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現在丸いお盆の上に乗ったマルカを持ちながら、私達はフロント前のロビーと言うスペースに移動している最中です。
何故その様な事になったかと言うと、レオン殿がなんとかマルカを風呂に入れられないかとオーナーに相談して下さいまして、たまたま入り口付近で話を聞いていたピピ夫人が入浴の手伝いを引き受けて下さった次第です。
ありがたいお申し出ですのでお願いしました。
ロビーのソファに全員で腰掛け、マルカはお盆ごとテーブルの上に鎮座しました。
オーナーが折角だからと入浴に必要な物品をご用意して下さいまして、その中から気に入った物を選ぶそうです。
まだ小竜ですので皮膚も柔らかく、私が使う品々は鱗に合わないのですよ。
「ピィ」(これ)
「はい」
「ピィ……ピィ」(せっけん……悩む)
「こちらは洗い上がりがしっとりするものとサッパリするものや、薬用の物がございます。無香料の物もございますが、こちらとこちらは香りが異なりますね。嗅いでみますか?」
「ピィ」(うん)
「ピィ、ピィピィ」(あ、タオルはふわふわじゃないのがいい)
「それでしたら、こちらの品々になりますね」
私もマルカも驚いたのですが、オーナーは竜人語を理解しているようでマルカとの意思疎通もスムーズです。
マルカは入浴に必要な品々を選び終わり、ピピ夫人と侍女のシャンさんと共に温泉施設へ向かいました。その間パピン君は私とレオン殿が遊び相手になります。
私はマルカの為に出してくれた物品を片付けているオーナーに話しかけました。
「夕飯時の忙しい時間帯にお騒がせして申し訳ありませんでした。しかもこの様なご配慮までしていただけて、感謝しています。ありがとうございます」
「いえ、そんな大丈夫ですよ! 私は普段こちらにいない人員なので、むしろ暇してたくらいですから。厨房で野菜の皮むきでもしようとしたら宿のご主人に叱られたくらいです」
「そう言っていただけると助かります。マルカ分の追加の代金など私の宿泊代に上乗せしていただくのは勿論ですが、後で宿の方にお礼の品などお送りしても大丈夫でしょうか?」
「いえ、そんないいんですよっ!?」
「いえいえいえ」
話が平行線になったところで、聞いていたレオン殿が助け舟を出して下さった。
「オーナー。ロックの坊主の兄弟? がさっき卵から孵ったって言ってたから、マルカさんにオーナー分の手紙も一緒に送ってもらったらどうだ?」
「え!? ルナさん卵産まれたんだ! よかったー! やだ、おめでとうございます」
「ピギャ!」
「ありがとうございます。2人共妹や甥っ子とお知り合いでしたか?」
どうやら元々は妹の息子ロックと知り合いだそうです。
今回の宿は元々ロックが親孝行の為に1年前に予約したものですが、150年うんともすんとも言わなかった卵が1ヶ月前から孵りそうな兆しを見せた為に妹は出かけるのを泣く泣く断念。
誰がかわりに泊まりに行くかで揉め、厳選なくじ引きの結果私が選ばれたと言う訳でした。
結局、入浴が終わったマルカに手紙を届けてもらうのと、私に出産祝いなる荷物を妹に届ける事で代金の請求等はなしになりました。
「急いで手紙を書きますね」
「はい。私たちはどうしましょうかね?」
「ピギャピギャ」
「パピンさんがお話したいと言っていますね?」
「?」
どうやららオーナーはパピン君の言葉も分かるそうで……いやはや、中々語学が堪能な方ですね。
このままロビーでお話する事になりました。オーナーが手紙を書きつつ通訳して下さるのは助かります。
「ピギャッピギャピギャ……ピギャピギャ。ピギャ」
(兄弟姉妹の中で僕だけまだサナギになれないんだ……一緒に泊まりに来た弟に先越された。辛いよ)
「ふむ……。面白い研究論文があるのでお話聞いてもらえますか? パピン君と種が違うので当てはまるかは私もなんとも言えませんが」
昔々のお話ですが、蟲人族蚕種は幼体期間が長ければ長い程、その後生体になった時の魔力の質が良くなると研究結果が出ています。
「ピギャ!?」(そうなの!?)
