燈花(ちょうじがしら)
『パパーっ! ママーっ!』
小さな女の子がひとり、俺に向かって元気よく手をふっている。
女の子は満面の笑みを浮かべて、幸せそうに緑いっぱいの野原を走り回る。
随分昔、青森の菜の花畑で見た女の子の事を、俺は思い出した。
そうだ。娘が生まれたら、きっとあんな風な、笑顔の似合う女の子になってくれるだろうと思っていたんだ。
そして今、その願いが叶って、ウチの娘は元気な女の子に育っている。
心地よい風が野原を優しく撫でて、あおやかな草原の海に波を作った。
一しきり走り回った後、娘が俺の元に走りよってきて、俺の胸元に飛び込んだ。
『楽しかったか? お腹空いたろ? そろそろお昼にしような』
『うん!』
『ママがうーんと美味しいお弁当を作ってきてくれたからな。サンドイッチにおにぎり、りんごにオレンジ…何でも揃ってるからな』
そう言いながら、俺は手を伸ばして、横に置いてあるバスケットに手を伸ばした。
『…あれ?』
けど、バスケットが見当たらない。何処に行ったんだろう。さっきまでそこにあったのに。
『ママ、いないよ』
『えっ? …ああ。そうだったっけ。じゃあ、パパが作ってきたお昼ごはんにしよう。ママのよりは下手糞だけど、それでなかなか…』
そう言いながら、俺は手を伸ばして、横に置いてあるバスケットに手を伸ばした。
『…あれ?』
けど、バスケットが見当たらない。何処に行ったんだろう。さっきまでそこにあったのに。
『お昼ごはん、ないよ』
『えっ? …ああ。そうだったっけ。…そうだ、これから作らなきゃいけないんだったな。お昼ごはん。待ってろよ、今、すぐ作って…』
『パパ、ママ?』
『…そうだよ。俺がパパで、お前のママだ。わかるよな?』
『パパ』
『ん?』
『ママに会いたい』
心地よい風が野原を優しく撫でて、あおやかな草原の海に波を作った。
* * * * * * *
雨の日の夜。
目の前で、女の人がひとり、泣いていた。
俺の横には、スーツを着たすらりとした綺麗な男が一人立っていて、俺と一緒に女の人を眺めていた。
『…ぐすっ…なんでなのよ……なんで…ひっ…』
女の人は俯き、顔に手を当てて震える声でそう呟いた。それを見た俺の口から、自然と言葉がついて出た。
『…仕方ねえだろ。……は、俺の方が好きなんだよ。…もう、いいだろ?』
『…思ってたのに…ひっ…友達だって…』
『…だってしょうがねえだろ!友達だって…関係ねえよ。もう行こうぜ』
泣きじゃくる女の人をその場に放って、俺は隣に居た男と腕を組んで歩き出した。
もちろん、相合傘で。
背中越しに聞こえる女の人の涙声が、何時までも耳にこびり付いていた。
* * * * * * *
「…いちおう…念のために…産婦人科の…」
「…フェリーが…」
どこかから声が聞こえる。
…眠い…。
* * * * * * *
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