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22. それぞれの星花祭一日目

 生徒会長の開会宣言を受けて、第65回星花祭が始まった。一日目は校内だけで執り行われ、各文化部はここぞとばかりに日頃の活動内容や成果を生徒たちに披露する。


 科学部の出し物はいろんなデモンストレーション実験、スライム作り、工作物と研究内容の展示を行う予定になっているが、並行して高三部員の墨森望乃夏が講堂において自分の行ってきた研究の成果発表を行うことになっていた。発表日は一般参加者が来場する二日目を希望していたが通らず、仕方なく一日目になってしまったがそれでも講堂の八割が埋まるほどには聴講者が入っていた。


 発表練習では実戦のような気持ちで望み、実戦では発表練習のように望むようわかなは指導していたが、それが実った形になった。予定の発表時間ちょうどでスライドを終え、理科教師からの質疑応答も難なくクリア。最後にわかなはちょっと意地悪してやろうと想定問答で敢えて出さなかった小難しい質問を投げかけたのだが、これも待ってましたとばかりに答えたものだから舌を巻いたものであった。


「墨森君、100点中120点。よくやった、の一言じゃ足りないぐらいだったよ」

「ありがとうございます!」


 望乃夏はアンダーリムの眼鏡をとって、目元をハンカチで拭った。正式な引退日は明日だが、この日をもって実質的な引退を迎える。最前列で聴講していた部員たちも目をうるませている。


 背の高い生徒がやってきて、望乃夏の手をとった。彼女の恋人、白峰雪乃である。


「望乃夏。凄くかっこよかったわ」

「雪乃、ありがとう」


 感極まった望乃夏が雪乃を抱きしめると、感激の場面はさらに盛り上がった。この場に大人の自分がいては野暮だろう、とわかなはさっと立ち去ることにした。


「それじゃ、二人でよろしくやってくれ」

「先生」


 呼び止めたのは雪乃であった。


「何だい?」

「部外者の私が言うのも変ですけど、望乃夏の晴れ舞台を設けて頂いてありがとうございました」

「いやいや、礼を言われるようなことじゃないよ。墨森君はこの先まだまだ成長するから、見守ってあげてね」

「はい!」


 それじゃ、と改めてわかなは立ち去っていった。後のことは顧問教師に任せて、本職のために研究所へと向かった。教え子が頑張ったから、次は自分が頑張る番だ。


 代休のことりとのデートのために少しでも仕事を進めておきたい、という理由もあったが。


 *


 望乃夏の発表から一時間経った後。ことりは友人の岩田優樹菜と一緒に、科学部の出し物を見に物理室に来ていた。正しくは科学部の外部顧問の姿を見に来ていた、と言うべきだが、残念ながら彼女の姿は見当たらない。代わりにいる大人は中等部の理科教師である。


 顔を出す直前になってわかなから「今日はごめん、会社に戻る」とメッセージが来たので肩を落としたが、優樹菜を連れてきた以上自分の都合で引き返すことはできず、そのままデモンストレーション実験を見ることになった。お題は「蒸気機関の仕組み」である。


 教卓の前には右目にモノクル、両手にガントレットを身に着けた風変わりな生徒が見学者に対して熱弁をふるっていた。


「さあ、いよいよ来るわよ! スチームのパワーをとくとごらんあれっ!」


 三角フラスコの中には水が入っていて、ガスバーナーの熱を受けて小さい泡が湧き出している。フラスコを塞ぐコルク栓にはガラス管とゴムチューブがついていて、四角い透明な箱へと続いている。その中にはピストンがあり、箱の外部に取り付けられた車輪とクランクを通じて連結されていた。


 やがて泡が大きくなっていき、生じた蒸気によってピストンが押し引きされ、クランクが作動して車輪が回りだした。回転速度はだんだん速くなっていき、水がボコボコと煮立った頃には目にも留まらぬ速さとなって、ガシャガシャガシャとけたたましい音を立てていた。


「わあ、すごい!」


 みんなと同じように、ことりも歓声をあげて拍手する。


「いかがかしら? これがインダストリアル・レボリューションを産み出したパワーよっ! イェアア!!」


 ガントレットを着けた右手を高々と突き上げる部員。優樹菜もノッて「イェア!」と叫ぶ。やはり理科は座学よりも実験が楽しいものである。


 ひとつ下の階にある第一家庭科室では保健委員の出し物、健康診断が催されている。そろそろことりと優樹菜が受付を担当する時間帯に差し掛かっていたので、第一家庭科室へと戻ることにした。その途中で優樹菜がいきなり、


「ことりちゃん、愛しの永射先生がいなくてがっかりした?」

「なっ」


 何も障害になるのが足元にないのにも拘らず、つまずきそうになった。


「あ、やっぱり好きなんだー先生のこと」

「い、いやあのね……」


 優樹菜の弄りにしどろもどろになる。これ以上必死に隠してもボロが出そうな気がしてならなかった。ことりは階段を下りたところで、「ちょっとこっちに来て」と優樹菜の腕を引いてトイレに連れ込んだ。ちょうど誰もいなかった。


「優樹菜ちゃんのこと信用しているから打ち明けるけど、私、わかな先生とおつきあいしているの。本当に」

「……え?」


 優樹菜は目をしばたたかせた。何とも言えない反応を見たことりは失敗したかも、と冷や汗を浮かべたが、友人は破顔して抱きついてきた。


「おめでとー! 最近のことりちゃん、なーんか上の空なところがあったからおかしーなーと思ってたんだけどさあ!」


 学業生活や私生活の場で浮ついた気持ちを表に出さないよう努めてきたつもりであったが、見抜かれていたようである。


「あ、いや待てよ」


 優樹菜は急に真顔になって、体を離した。


「ことりちゃん、前にも言ったよね。永射先生は女たらしだって。そのことをわかってておつきあいしてるの?」


 優樹菜の目は真剣そのものである。友人のことを心の底から心配していないとこういう目つきにはならない。


「うん。でもね、私にはわかるの。先生は本気だよ」


 わかなは自分が過去に受けた傷を包み隠さず晒してくれた。遊びでつきあう相手にここまで心を開くことはない。ことりは真剣な眼差しで友人を見据えた。するとまた、そっとことりを抱きしめてきた。


「わかった。ことりちゃんがそこまで言うなら間違いないよ。改めておめでとう」

「ありがとう。優樹菜ちゃん」

「今話したことはちゃんと墓場まで持っていくから安心して」


 優樹菜が小指を差し出してきたから、ことりも小指を差し出して絡め指切りげんまんをしたのであった。

今回ご登場頂いたゲストキャラです。


白峰雪乃(考案者:しっちぃ様)

登場作品:Dear my roommates(黒鹿月木綿季様作)

https://ncode.syosetu.com/n2622ef/


風変わりな科学部員→大鹿家まちね(考案者:斉藤なめたけ様)

登場作品:月がのぼるまでは(藍川海咲希様作)

https://ncode.syosetu.com/n3837gh/

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