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パチンッ
「うむ、素晴らしい色ツヤですね」
「次は何に致しますか?」
「いえ、この位にしておきます」
「承知しました。こちらは洗って後ほどお持ちいたしますが、ご朝食は何時ごろお召し上がりになるご予定ですか?」
「ひとっ風呂浴びたいので、8時頃ですかね」
「かしこまりました」
野菜の栽培施設で収穫体験を終えましたが、中々楽しいひと時でした。
何より好きな物を好きなだけ収穫出来るのが良いですね。レオン殿の助言がなければ、夢中になり過ぎて危うく取りすぎるところでした。
一旦客室に戻り、今日の分の洋服などを持って温泉施設に向かいます。
ちらほら他の方もいらっしゃいましたが、早朝のために人もまばらです。何人か紙に書いた連絡先等を手渡して下さるのは笑ってしまいました。昨日の夜は楽しかったですね。
温泉はどうやら貸し切りのようです。
身体を手早く洗ってから、内風呂、ジャグジー、露天風呂、滝の様に流れる打ち湯なる物も楽しみました。
サウナと言う温かい部屋もありましたが、のぼせてしまいそうだったので覗くだけにしました。
いやー、いい湯です。露天風呂最高ですね。外なので何だか開放感があります。今日もいい天気だ。
普通の宿だとお湯を用意してもらって自分で身体を拭くくらいしか出来ませんからね。
ちなみに、人目が気にならなければ井戸で水浴びも可能です。後はシャワーだけや、浴槽付きの風呂がついている料金の高い宿もあるみたいですが、大体そう言う所は作りが小さいので私には向きませんね。
こちらの宿の部屋風呂の様に洗い場も付いて、更に広い浴槽などある所ははじめてでした。
公衆浴場はありますが、宿とセットになっているなど見たことありません。
体が温まったので、そろそろ上がりましょうかね。
あがり湯をシャワーで行い、軽く水気を拭き取ります。このセームタオルなる物はお土産に幾つか買っていきましょうかね?
朝起きた時に顔を洗いましたが、その時の木綿タオルも大変良い物でした。
ふむ、まだしばらく時間はあるので、部屋にあったお土産のカタログでも眺めましょうかね。
着替えて部屋に戻り、結局アレもこれもと欲しい物がいっぱいで、お土産選びは迷ってしまったので全部買う事にしました。
そもそも『旅行』? が初めてなので何を買って帰れば良いのかよくわかりませんでしたね。あ、昨日マルカが使っていたボディクリームも買いましょう。
お一人様各種5点まででしたが、種類が豊富ですので結構な量になりました。
品物が沢山記載された申し込み用紙をフロントで渡して、全てラッピングしてもらう様に伝えます。
これから朝食ですが、食べ終わる頃には準備が終わるそうなので、のちぼと取りに来ますね。
食堂に着きますと、何人か既に着席したり、料理を選んでいらっしゃいました。
お食事中ですので、目礼にて挨拶を済ませた私は案内された席に腰掛けます。
うん、昨日最後にこの机に登って酒を瓶ごと呑んだのは夢だと思いたい。私も酔っ払っていたんですね。
先に朝食を取っていた面々がそーっとそのテーブルの上に連絡先やら『雇用契約書』なる物を置いて行くので、昨日の事は現実だったと再認識しました。
私完全に酔っ払ってましたね。「酔ってんのかよくわからん」とよく言われますが、顔に出ないだけですよ。
「先程のお野菜はいつ頃お持ちいたしますか?」
「先でお願いします。あの、可能であればピピ夫人方にロメインレタスを半分お譲りしたいのですが、可能ですか?」
「はい、対応可能でございます。メッセージカードなどお付けいたしますか?」
「よろしくお願いします」
ピピ夫人は大体いつも遅い時間に来るそうで、行き違いになるといけないので、ひと言書いたカードを添えてもらいました。
昨日から思っていたのですが、こちらの宿は何とも細やかな対応をして下さる。可能であればまた泊まりに来たいくらいですが、先の方まで予約が埋まっているので恐らく当分は無理でしょうね。残念でなりません。
まぁ、今は食事を楽しみましょうかね。
こちらの朝食はブュッフェスタイルで、大皿に載った料理を各自で取り分けて食べるようです。早速色々な料理が載ったテーブルに取りに行くとしましょう。
「これは迷うな……」
「迷ったら食べれそうな物全部取ればいいんですよ。とりあえず一口ずつにして気に入った物はまた後で食べれば大丈夫」
