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体験版

 世の中は嫌な事ばかりで溢れていて生きづらい。

 そう思った事はないだろうか?俺はある。


 他人と上手く馴染めない人間に無理矢理馴染めと言うくせに、いざやってみれば嘲笑いけなす奴らが嫌いだ。

 なす事全てが他人以上になんでもでき、できない者とそいつを比べる周囲の奴らが嫌いだ。

 自分は真剣に何かをやっているのにその姿を見て笑い話の種にするような奴らが嫌いだ。

 他人の必死の努力を横からかすめとりさも自分の功績であるかのように主張する傲慢な奴が嫌いだ。


 そして、そうやって必死に自分や周りを変えようと努力している者を嘲笑うように認めないこの世界が俺は大嫌いだ。

 

 そして俺は出会った。あの世界に。

 現実の自分なんて関係ない。自分が自分として振る舞える事のできる世界を。




 荒れ果て瓦礫の多い街に曇った空。そして大破した車から漏れるガソリンと鉄と火薬の匂い。

 そしてその場にピリピリと張り詰めた正体不明でどこか緊張感を抱かせる空気。


 そんな場所の道路の真ん中で頭の天辺から爪先まで白一色に統一された一体の人型のロボットがいた。その人型はまるで胸一杯にその場の空気を吸い込むような動作をし、そして吐く。


 その行動はまるで遠くから帰ってきた人間が故郷の空気を感じるようなリラックスした姿だった。


 はっきり言ってその場の空気に似つかわしくない事をする人型はなにも気にしていないのか尚も続ける。

 すると突如瓦礫から影が一斉に飛び出し道路の真ん中でリラックスしている人型を取り囲む。

 

 取り囲んだ二十人の影達の姿は囲まれる者と同じく白い人型ロボットだった。


 大きさや高さは個体差のようにどれもバラバラだ。そして何より違うのは囲んだ方の人型は皆銃や剣などの武器を持っている事だ。これでは囲まれた人型がこれからなぶり殺しにされてしまうような構図だ。

 

 そして驚いた事に取り囲んだ方の人型の何人かが声を出して話し始めたのだ。


「こんな道の真ん中で一人なんてどうかしてるな。お前?」

「本当だよな!しかもこいつ武装もなしだぜ!」

「あははは!正気かよ!こんな場所に武器なしで来るなんて、狩ってくれって言ってるようなもんだぜ!」

「「「あははははははははは!」」」


 まるで昔のアニメに出てくる野盗のように騒ぎ出す人型達。明らかに何を言っても見逃す気はなく楽しんで攻撃してきそうな雰囲気だ。


 だが囲まれている人形は囲んでいる人型ではなく空を見ていた。


「こいつどこ見てんだ?」

「怖くて上向いてるだけじゃねぇ?」

「あははは!ビビってんだこいつ!」

「無理はねぇよ、この数だ。ビビって空を眺めたくなるわなぁ」


 口々に言う人型達。だが囲まれている人形は空を見たまま全くの無反応だ。

 それに対して機嫌を悪くしたのであろう人型が三人囲まれている人型に近づく。


「おい聞いてんのか!無視しやがって!」

「てめぇこの状況でしかととか死にてえのか!あぁん!」

「人が話しかけてんのにその態度、流石に苛つくんだよ」

「・・・・・・」


 目と鼻の先まで近づいた三人は逆ギレし絡んでくる。だがそれでも無視を貫き通し空を見上げたままの人型。


 そしていよいよ我慢ができなくなったのか三人のうちの一人が更に一歩進み空を見上げる人型の首を掴む。


「てめぇ、俺が今すぐ殺してやろうか」

「・・・・・・」

「おい、獲物はチームとして狩る決まりだろ?」

「そうだぜ!お前個人でやったら俺達には何の意味もねぇじゃん!」


 首を掴み持ち上げる一人に残り二人は文句を言う。

 だが、首を掴んでいる人形は聞く耳持たないと言った様子で右手に持った銃を首を掴まれている人型の胸につきつけ叫ぶ。


「悪いけどこいつだけは俺が殺す。そうしねぇと俺の気がおさまらないんだよぉ!」


 引き金に力が入り弾が銃から弾が発射される。

 その時だ、首を掴まれた人型が一瞬ピクンと動いた。


「あっ、今動いたな?動いよな?つまりは意識はあるって事だよな?なら最後のチャンスだ。喋ってみろよ!さもないと!」

「お、おい」

「なんだよ!今俺はこいつ話しかけてんだよ!」

「そ、そうだけどお前・・・・・・」

「なんだよ!はっきり言えよ!」


 怒り狂う人型に対して驚いたよな態度の人型は恐る恐るそれを口にする。


「・・・・・・お前、右手はどうしたんだ?」


 その言葉に怒っていた人型は何かに気づいたのか何も言わず自分の銃を握っていた右手に視線を向けた。


「ーーはっ?なんで、俺の右手がねぇんだ?」


 首を掴んでいた人型はいつのまにか綺麗に右手がなくなっている事に気づいた。


 近くにいる二人は露骨に狼狽る。そして周囲の取り囲んだ人型達は慌てながら遠くから攻撃されたとおもい周囲を警戒する。


 人型の手が一つ唐突に誰にも気づかれずに消えた。その異常と言える事態に余裕だった人型達の心境は一転し心を言い知れぬ不安が支配しその場は音を一切許さない静寂に包まれた。


