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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集2

私の見えないお父様

作者:


 

 「…お母様」

 

 こぼした言葉に返事はない。母は私一人残して死んでしまった。たった今目の前で眠りにつくように死んでしまった。

 

 ただ静かに。

 私に何かを言い残すことも無く。ふと何かを目で追う仕草をして、ゆっくりと微笑んで─────死んだ。

 

 

 「魔女が死んだ! 魔女が死んだぞぉ!!」


 窓から覗いていたんだろう。 母が息絶えたその場で静かに私が立ち竦んでいると、無造作に開けられた扉から沢山の人が入ってくる。

 

 「やっと死んだ!」

 「疫病神め」

 「忌々しい魔女め」

 

 口にされるのは悲しみでも、哀れみでもなく。ただ溢れる喜び。

 

 不意に母に手を伸ばす男がいた。安らかに眠った母だ。いくら蔑まれても微笑み私のことを愛した母だ。私のたった一人の。

 

 「触るなっ」

 

 母は、金の髪に青い瞳のごく普通の色を持っていた。昔は伯爵令嬢だったと聞いた。私を身ごもり、自分の父にここに住むように言われたと聞いた。

 

 柔らかな笑顔を持つ。優しい人だった。父を愛しているのだといつも目を細め語ってくれて。

 

 私は青い髪に金の瞳。母の色を持たない私のこの色は、父と同じ色だと教えられた。

 

 「もう…放っておいて…」

 

 私が産まれたことを喜んだのは母一人だった。父は誰だと聞かれても答えるのは人々を怒らせる一言で。たとえそれが真実であったとしても人は受け入れず、怒りをぶつけた。

 

 『この子のお父様は、エヴァンス様です』

 

 その一言が。母を魔女と呼ばせた。

 

 エヴァンス・ローレンス

 

 ローレンス王家の第一王子。心優しく、気高く、そして、剣と魔法に長けた人々に望まれた王太子。

 

 その青い髪は王家の血が強い証。その金の瞳は神に選ばれた証。

 

 ─────街にお忍びで出かけた時に行方不明になった。それがエヴァンス王子。

 

 賢者は言ったという。どこを探しても彼が見つからないと。

 

 聖女は語ったという。神が彼をお気に召されたと。

 

 魔術師は首を振ったという。彼を取り戻す術などありはしないと。

 

 

 エヴァンス王子が行方不明になったのは母が十の時。そして母が身篭ったのは十七の時。

 

 会ったこともないはずの男の子供を産んだ娘。それを伯爵は受け入れられなかった。そして周りもそれを受け入れなかった。

 

 母は、孤独となった。王家の色を持つ私を抱えたまま。

 

 「っ悪魔の子め!!」

 「私の、私のお父様はエヴァンス・ローレンス! お母様は魔女でも疫病神でもない、お母様が死んだのは病のせいで、天罰でもなんでもないっ 」

 

 普通なら。治せた病だ。普通なら薬を飲めばまだ母は笑ってくれていたんだろう。こいつらが売ってくれなかった薬さえ…あれば。

 

 胸に手を当てる。私はエヴァンス・ローレンスとマルベリー・テンダーの娘。恥じる血も、人に言えぬ罪もない。

 

 「悪魔はお前らだろう! 母の亡骸に触れることは許さない! 帰れ! お前らを私は招いたつもりも無い!」

 

 足は震えていないだろうか。涙は零れていないだろうか。ちゃんと私はこいつらを睨みつけてられてるだろうか。

 

 「母は私一人で弔う! 指一本触れさせはしない!」

 

 棒を握る。私の父は剣を初めて握った時から扱えたという。ならこんなただの棒でも父の血を引く私ならば扱えるのではないかと少し期待して。

 

 王の血を引いているなら。なら少しでもその威厳を出せはしないだろうか。少しでもいいんだ。

 

 ただ、このクズたちを家から追い出せるくらいがあれば───。

 


 母を弔うことが出来れば、もうこの命が消えたって構わない。優しく気高かった母をこいつらに引き渡したらどんな目にあうか分からない。

 

 

