
そう言って、八島が見せたのは一枚の写真だった。
「ねえ?何これ?」
写真には、おっさんの腕に抱き着いて笑っている写真だった。
「ほら、これが動かぬ証拠だろ!いい加減認めろよ、自分が尻軽女だってことをよ!」
なんて馬鹿なことを教室で言えるんだこいつは?意味が分からん。
「ねえ、朽木、こんな写真憶えが無いんだけど。」
「詩織が知らないんだったら本当に知らないんだろう。」
「うん…。」
詩織は本当に見覚えのない写真なんだろう。だが、俺だけがそれを理解しても意味はない。
現に、クラス委員の杵島千鶴が近づいてきている。
「羽中さん、話は聞かせてもらいました。あなたの行為は学生としてあるまじきものです。」
「だからっ!私は知らないって…。」
詩織は杵島の言及に必死に反論する。しかし、ある人物の登場によって、事態は最悪の方向に向かう。
「なんの話をしているんだ?」
担任の登場。いじめを黙認していたクソ教師、夏山。
「先生、羽中さんが、淫らな行為をしていると言及していたところです。」
「ほう、どういう事かな?」
ここぞとばかりに先生が食いついてくる。
「だから、私は知らないって!」
「犯人は皆そう言うんだよ。」
写真を見た先生が訴えかける詩織にそう伝える。
ツーか、この話に犯人もくそもねーよ。
「先生、これって援交ってやつじゃないんすか?」
「それなら、それは問題だなあ。取り敢えず、親御さんを交えて、じっくり話を聞こうか。」
親、という単語に詩織は焦り始める。
「ど、どうしよう…。やってもないのに怒られるなんて嫌だよ…。」
彼女の親は、とても厳しいのだ。モンスターペアレンツしか、いなかったいじめられてた時代、詩織の両親だけ話を素直に聞いてくれ、彼女を叱ったらしい。まあ、当時の詩織はそのことで逆行したんだけど。
「俺も、少しだけ詩織の両親を知ってるけど、訴えれば、必ず味方してくれる両親だよ。信じてあげな。」
「うん…。朽木は信じてくれるよね?」
「当たり前だろ。俺はお前の味方だからな。」
彼女は、しきりに俺の手を握った後、担任についていった。
「なあ八島。」
「あ?なんだよ。」
「さっきの写真送ってくれないか?」
「俺、お前のアドレス知らないんだけど。」
あー、そうだ。俺、このクラスに友達いねえんだわ。
「はい、アドレス。やり取りが終わったら消していいよ。」
「分かった…。」
そう言うと、八島は渋々俺に写真を渡してきた。
俺は席に戻り、写真を見る。
彼女が知らないという事は、この写真はフェイクだろう。
ただ、この写真が加工されているかなんて、俺には分からない。
でも、なんだろうか。このおっさんどっかで見たことあるんだよなあ…。
午前の授業が終わり、昼休みに入る。詩織は戻ってきていない。
俺は一人で弁当を食べていた。
「やっぱり、どこかで見てるんだよなあ。」
「何がですか?」
俺が一人で呟いてると、杵島さんに話しかけられる。
「いや、写真のおっさんが見たことがあるような気がすんだよね。」
「あなた、羽中さんが何もしてないと思ってるの?あんな証拠もあるのに?」
杵島さんが俺に奇異の目を向けられる。
「いや、実際にやってないと思う。」
「そんなわけないですよ。彼女がやってきたことを見てたでしょう?」
杵島さんは詩織の何を知っているんだろうか?
「何でそんなに彼女を敵視してるんだ?」
「当たり前です。あんな素行の悪い人間は皆敵なんです。」
俺は、察してしまう。この人も過去に何かあったクチだ。
「そう決めつけるのは勝手だけど、他人に押し付けんな。一人じゃ何もできない奴に見られるぞ。」
「そ、それは…、いいです、無駄な努力をするだけしてればいいですよ。」
杵島さんが去った後、俺はもう一度写真を見る。
写真に写るおっさんは良くも悪くも、どこでも見るような顔だ。
俺は悶々としながらも五時間目を迎える。
「―――――であるからして…。」
五時間目は地理だが誰も聞いちゃいない。もちろん俺もだ。
教室を見渡すと、皆やりたい放題だった。
小声で会話する者
スマホでメールしている者
中でも目に付いたのは、教科書を盾にして、動画を見ている者だ。
クラスで流行りだしているゲームの攻略動画だ。
配信者もネットでは有名な人物で、現に教室をざっと見ただけで四人が同じ配信者の動画を見ている。
ある生徒の動画では、プレイしながら自身の近況を話す、という事をしているのか、色々な画像が切り替わっている。
どんな話をしているのだろうか…。
そう考えながら、その動画を遠目に眺めていた。
話が変わったのか、おっさんの画像が出て動画が進んでいく。
え?あの動画のおっさん、写真に写ってた?
俺はこれまでのことを並べる。
写真にいた、どこかで見たおっさん
動画に出ていた全く同じおっさん
ネットでも、写真の加工にも簡単に使えるおっさん…いるじゃねえか。
ガタンッ
俺はいても立ってもいられず、勢いよく席を立つ。
「ど、どうしたんだ?」
俺があまりにも勢いよく立ったのでクラス中が驚いている。
「先生、トイレ行ってきます。」
「わ、分かった。体調が悪いなら保健室に行くように。」
俺は教室を出ると、駆け出した。
向かうは、詩織のところだ。