菓子パン
「ちょ、ちょっと何よこれ!」
朝から教室中に羽中さんの声が響く。
だが、誰も彼女の方を見ない。
彼女の机は酷い有様だった。
いたるところに「アホ」「間抜け」など低レベルな言葉で溢れていた。
椅子についてはもっと酷かった。
ボンドのような白い塊が付いていた。
流石にあれは酷いと思うが、誰も何も言わない。
自分が標的になるのが怖いからだ。
最初、彼女は生徒から無視されるだけだったが、先生が黙認するという、とんでもない状況が、いじめをエスカレートさせた。
「ちょっと美幸!これあんたでしょ!」
羽中さんは鹿島さんへと詰め寄る。
鹿島さんはニヤニヤ顔で羽中さんの顔を見る。
「そんなの全然知らないわよ。でも、少なくとも皆あなたのことをそう思ってるってことよ。」
「そ、そんなのわかんないじゃん!」
「分かるわよ。あなたが来る前に誰も消さなかったのが、証拠じゃない。」
「そ、それは…。」
羽中さんは教室中を見渡す。しかし、誰とも目が合わない。
ガラガラガラ
教室に先生が入ってきて、羽中さんを除いた生徒は全員着席した。
「これからHRを始める。羽中、早く座れ。」
「で、でも先生。私の席が…。」
「早く座れ。」
「はい…。」
先生すらもこの状況を容認している。
彼女が少し、というかかなり可哀そうだ。
これを見逃すのは昔の俺よりひどい状態になるんじゃないか?
彼女が席に座ると、椅子に乗っている白い物体が、グチュグチュと音を立てる。
「汚ねえ。」
「ちょっとやめなよ、卓也可哀そうだよ。」
鹿島さんはそう言うものの口が笑っている。
もう今の羽中さんに前のような、元気さが無い。
今はどこにいても暗い顔をしている。
それ以外はいつも通り一日の半分が過ぎていき、昼休みを迎える。
いや、少しだけ違った。
家庭科の先生が、授業の始まる前に、羽中さんの席を見て、苦虫を嚙み潰したかのような顔をしていた。
おそらく、何もできない自分が惨めに思えたんだろう。
昼休みに羽中さんの姿は教室になかった。
当たり前だろう。俺もあんな席で昼食は取りたくない。
俺も教室外で食べる事なんてよくあるし。
俺が、弁当を食べる場所を探してると、羽中さんを見つける。
よく見ると、彼女の目には涙が浮かんでる。
俺は何事かと周りを見ると、何が起こったかすぐに分かった。
彼女の弁当がぶちまけられたのだ。
おそらく、鹿島さんあたりにやられたのだろう。
俺はその場を立ち去った。
――――――――――――――
しばらくして、彼女はまだそこにいた。
「ぐす…、ひどいよ…。」
弁当を台無しにされて食べるものがない。それは彼女にとって相当応えるだろう。
なにせ、食事はストレス発散のいい手段だからだ。
俺は彼女に近づく。
「羽中さん…。」
「…っ。秋嶋…。」
「これ、あげる。」
俺は、買ってきた菓子パンを彼女に渡す。
彼女は俺とパンを交互に見て、目を丸くする。
「いいの?」
「じゃなかったら、どうなんだよ。」
「目の前で食べるとか?」
「俺はそんなに良い性格してない。ほら、もらって。」
「あ、ありがと…。」
「それじゃ。」
俺はやりたいことも終わったので、早々に立ち去る。
その後、彼女がひそかに泣いていたのを俺は知る由もなかった。
それから、何事もなく授業が終わり帰宅する。
「ただいま。」
「おかえりー。お母さんね、今機嫌良いの。何が食べたい?」
「何でもいいよ。母さんが御馳走だと思えるもので。」
「何でもいいはなし。さあ、言って、ほら。」
「…体にいいもの。」
「分かった。今日はステーキにしましょう。母さん買い物に行ってくるから夕飯は八時くらいになるから。」
「ステーキの何が体にいいのか分からないけど、分かった。」
俺は母さんを見送り、自室に入る。
そして、俺は《羽中詩織詩録》を見る。
殺人が予告されているページを見るが、内容は変わっていない。
だが、俺が読み進めると、変わっているページを見つける。
2021年6月23日
鹿島美幸たちに弁当を台無しにされ、辛い思いをする。
だが、その後、秋嶋朽木に菓子パンをもらい、心が温まる。
少なくとも二文目は存在しなかった記述だ。
そもそも、俺は以前までこの日誌には出てきていなかった。
俺の行動で未来が変わった?
過去は変えられなくても、未来は変えられるのか?
なら、少し実験をしよう。
すでに、この日誌に加筆による、状況の変更ができないことは判明している。何故かって?すでに試してるんだよ。
だが、行動による、未来の変化はあるのかもしれない。
せめて、知り合いから殺人犯が出ないように。
「明日から、行動開始だ。」
そう宣言すると俺は、鞄に布巾、明日に備えて、お湯ポッドを準備した。
諸事情でこの小説の投稿頻度が少し上がってます。