 『大丈夫よ、お父様が守ってくださるわ』

 

 でも、大人の力に子供が勝てるわけはなくて、必死に振った棒はやっぱり意味はなかった。

 

 突き飛ばされ、蹴飛ばされ、家の中が踏み荒らされる。そして母の遺体に手を伸ばす男たちがいて。

 

 

 「やめろ!!!」


 喉が痛くなるほど叫んだ。許せなかった、許すわけにはいかなかった。

 

 「お前らが、殺したんだ! 助かるはずだったのにお前らが…そんな汚い手でお母様に触れるな!」

 「お母様だぁ? 伯爵様に縁を切られたただの売女だろうがよ! お高くとまりやがって!」

 「縁を切られたとしても、お母様は気高かった! お前らの今までの行いに好意を抱くはずがないだろ!」

 

 触れるな。汚すな。大切なんだ。守らなきゃ、ちゃんと綺麗な丘の上にお墓を作るんだ。そして、出来たら私もそこで死んでしまおう。埋葬してくれる人はいないが、お母様のいないこんな理不尽な世界で生きてはいけない。

 

 「うっせぇな! 好意なんざ要らねぇだろ! だいたい俺たちは最初に譲歩してやった! それを断ったのはこの魔女だ!」

 

 「じょう、ほ?」

 

 「そうさ! 村の誰かと結婚するんであれば家族として迎えようってな! それをこの女はっ」

 

 顔を真っ赤にさせて、男が叫ぶ、そしてそれを誰も否定しない。全員が母が悪いと言い張っていた。

 

 「結婚…? お母様には私がいた、お父様だっているのに結婚するはずない」

 「はぁ? さすがお前も魔女の娘だよな、同じこと言いやがって、いいか?教えてやるからよーーく聞いとけよ」

 

 私を見下しながら口を開く。

 

 「エヴァンス王子は、とっくの昔に神のみもとに呼ばれたんだ、だからエヴァンス王子の子を産むってことはできやしねぇのさ! だというのにいつまでたっても彼の人の子を産んだ、血を継ぐ子だと騙るお前らはただの犯罪者だ!」

 「お母様は嘘なんてついてない! この髪や瞳がお父様の血を引く証拠になる!」

 「はっ、だからお前は悪魔の子だって言ってんだよ!」

 

 腕を掴まれ、放り出される。壁に背中がぶつかり痛みに体を丸めると、腹部に蹴りがとんでくる。何度も。何度も。

 

 「ぐぅっ」

 「王族を騙る犯罪者の癖に! 伯爵様の娘と孫だからと極刑を免れやがって! その癖村の子は産めねぇだ?! なんで俺達がそんなヤツらを世話してやんねぇとならねぇんだよ!」

 

 痛い。痛い。でもそれよりももっと苦しい。

 

 『大丈夫、大丈夫だからね』

 「っ」

 

 『お父様が…必ず…戻ってきてくれるから…だから』

 

 涙で濡れた視界の端で、お母様に男達が手を伸ばす。拒もうと手を伸ばすけど、そんな手すら踏まれる。

 

 ああ。

 

 「おか…さ」

 「うるせぇ!」

 

 ねぇ、お母様。

 お父様はどこにいるの?

 

 いるならなんで、なんで助けてくれないの。

 

 どうしてお母様は死んでしまったの。どうしてお父様はこないの。

 

 嘘じゃないのに。お母様は嘘ついてなんかいない。

 私だって生まれた時からこの髪と瞳だった。

 

 「っ」

 お母様が連れてかれる。あんなに苦しんだのに、まだ苦しめるの。まだ傷付けるの。

 

 「おと…」

 「あぁ?」

 「おとうさ」

 

 

 

 「お父様ぁぁぁ!!」

 ねぇ、いるのなら、みてるのなら、守ってくれるのなら。

 お母様を守ってくれなかったの、許してあげるから。ちゃんとお母様を幸せに出来なかったこと、ちゃんと許すから。

 

 

 だから。

 

 

 「お母様をっ」

 

 死んだ後まで苦しませないで。

 

 

 

