味方
翌日、俺はかなり早い時間に登校した。
目的はもちろん羽中さんの席を何とかすることだ。
「よいしょっ、と。」
俺は持ってきた大量の荷物をそばに置く。
「まずは机だな。」
こんなに悪口が書かれた机を見るだけで陰鬱な気分になるだろう。
俺は、布巾と除光液を鞄から出す。
机に付いた油性ペンの汚れは、除光液で簡単に落ちるのだ!
しかし、ウレタンとかが剝がれてしまい、品質が少し落ちてしまうので要注意だ。
俺は、除光液を布巾に馴染ませ、机を軽く拭いてみる。
「うおっ、すげえ。」
拭いたところからびっくりするくらい落書きが綺麗に落ちた。
俺も知識では知っていたが、こんなにとは思わなかった。
「さて、次は椅子か。」
俺は、鞄から本日二枚目の布巾を取り出し、水筒を取り出す。
水筒の中身は、お茶じゃなくて熱湯だ。
もちろん、セルフダチョウ俱楽部をするためじゃない。
この白い物体を取るためだ。
この椅子に付いている白い物体は、おそらく木工用ボンドだろう。
それなら、お湯で少しづつ取っていけばいい。
そうして俺は、羽中さんの席を綺麗にすることが出来た。
後は、HRを待つだけの簡単なお仕事だ。
しばらくして、クラスに何人か入ってくる。
登校した生徒たちは、皆、思い思いに談笑をしている。
ちなみに、鹿島さんたちは羽中さんの席を見て、絶句していた。
十中八九彼女たちが犯人なんだろう。
そんなことを考えていると、来た。羽中さんだ。
最近彼女は、遅刻ギリギリに来ている。
早く来ても、誰とも会話できないからだろう。
羽中さんはいつも通りに席に向かい、自席を見て、目を丸くする。
「うそ…。綺麗になってる…。」
彼女は、誰がやったのかとクラス中を見渡す。
まあ、俺がやったわけだが、知られる必要もない。
彼女は一生懸命誰がやったか探したが、すぐに先生が入ってきて、中断される。
その後は特に何もなく時間が過ぎていく。
しかし、なんと俺は、鹿島さんたちに呼び出されたのだ。
嘘告でもすんのか?と思いつつ呼び出し場所に来ると、険しい顔をした鹿島さん一派がいた。
俺が着くなり、いきなり俺を取り囲み尋問する。
「ねえ、詩織の席を綺麗にしたの秋嶋、あんたでしょ。」
やべえ、バレてるよ。
「知らないけど。」
「嘘をつくな!朝一番早く来たのがお前だったって聞いたぞ。」
嘘で塗り固められた生活してる奴らに言われたくねえよ。
なんて言う勇気は俺にはない。
というか、これ以上言っても押し問答だな。自白するか。
「ああ、やったよ。あんなの見てると不快だし。」
やっちゃった。これで、リンチルート確定。
「は?なに?偽善?クッソしょうもないわ。」
「あんなしょうもないことして楽しんでる程度の小悪党に言われたくないんだけど。」
「あ?もういいよ。皆やっちゃって。」
彼女の一声で、周りの男子が俺を殴り始める。ただ鍛えてたからか、昔ほどの痛みは感じない。
「おらあ!」
「ごほっ。」
一人の放った腹パンがクリーンヒットする。結構痛いけど、昔に比べたら…。
俺はそれから、十分間殴られ続けた。
そして、リンチは突然終わりを迎える。
「こらっ!あなた達何やってるの!」
家庭科の今里先生がやってきたからだ。
「やべっ、逃げるぞ。」
俺を殴っていた集団は、先生を見るなり、一目散に逃げる。
「大丈夫?取り敢えず、保健室に行きましょう。」
今里先生は男たちを追い払った後、すぐに俺の方に駆け寄ってくる。
「大丈夫じゃないですね。ちょっと立つのきついんで待ってもらえます?」
「良いわよ、それくらい。」
そんなやり取りをしていると、今里先生の後ろから、女生徒が現れる。