「なるほど。ご助力いただき感謝します」
そう言った、この方は確か昨日……いや、決して昨日顔を真っ赤にして何やら破廉恥な格好で腹踊りなる踊りを披露した人ではないな。
うん。上着のポケットに連絡先をねじ込まれたが、気にしてはいけない。
アドバイスを元に、気になる物はとりあえず皿に少しずつ載せて行く。
まだ半分あるな。一旦テーブルに戻って今ある料理の皿を置きに行くと既に朝収穫した野菜が鎮座していました。
残りの料理も取りに行き、一旦一通り食べてみます。
やはりトマトは美味い。
採れたてのよく熟れた大きいトマトは水々しく、何より自分で収穫したのでまた格別に甘く感じる。
昨日なかったししとうなる物は串に刺して焼かれ、塩を振った物が出て来ました。
ほのかな苦味と塩気でヘタまで食べてしまった。これは幾らでも食べられそうです。
収穫したロメインレタスはサラダコーナーに並んだドレッシングを片っ端からかけて食べたが、胡椒とチーズの白いドレッシングが好みの味。この様に、自分で色々な味を試したり出来るのはブュッフェならではですね。楽しい。
自分で収穫した野菜を粗方食べ終わり、次は何にしようかなと思ったが、飲み物を持って来るのを忘れていたのでそちらを先に取りに行きましょう。
うーむ。こちらも迷うがオススメの朝絞り牛乳からですかね。今は食事を楽しみたいので飲み物はまた来ましょう。
何気なく飲んだ牛乳が美味しすぎてまた飲み物のコーナーに逆戻りです。
おかしい。ちょっとひと口のつもりが一気に飲んでしまいました。あの濃厚な味わいのミルク!
次はりんごジュースと黒豆茶の冷たい物にしました。今度こそ料理を堪能します。
う、うまい。何だこの味付けは? 確か鶏肉料理だったが、大皿料理に添えられていた説明書きを後でちゃんと見ようと心に決めました。
結局私が気に入ったのは、はじめに食べた鶏肉の塩麹焼き、ナスの漬物、丸ごと玉ねぎのコンソメ煮、人参のピクルス、昨日レオン殿にいただいた串焼きに似た味の物が朝食にも出ていたのでそちらの火雲牛のオイスターソース炒め。
後は目の前で焼いてもらった半熟オムレツ(プレーン)です。
クルミの入ったパンも美味しいですが、折角なので普段余り食べない米を使った海老ピラフと言う食べ物と一緒におかずを食してみる。
口の中が幸せ過ぎて辛いですよ。飲み物は温かい玄米茶なる物に切り替えたが、香ばしい味わいが食欲を促進させただけでした。
少し落ち着きたいので、一回甘い物を挟みましょう。
いや、白状するとデザートコーナーが気になって気になって仕方がなかったのです。
最近口にする甘いものと言えば果物かドライフルーツだったので、昨日のアップルパイなる物の衝撃が忘れられなかっただけです。
「……世の中にこんな色々なものが」
思わず独り言を呟く位に色とりどりの甘い物が視界に入ります。
冷蔵機能が付いているのか、微かに冷気が漂っていますが、私の目はある一点に集中していました。
『この宿の名物水まんじゅう。外は葛餅、中は甘い小豆の餡子入り』
と、書いてある甘味が何ともインパクトがあります。
どう見てもスライム。アレを食えと?
とりあえず1匹? 小皿を使って持って来て観察。今にも動き出しそうだ。
本当に食べていい物か心配になる代物なので、ナイフで真ん中から切り分けましたが……。大丈夫、魔物特有の魔石は出てきません。
恐る恐るフォークで中身を少量掬って舐めてみます。甘い。ちゃんと食べ物でした。プルプルした外皮が何とも不思議な食感で美味しかったです。
スライム……じゃなかった。水まんじゅうにチャレンジした後は普通にデザートを楽しみました。
色々なフルーツの載ったカスタードタルト、マンゴーのアイス、後は温かいお汁粉が気に入りました。
お汁粉をひと口食べた瞬間に「さっきのスライム?」と思いましたが、気のせいですね。
私はもう1匹食べる勇気はないですが、先程お代わりのスイーツを取りに行った時に数匹減っていたので結構人気な様です。逃げ出した訳じゃないですよね?
濃厚なマンゴーアイスを食べながら、次は何を取りに行こうかな?と、思ったらゲッソリ顔のレオン殿が目の前に座りました。
「おはようございます。大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないが。コレ、俺の住所……キュゥゥゥ……」
「おや?」
可愛らしい声を上げて、レオン殿はテーブルに突っ伏したままダウンしてしまいました。