18. 男子校のミスコン
「中庭にいるみなさん、全・員・注・目!!」
アフロヘアのカツラとサングラスを身に着けた司会が、残暑厳しい中にも拘らずスーツにネクタイ姿で声を張り上げる。
「皆様お待ちかね! これを見ずしてミカガクフェスタを語るなかれ! ミス・ミカガクコンテストをただいまより開催させていただきます!」
野太い蛮声が中庭に轟く。女子校で聞くことはない重低音である。
「確か前に来たときはこんな出し物は無かったんですけど……」
ことりは両耳を手で塞ぎながら言う。観衆たちはすでに制御不能になりつつあり、「早くしろ」といった汚いヤジが飛び交い出した。
「このノリは嫌いじゃないが、全く品が無いな……」
冷めきっていくわかなに反比例するように、会場の熱気はどんどん上がっていく。スポーツドリンクを口にして水分を補給したが、すっかりぬるくなっていた。
司会の説明によると、主催が独断と偏見で選抜した六人の候補者がステージに上がって一人あたり三分の持ち時間で自由に演技を行い、可愛らしさを競う。ミスコンとは銘打っているが候補者は当然御神本学園の生徒、つまり男子である。
だが大会の趣旨は女装を笑いものにするものではないということを、すぐに思い知ることになった。
「それではまずトップを飾りますのはエントリーNo.1、中等部2年B組、スガノジュンです!!」
バックパネルの裏からひょこっと出てきたのは、メイドに扮した生徒であった。見た目は女の子そのものであり、性別という概念が馬鹿らしくなる程の可愛らしい容貌に観客からはため息が漏れた。
「こいつはなかなかレベルが高いな」
わかなは感心したが、本物の女の子でないことを残念がりもした。
ジュンと呼ばれたメイドは最初、モップで床を拭いていた。優雅なクラシック音楽が流れていたが突如、ガラスが割れるような効果音がして曲が中断された。
するとステージ脇から突如日本刀を手にした黒子の集団が現れ、メイドに襲いかかった。先程と打って変わって緊迫感溢れる電子音楽が流れ出す中で黒子が斬りつけようとすると、メイドはバク転で飛び退く。大歓声が起こったが、スカートがめくれてドロワが顕になったからではないのは明白である。
メイドは反撃に出た。モップを槍のように振り回して黒子を突きまくった。さながら時代劇の殺陣のような鮮やかさで黒子を次々と死体に変えていき、最後の一人はモップをプロペラのように振り回してからの一撃でとどめを刺した。
ちょうど持ち時間三分で殺陣は終わり、メイドは突きたてたモップ片手にカーテシーをした。
「アンビリーバボー!! いきなりもの凄いパフォーマンスが出ました! それでは改めてご挨拶をお願いします!」
司会がマイクを向けると、変声期を迎えていない中性的な声がスピーカーで増幅された。
「スガノジュンです。どうでしょうかみなさま、楽しんでいただけたでしょうか?」
割れんばかりの拍手が答えであった。わかなもことりも力強く手を叩いた。
「ジュンちゃんは銃剣道部なんだってね?」
「はい。腕前はまだまだですけどね」
「ははは。これでまだまだとは恐れ入りました。だけど今回は何でメイド姿で銃剣道を?」
「カッコ可愛いを目指したかったからです。御主人様を狙う悪者を退治するというシチュエーションを演じさせていただきました」
「なるほど。いやあ素晴らしかった。ありがとうございました!」
メイドは深々とお辞儀して去っていった。
「さて初っ端からこんなパフォーマンスを見せられてハードルが高くなってしまったかもしれません。しかし最近の野球理論では二番打者にスラッガーを置くがごとく、二番手はみんなご存知最強の彼女が登場!! エントリーNo.2、高等部1年E組、ナガイシンノスケです!!」
弟の名前を耳にしたわかなは目を剥いた。
「慎之介……?」
「え、もしかして今から出てくるのが先生の弟さんですか?」
「ああ」
わかなの返事と同時に颯爽と登場してきたのは、少々露出度の高いステージ衣装を着たアイドルの美滝百合葉……に扮した慎之介であった。百合葉の持ち歌である『∞×∞』のイントロダクションが流れる中、亜麻色の髪のウイッグをなびかせて観衆に向けてウインクを浴びせた。
「うおおおおーーーっ!!」
「しんちゃーーーんっ!!」
たちまち中庭はコンサート会場と化して、屋台担当の生徒もしばし手を止める。
「弟さん、めちゃくちゃ女の子してますね……」
「親は男らしく育って欲しいから慎之介なんて男臭い名前をつけたんだが、全く逆になってしまったな」
