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レオン殿と楽しく話をしながら、デザートのアップルパイとバニラアイス、丸ごと出てきたスイカ2つをいただきます。
焼きたての温かいパイは生地がザクザクで、中にたっぷり入っている甘く煮たりんごと相まって味もさるごとながら、食感も楽しめる逸品でした。
温かいアップルパイの熱で溶けかけたアイスも一緒に食べると、また違った味わいがありますね。
スイカは2つ。大ぶりの丸い形状の物と、楕円形の小ぶりの物が出てきました。どうやら品種が違うようです。
小ぶりの楕円形の方からいただくとしましょう。
「っ!?」
「どいしたトカゲの旦那?」
ちょっと今喋ると大惨事になりかねないので手で制して「しばらくお待ち下さい」とお伝えします。
私は上を向いて喉をゴクゴク鳴らしながらスイカの果汁を飲み込む。
スイカをひと口で食べたのですが、噛んだ瞬間中から大量の果汁が溢れ出てきました。表面の皮が薄く、中の果肉が私が思っているよりも多くありましたので、不意打ちを喰らいました。
いやー、口やら鼻からスイカが飛び出さなくてよかったです。
ある程度果汁が喉に流れたら口の中に残っているスイカを咀嚼して、飲み込みます。
「あー、びっくりしました。美味しい」
「俺もびっくりしたぞ……。トカゲの旦那が急にフリーズするから何事かと思ったよ」
先程の口の中の出来事を話すと、「クールな顔しながら小さなスイカと格闘してたのか」と笑われました。
クールな顔ですか。
私は物凄く困り顔のつもりでしたが、今日も私の表情筋は硬い表皮に阻まれてちゃんと仕事をしなかった模様です。
食材はなるべく丸のままがいいと希望しましたが、流石に汚すといけないので大きいスイカは切り分けてもらう事にしました。お手数おかけします。
真っ赤に熟れたスイカを食べていると、速足で近づいて来たエルフ族に話しかけられました。
「お食事中申し訳ありません。こちらの方がサンガルカントマルクスフォルク様宛にお手紙を運んで下さったようなのですが、お知り合いでしょうか?」
「私の姪っ子ですね。よければ引き取ってもよいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします。お手紙はこちらになります。お返事が必要でしたら、便箋等ご用意させていただきますので、お近くの給仕にお伝えください」
「ご丁寧にありがとうございます」
「ピィ」
エルフ族の方に手渡されたのは小筒に入った手紙と妹の娘である『マルカ』と言う名の小竜。
早速手紙を読んでみる。
……ああ、やはりそうか。よかったよかった。
「何か悪巧みの手紙か?」
「凶悪な顔してる自覚ありますが、これは笑顔なんですよ。2時間前に妹が産んだ最後の卵から無事に子が孵ったそうです。よかったなマルカ、お前も姉になったんですね」
「ピィ」
「そりゃおめでたい!! ん? 2時間前ってドコに住んでるんだ?」
「妹はベスティア国鳥人種保護区でお世話になってますね」
「こっからだと、軍の高速船使っても2時間じゃ着かんだろ……マジか?」
「姪っ子のマルカが頑張ってくれましたから」
「ピィピィ」
「嬢ちゃん大変だっただろう? オーナーに話して何か食べ物と水分でも分けてもらおうな?」
「ピィ、ピーー、ピーー、ピーー、ピピピー、ピィピィ、ピーーーーーーむぐっ!」
「……これ、マルカ。暴言はよしなさい」
私はマルカの口を指1本で覆いました。姪っ子の体はまだ小さい竜体なので、指で充分。
レオン殿が『竜人語』を理解出来なかったのは幸いでした。
「嬢ちゃんは何て言ったんだ?」
「要約しますと『子ども扱い』はおやめ下さいと言っていますね。マルカは先月で150歳になりましたから…まぁ、卵から孵ったのは50年前なので他の方の感覚ですと、年齢だけでしたらレオン殿とさほど変わりませんかね」
「マルカさん申し訳ない。謝罪申し上げる」
「ピィ」
卵から孵った年で考えるとあまり年齢は変わりませんが、マルカの精神年齢が第二次反抗期真っ只中なのは黙っておきましょう。
私も、姪っ子からの暴言など聞きたくはありませんので。
先程のエルフ族の方がオーナーだったようで、返事用の可愛らしい便箋とペンを受け取るついでに、私が食べているスイカをマルカに一切れ分け与えてもいいか確認します。
「折角ですから新しいお食事をご用意しますよ?」
「いえ、余りお腹に食べ物を入れてしまいますと飛行に影響が出ますので、お気持ちだけ受け取ります。気にかけてくださってありがとうございました」
とても有り難いお申し出ですが、今回はご遠慮させていただきました。
マルカにスイカを与えて、私は食後のジャスミン茶を飲みながら手紙を書かせてもらいます。
よし、書けました…………あちゃー。
「…………マルカ、美味しかったみたいですね」
「……ピィ。ぺろり」
「トカゲの旦那と一緒で実に見事な食べっぷりだったな」
手紙を書き終わって顔を上げたら、体の前面スイカの汁まみれのマルカと目が合いました。
不幸中の幸いは用意していただいた丸いお盆の上に乗って食べていた為、テーブルを汚さずに済んだコトですかね。
本人も悪いと思ったのでしょう、「ヤッチマッタ」と言った後、申し訳程度に口の周りを小さな舌で舐め取っていました。
「……ピィ」(……ゴメン)
「いや、こちらのスイカは美味しいですからね。しかしどうしましょうか」
「もういっそのコトもう一切れ食べるか? 俺の余り物で悪いが」
「ピィ、ピィ」(ありがとう、もらう)
しゃっくしゃっくしゃっく……
反省はしているようですが、速攻で開き直りましたね。
小竜なのでまだ顔まわりの表皮が柔らかく、レオン殿からいただいたスイカを口いっぱいに頬張る姿はまるでリスみたいに頬が膨れています。
「食べ終わったら、手伝いますから水浴びして洋服を洗濯しましょう」
「ごっくん。ピィ」(ヘンタイ)
しゃっくしゃっくしゃっく……
「いや、その体のサイズじゃシャワーどころか洗濯物も自分で回せないでしょう?」
「ピー、ピー、ピー」(自主規制)
「だぁー!? わかったから、嫁入り前の娘がそんな言葉使ってはいけません!」
しゃっくしゃっくしゃっく……
「はぁ〜……」
「トカゲの旦那、大丈夫か?」
マルカが入浴を拒否している事を伝えると、レオン殿は「ちょっと待ってな」と言って席を離れて行きました。