 血と涙が混じった顔に拳が振り下ろされるのをただ受ける寸前に、私の目の前に綺麗な手が出てきてその拳を止めた。

 

 「…え」

 「………」

 唖然とその手を辿ると、まず、綺麗な青い髪が目立って、その青い髪よりも輝く金の瞳が私を見下ろしている。

 

 「…おとうさま?」

 「……エベリー」

 

 言葉につまりながら、目の前の人を見上げる。余計に涙が溢れた気がする。

 温かな手が私の体を抱き上げてくれる。柔らかな長い髪が私の体をサラサラと撫でる。

 

 周りの大人たちも唖然とそんな私たちを見ている。お母様を連れて行こうとしていた男も。

 

 

 

 「…どうして、名前知ってるの?」

 「僕は見ていたから…僕とマルベリーの名前から取ったんだよね、とても素敵だ」

 「貴方は…お父様? エヴァンスお父様?」

 「そうだよ、僕が君のお父様だ」

 優しく微笑む顔に涙がいっそう込み上げてきて、嗚咽が口からこぼれて。

 

 「お母様が…お母様がっ」

 「うん、遅くなってごめんね、でも大丈夫だから」

 私の体を片腕にのせて、ゆっくりとお母様の元へ歩み始める。それを周りの大人は止められない。

 

 「マルベリー」

 

 やがてたどり着くとお父様は優しくお母様の頬を撫で髪をすく。

 

 「随分と痩せてしまったけど、君は変わらず美しいね、遅くなった僕の顔なんか見たくないのかもしれないけど、起きてはくれないかい?」

 愛しいと全身で伝える、綺麗すぎるこの人が私のお父様で、お母様が愛し信じた人。

 

 もう死んでしまったお母様に語りかけるのを見ると、なぜだかまだお母様は寝ているだけの気さえする。

 

 「マルベリー」

 「お父様、お母様は…」

 「エベリー、君もお母様を呼んであげなさい、彼女は…とても迷いやすい子だからね」

 

 迷っている? お母様が?

 

 「…死んで、ないの?」

 「死んでいないよ、彼女は僕の伴侶だから」

 ぱちぱちと瞬きをして、お母様の頬に触れる。まだ、死んだばかりで、体に熱は残っている。でも、心臓は止まっているというのに。

 

 「お母様、お父様が…きたよ、お母様…ずっと待ってたでしょう? 私ね、お父様がどんな人かって想像したことあるんだよ、沢山沢山話をしようって、あったら私がどんな子か伝えようって…でもね、お母様…私、欲張りだからお母様も一緒にお話したい」

 

 また、歌を歌って。

 また、ご飯を一緒に食べよう。

 また、お父様がいつでも帰って来れるようにしよう。

 

 

 「だからね、起きて?」

 

 一緒にお出かけしたいな。一緒に笑い合いたい。

 

 お父様が何かを掴むような仕草をしたあと、お母様の瞼が小さく震えた。

 

 「……え、べりー」

 「お母様?」

 「マルベリー」

 

 嬉しそうなお父様がお母様に手を差し出す。それを迷いもなくお母様が手を重ねる。

 

 「エヴァンス…」

 「ただいま、待たせてごめん…エベリーを守って育ててくれてありがとう」

 「エヴァンスっ」

 ぎゅっと私ごとお母様がお父様を抱き締める。そして大きな声で泣き出した。今まで見たこともない、お母様の涙だった。

 

 「ほ、本当に…エヴァンス王子?」

 私を殴っていた男が顔色を悪くしながら震えた声で、お父様の名を呼ぶ。男をお父様は冷たく見据え、言葉を吐き出した。

 

 「よくも、私の妻子を傷付けてくれたね」

 「っ貴方は死んだと!」

 「遺体があったのか? 墓は? 葬儀は?」

 

 ぐっと押し黙る男にお父様は目を細める。

 「僕はね、厄介な呪いにかかってしまった、姿が見えなくなる呪いさ」

 「…」

 「マルベリーは唯一僕の姿が見えた子で、呪われた僕を受け入れた子だ…僕がいないものとしてされる世界に咲いた唯一の光の花、その花は子を産むと言った。僕がもし呪いが解けなくても、僕がいた証を産み、そして愛し育てようと」