羽中さんだ。よく見ると、目尻には涙が浮かんでいる。
「どうして…」
「羽中さん?」
「どうしてそこまでしてくれるの?」
俺には、彼女の言いたいことがはっきりとは分からなかった。
――――――――――――――
「秋嶋、どこ行くんだろ。」
羽中詩織は、秋嶋に昨日の菓子パンの代金を返そうとしていた。
しかし、どう話しかければいいのか分からずに、放課後を迎えてしまった。
その秋嶋も放課後になるなり、どこかへ行こうとしている。
羽中は話しかけるタイミングを探るために秋嶋の後をつけていった。
「あれは、美幸?何をしてるんだろ?」
昔は仲が良かったが、今となっては最悪の状態だ。
そんな奴の話となれば、気になってしまう。
「ねえ、詩織の席を綺麗にしたの秋嶋、あんたでしょ。」
「(え?)」
美幸の言葉に詩織は絶句した。秋嶋は昨日、菓子パンをくれただけじゃなく、席まで綺麗にしてくれていたのかと。
しかし、分からなかった。詩織はかつて秋嶋のことをいじめていた。助けられる理由なんて一つもない。
(なのにどうして?どうして助けてくれるの?)
そんな疑問で胸がいっぱいになるが、その思考はすぐにやめさせられる。
周りにいた男子が、秋嶋のことを殴り始めたからだ。
(早く、助けないと。いや、先生呼んでこないと。)
詩織は走って職員室まで来るが、先生たちの塩対応に遭う。
「いじめ?してた奴が何言ってんだよ。」
「またお得意の嘘か?もう、騙されないぞ。」
どの先生もまともに取り合ってくれない。
(どうしよう。このままだと、秋嶋が…。)
そう考えると、詩織は、今までの自分を後悔して、誰も信じてくれないのが虚しくて、いつしか涙が流れていた。
「だれ…か、たすけ…て。わたしじゃ…なくて…あきしまが…。」
職員室の前で涙を流していると、声を掛ける先生がいた。
「どうしたの?羽中さん?」
「秋嶋が!秋嶋が!」
詩織は先生に全部話した。
今の自分を助けてくれている秋嶋のこと。
その秋嶋が詩織のせいで、殴られていること。
今里先生は、ただ静かに聞いてくれた。
「羽中さん、あなたは何がしたいの?」
「どういうことですか?」
「羽中さんは、秋嶋君をどうしたいの?」
詩織は少し考えて、言葉を紡ぐ。
「謝りたいです、今までのことを。」
「じゃあ、助けに行きましょう。」
「はい。」
――――――――――――――
「どうしてそこまでしてくれるの?」
俺は彼女の質問にどう答えるか考えを巡らせる。
「私、秋嶋をいじめてたんだよ。なのになんで助けるの?」
ああ、そういうことか。
「いじめられるのは嫌だったけど、いじめを見逃していい理由ではないだろ。
それに、いじめを見逃すのは、間接的にいじめに加担することと同じだ。俺は、人はいじめたくない。」
その言葉を聞いた瞬間、羽中さんは膝をついて、泣きながら謝ってきた。
「ごめんなさい。いじめなんてして、ごめんなさい。もう二度としません。許してくれなんて言いません。でも、謝らせてください。ごめんなさい…。」
「いいよ…。辛かったけど、羽中さんも、分かったでしょ?もうこんなことしないのなら、俺は君を責めたりしないよ。」
羽中さんは俺に抱き着いて、わんわんと泣く。
「ありがとう。私に菓子パンをくれて、私の席を綺麗にしてくれてありがとう。
出来るなら、私の傍にいて私を守ってください。」
俺は、そっと羽中さんを抱き寄せる。
君のその心の傷を癒すのは、いつか俺ではない誰かにしてもらうんだろう。でも、今は、今だけは俺の手で、してあげたい。
「分かった。俺はいつも君に味方だからね。」
こんな作品でも、楽しんでみてくれると私としてもうれしいです。