もっとも、わかなという名前も可愛い女の子に育つようにという親の願いが込められていたという。全く自分たちは親不孝なきょうだいだとわかなは自嘲した。
♪限界なんて無い 僕たちは、いつだって無限大
声量はさすがに百合葉程ではないが中性的な声で高音域をそのまま歌い上げることができ、ダンスの振り付けに至っては百合葉の動きをコピーしたかのようである。しかし間奏に入ると、先程のスガノジュンに対抗するためか、側転とバク転を繰り出してあまつさえブレイクダンスをはじめた。慎之介は運動部に属していないが、運動神経は優れていた。
スカートの中身はもろみえになり、さすがにスパッツを履いてはいたが、観衆たち、特に男を興奮させるのに十分であった。もはや歓声ではなく、聞くに堪えない卑猥なヤジが飛ぶ。
「先生、ちょっと怖いです……」
「校舎に戻ろうか。弟を見れたら十分だ」
パフォーマンスが終わったと同時に、ことりを連れ出そうとする。混雑しているので前を進むのにも苦労して、わかなはすみません、すみませんと謝りながら道を作ってもらわなければならなかった。後ろで司会が「ファンタスティック!!」と叫んでいた。
「これぞ女帝の貫禄、何も言うことはありません! それでは改めてご挨拶をお願いします!」
「はーい、みんなのしんちゃんこと永射慎之介でーす☆」
獣のような咆哮が轟いたが、慎之介が校内でどういう位置づけなのか改めて思い知らされた。彼は司会からマイクを奪い取ると、可愛らしく両手で持って、続けた。
「もう僕自身のことはみんな知ってるから言いません。なので代わりに、学園のどこかで僕のことを見ているであろう、姉へ愛のメッセージを送りたいと思います」
「は?」
わかなは足を止めて振り返る。弟はマイクを使わずに叫んだ。
「ねーさーん!! 博士を目指して頑張ってねー!! 応援してるからねー!!」
おおおおー、というどよめきと拍手が地面を揺らす。
「大勢の前で言うなよな、そういうことは」
全くしょうがない愚弟だ、と呆れ果てていたが、メッセージはちゃんと受け止めた。
「はい、愛のこもったメッセージをありがとうございました! しんちゃんのお姉さんは大学院生なのかな?」
慎之介は再びマイクを通して、
「いいえ。企業で研究員を……あっ、いた! ねーさーん!」
慎之介は視力も良い。群衆の中からたまたま目が合った姉の姿を見つけ出すや、手を振ってきた。
「お姉さんいましたか! じゃあ、ちょっと上がってきてもらいましょうか!」
「は!?」
わかな本人の意思などお構いなしに事は進む。司会にどれがお姉さんかと尋ねられた慎之介が指差すと、大衆の視線が一斉にわかなに向けられた。こんな状態にされては下手に動くことができない。
わかなは舌打ちすると、
「ことりちゃん、ちょっと待っててくれ。すぐ済むから」
「あの、お気をつけて……」
人混みをかき分けて、わかなはステージに上がった。観衆の方から露骨にため息が聞こえてざわつきだしたが、なぜそんな反応なのかは容易に想像がつく。
「いやー、突然ですみませんねえ慎之介君のお兄さ……失礼しました! お姉さんですね。お名前の方をよろしくお願いします」
司会から二本目のマイクを突きつけられると、わざと低めの声で、
「どうも、永射わかなです。愚弟がいつもお世話になっております」
挨拶すると拍手が起きた。学会等で大勢の前で発表する機会は数多く経験してきたから特に怖いということはない。
「いやー、弟君に似て見目麗しいですね! では、弟君に何か一言お願いします!」
わかなはマイクを受け取って、見目麗しい愚弟に向けて語った。
「慎之介、いけない遊びはほどほどにして勉強しろよ?」
笑いが起きたが、やはり慎之介の性癖は学園じゅうに知られているところなのであろう。慎之介は舌をぺろりと出して、「ほどほどにしとくよ」と返した。
*
壇上に登った永射わかな先生の姿は、御神本学園のどんな男子生徒よりもかっこいい。ことりはそう思わざるを得なかった。
偶然にも一緒に「デート」をすることになったものの、好きな人と一緒にいられることが嬉しくて楽しくて、嬉しそうに楽しそうにしているわかなを見るだけでも多幸感を覚えた。
次はもう少し静かで落ち着いた雰囲気の出し物を巡って、わかなとゆっくりしたひとときを楽しみたい。彼女の弟との漫才めいたやり取りをそっちのけでそんなことを考えていたら、何者かに肩を叩かれた。
「お兄ちゃん?」
兄だと決めつけて振り向いたら、見るからに御神本学園の生徒ではない、下品さが顔にあからさまに表れている三人のアロハシャツ姿の男がいた。