 

 誰も知らない私のお父様とお母様の話。呪いで、姿が消えた。見えなかっただけで、お母様の言っていた通りお父様はいたんだ。

 

 

 「神が言ったんだ、僕の呪いを解くのは僕の娘だと」

 「…え?」

 「でも、僕はね、呪いが解けなくても構わなかった、マルベリーがいればそれでもね…でもマルベリーも僕が見えなくなってしまった」

 

 びくりとお母様の肩がはねる。

 小さく震えるお母様を宥めるように空いていた手で、お母様の頭をお父様が撫でる。

 

 「僕はまた孤独になるだけだった、でも、マルベリーは僕を大切に思う人達に傷付けられ一度死んでしまった」

 「それは…」

 「僕は見ていたさ、見たくなくても、なんの罪を冒したんだろうね、僕らが」

 

 お父様がゆっくりと微笑む。その表情がやけに恐ろしく見えた。

 

 「お望みどおり、僕が妻子をこの村から出そう、狙っていた女が妻にならないからと殺してしまう男達の元で暮らすなんて僕には無理だね」

 「ひっ」

 「自分で語るんだよ、唯一僕を見つけられた愛した女性を蔑ろにした、殺した、そのせいでやっと現れた僕に逃げられたんだって…さて、僕がいないこの国はいつまで持つだろうね」

 

 もう、王族達は神に見放されたのにとお父様は笑う。とても幸せだとばかりに。

 

 「もう一つ、最後に教えてあげよう…僕に呪いをかけたのは神だよ、神に気にいられたのは間違いじゃなかった、この瞳だけじゃなく、この壊れた国から僕を連れ去ったのさ…僕の感情を無視してね」

 

 さて、そんな僕の血を引く娘と、それを産んだ母を傷つけたこの国は平穏に暮らせるのかな?とお父様が言い放ち立ち上がる。恐怖に震える村人達に私はどうしても言いたかった。

 

 「私は…私たちは嘘をついていなかったっ」

 「ぐっ」

 「悪魔は…お前たちだ!!」

 

 誇らしげに胸を張り、しっかりと前を向く。私は後ろめたいことなんてない。私には大切な家族がいて、もうそれだけで十分だ。

 

 

 「お母様は、お前らにやんないし、お前らの家族にだってならないっ」

 

 涙はもう止まっている。お母様もしっかりとお父様の隣に立ってゆっくりと優雅に礼をする。

 「今までお世話になりました、互いの為にも、もう二度とお会い出来ないことをお祈りしております」

 

 膝から崩れ落ちた彼らをそのままにお父様に抱き上げられたまま外に出る。綺麗な日差しの中、お母様が笑っている。お父様もそれを嬉しそうに見守り、私の頭を撫でてくれる。

 

 

 「お父様、お母様がすき?」

 「もちろんだ」

 「こら、エベリー!」

 「じゃあ、ずっと、ずっとね…お母様といてあげて…お母様沢山頑張ってくれたから…ちゃんと幸せにしてあげて」

 

 恥ずかしくて少し下を向く。でもずっと、ずっと望んでた。

 

 絵本に出てくる王子の様に完璧だというお父様。

 ならお母様はお姫様で、絵本の最後は必ず決まってこう締め括らなきゃ悲しくて眠れなくなってしまう。

 

 

 王子様とお姫様はとても幸せに暮らしましたとさ。そう、終わらなきゃ。

 

 その言葉を聞いてお父様達は吹き出すように笑う。

 

 「エベリー、それは間違いよ、書くならこう書かなくてはならないわ」

 「え?」

 「そうだね、エベリー…直さないとだ。僕らのことを絵本で例えるなら終わりは必ず───」


 

 「「王子様とお姫様は可愛い子供と共に幸せに暮らしましたとさ」」

 

 

 ぎゅとお父様に抱きついて目を瞑る。私のことは書かなくてもいいんだよ。

 

 だって。

 

 

 二人の子供に生まれたことが最初から幸せだったんだから。 

 

 

 

 

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