 だがそんな状況に容易くヒビを入れる者がいた。


「ーーはぁ、やっぱり今日は月も星も見えないか」

「「「「ーー!」」」」


 その場にいた全ての人型が一斉に音の発生源に注目した。

 ただ一人、音を、声を出したその人型以外を除いて。


「なんだよ。そんなに見つめるなよ。俺注目されるの苦手なんだよ」


 声を出したのは首を掴まれていた人型だった。

 そしてその声は態度と同じように一切の緊張感はなく自然体そのものだった。


 そんな緊張感のなさが原因なのか声を出せと言っていた三人はすっかり黙ってしまった。

 まるで最初とは逆のように。

 そして今まで黙っていた人型は何やら意味ありげな言葉を言う。


「さてと、ここに来てくれたのはざっと二十人位か。まあまあの数だし、始めようかな」

「な、なにをーー」

「訳のわかんねぇーー」

「ぶっころーー」


 一番近くでそれを聞いていた三人は正気に戻り何かを言おうとするが最後まで言葉を言えず、三人は同時に五体がバラバラになる。

 

 その光景を囲んで見ていた人型達は何が起きたのかも理解できずさらに動揺する。

 だがそんな彼らを見ずに無慈悲な言葉が送られる。


「さぁ、次はあんたらだ。楽しく遊ぼうぜ」


 その言葉を囲まれていた人型が言った直後その姿は消え円状に囲んでいた人型の四人が突然バラバラになる。

 人型の集団は数秒してからその事に気づく。だが気づいた時にはまた四人バラバラになる。

 

「なんだよ!なんなんだーー」

「く、くるーー」


 数がどんどんと減るにつれ周囲の仲間がやられたと早く認識できるようになっていく人型達、だがそれは同時にもうすぐ自分達が消える番と死刑宣告されるがごとくだった。

 迫る恐怖に怯え声を上げるが虚しく消える。


 そしていつのまにか二十人いた筈の人型は無残な残骸になりリーダーただ一人が残るがあまりの予想外の事に何も考えられなくなっていた。


「馬鹿な、こんなことが」

「気を落とすのは無理もないとおもうけど、これはあんたらが招いた結果でもあるんだぞ?」

「ーーひっ!」


 リーダーは突如背後から聞こえた声に驚き尻餅をついてこの異常な光景を作り出した人型が立っていた。

 リーダーは怯えながらも何とか助かりたい一心で命乞いをしようとする。


「ダメだ」


 そう言った人型は軽く手を上に振った。

 するとリーダーの両腕は消えた。それは命乞いを許さないと言わんばりの攻撃だった。

 リーダーはなくなった自分の両腕を見てパニックになる。


「ああああぁぁぁぁぁ!俺の腕がぁ!」

「あんたらはさぁ、さっきみたいに集団で寄ってたかって他の人らを狩ってただろ?わかる?あんたらみたいなのに狩られてせっかく貯めたポイントもアイテムも取られて、俺みたいな奴に何とかしてほしいって頼む被害者達の悔しさが」

「あ、ああぁあ!ご、ごめ、ごめんなさーー」


 少し怒りのこもった言葉で言われたリーダーは最後に目の前に立つ人型に謝ろうとしたが他のメンバーと同じように最後まで言葉を話させてもらえずバラバラにされた。


 そしてバラバラになったリーダーを見ながら人型は言った。


「俺じゃなくて被害者の人らに言いに行けよ。リスポンした後にさ」


 そう言い人型は手を軽く顔の前まで上げ軽く横に振った。すると色々表示されたウィンドウが開きその中のログアウトボタンを押した。


「はぁー、早くこの体験版アバターじゃなくて自分だけのアバターを使いたい」


 そう言うと体は光に包まれ宙にとけて消えていった。


 ここはあるVRゲーム、その体験版の世界だ。

 ここは従来の技術では考えられない意識を完全にゲームの中にダイブさせることの出来る唯一の世界。


 今この体験版は限られた200名のプレイヤーしかプレイできない。

 

 その先着200名という狭き門を抜けた者達はその世界に直ぐに魅せられ虜になった。

 そしてその世界に行けなかった者達は指をくわえてその世界で気ままに遊ぶ者達を見て待ち続けていた。


 製品版の発売を。


 だが誰も知らないし知るよしもなかった。まさかゲームで世界の常識をひっくり返すような事が起きるなんて。誰も思ってもみなかった。


 


 

 

 

 

 

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