「昔の話過ぎて知らない方が多いですが、私は幼体期間が長い事は将来的にはメリットに繋がると思います。総合的な魔力量は生体になってからでないとわかりませんが、パピン君は現時点でも体が十分大きいので将来は立派な体格に恵まれた蝶種になると思いますよ」
「ピギャピギャ?」(僕もトカゲ様みたいにおっきくなれる?)
「はははっ! 私はこれでも同種的に見たら小さいんですよ。性別の違いもありますが、2000年卵に籠っていた妹の方が今では私よりも高身長ですし、魔力量も多いですからね?だから焦る事はありませんよ」
「ピギャ〜」(そうなんだ〜)
「2000年……。なんともスケールのデカイ話だな」
「ルナさんってそんなに引きこもりだったんですね」
「今の内によく食べて、よく寝て、いっぱい遊んで体を動かせばそんなに心配しなくても大丈夫ですよ。幼体期間中の地を這う動きは今の内しか出来ませんからね。サナギになる前に栄養を蓄えて、良質な睡眠を取り、筋力UPでサナギ期間中に減ってしまう気力と体力に備えることで、生体初期に動くのも楽だと聞いたことがあります。無理は禁物ですけどね」
「ピィ! ピィピィ! ピィ、ピィ」(そうよ! 抱っこしてもらうなら今の内! デカくなったら飛ぶの面倒臭い)
「おかえりマルカ。ピピ夫人とシャンさんありがとうございます。助かりました」
「レオン様のお言葉を借りると、困った時はお互い様です。昼間はこちらこそパピン様がお世話になりました」
洋服も洗濯してもらって綺麗になり、風呂に入る前はスイカでびっちゃびちゃでしたが、今では何だかいつもよりも鱗もツヤツヤしているマルカが突撃してきました。
「ピィ! ピィ!? ピィピィピィーピィピィ! ピィピィ!」(聞いて叔父さん! ねぇ、聞いて!? 私お風呂上りにピピさんのボディマッサージを受けたらいつもより鱗がキラキラツヤツヤなのよ!もう最高だった!)
「はいはい、それはよかった。お礼はしましたか?」
「ピィ」(ありがとう)ぺこり
「ふふふ、どういたしまして」
「このやり取り昼間も見たな」
再度私からも何度もお礼申し上げましたかま。
ははは、これではまるで昼間と立場が逆ですね。
しばらくロビーで話していましたが、どうやらパピン君はそろそろ寝る時間の様です。
「坊やは…私共が幾ら焦る必要はないと言っても1人だけサナギになれないと落ち込んでいましたが、どうやらトカゲ様達のお話を伺って元気を取り戻したようですね。何とお礼申し上げてよいやら」
「いえ、こちらこそ…」
「ピィ!ピィピィ」
(いい!抱っこなんて今の内だけよ)
「ピギャピギャ」
(でも僕重いから申し訳なくて)
「ピィ!ピィピィピィ。ピィーピィピィピィ…ピィ!?ピィピィ……ピィ!?ピィー…ピィピィー!?」
(その重さは愛よ!むしろ抱っこさせてありがたく思えくらいの心持ちでいなさい。このプニプニボディに触らせてやるのは今の内だぞって……え、凄いんですけど!?サラフワの毛と合間って…やだ何このわがままボディ!?)
「ピギャー!ピギャピギャッピギャッ!」
(やめて!くすぐったいくすぐったいっあはははっ!)
「………余計な事まで教えてしまっていたらすみません」
「楽しそうですね。坊やが元気になってよかったですわ」
オーナーが微笑ましそうにしながら互いの言葉を翻訳していましたが、マルカがパピン君に悪影響を与えてない事を祈ります。
お休みの挨拶をして、その場は解散となりました。




