17. 偶然の出会い
「せっ、先生!?」
「ことりちゃん、君こそどうしてここに」
ことりの隣にいる男が眉根を寄せる。
「"ことりちゃん"だと? お前まさか男を作って」
ことりは男の弁慶の泣き所を蹴り上げた。
「あぎゃああああ!」
「違うよ! この人はうちの学校の科学部の外部顧問! 女性の人だよ!」
「おっ、女ァ!?」
「こらっ、失礼でしょ!」
二発目の蹴りが炸裂して、男は悶絶した。
この男は顔は似てないものの、ことりの兄らしい。彼は蹴られた両足の弁慶の泣き所をさすりながら、「すみませんでした」と謝った。
「良いんですよ、よく間違えられますから。ところでことりちゃん、どうしてここに?」
「兄が御神本学園のOBなんですよ」
驚きが冷めやらないのか、声が少し上ずっている感じがする。だが今度は兄が驚く番であった。
「ジョーじゃないか。久しぶりだな」
「おわー!?」
もう一人男がやってくると、ことりの兄は飛び上がって「ちゃーっす!」と、体育会系丸出しの挨拶をした。
「え? お兄ちゃんの知り合い?」
「知り合いも何も部活の先輩だ!」
ものすごく慌てふためいているようだが、先輩と呼ばれる人は全く恐ろしい人物には見えなかった。
「その子はもしかしてジョーの妹さん?」
「はい! 星花女子の中三っス!」
「へえ、星花女子か。じゃあ妹さんに聞くけど、同級生にアビノって子がいるよね?」
「あっ、はい! います!」
「その子は僕の妹なんだ」
兄妹揃って目を丸くする。
「先輩の妹さん、星花女子にいるんスか!?」
「あれ? 教えたはずだけどな。手紙で」
「う、読んだ覚えがないっス……せめてケータイで教えてくれたら、って先輩今どきケータイ持ってない超アナログ人間スもんね……」
「仕事で必要になったから持ってるよ。ほら」
「おお、ホントだ。じゃあ早速IDの交換を」
などとわかなを置いてきぼりにして盛り上がっているが、そのことにことりの兄がはっと気がついて「どうもすみません」と頭をかいた。
「ことり。先輩と話がしたいんでな。悪いけどここから別行動を取らせてくれ」
「え、うん……」
ことりは不安げにわかなの方を見てきた。
「お兄さん、ことりちゃんの面倒は見ておきますよ」
「お願いします! さあ先輩、行きますよ!」
「では、お先に」
男連中二人はわかなたちに頭を下げて、校門をくぐっていった。
「あの、永射先生……」
ことりは兄がいなくなった途端に、もじもじとした態度を見せはじめた。
「何だい?」
「先生こそ何でミカガクフェスタに?」
「弟がここの生徒なんだよ。用事がてら実家に帰ったら来ないかって誘われてね」
「弟さんがいるんですか。私も小学校六年生の弟がいて、来年ここを受ける予定なんです」
「そうなんだ。私の愚弟に気に入られたらきっと苦労すると思うから覚悟しなよ」
「ええー、どんな人なんですか……」
「校内で見かけたら紹介してあげよう。なぁに、取って食いやしないよ」
ことりはまたもやええー、と怯えを顔に出した。それがどうにも可愛らしく映った。保健委員でないときの彼女は可愛らしさが前面に出ている。
「よし、じゃあ私たちも行こうか、一緒に」
「……あっ、はいっ!」
二人は横並びになって校門をくぐった。
*
御神本学園は自由な校風を謳っているが、文化祭の出し物にもその面が現れている。その一例として高等部1-Bの教室では「うんちのしくみ」という展示があった。教室の前のドアには大きな口が描かれていて、わかなたちは物珍しさだけで入ってみたが、まず「口」という看板が目に飛び込んできた。周りはパーテーションで区切られていて、そこには人間の口の中の写真と説明文が書かれている。食べ物は咀嚼されて唾液でデンプンが消化され云々とあり、わかなはこの展示がどんなものなのか理解した。
「どうやらここはちょっとした博物館のようだな」
通路の先に進むと「食道」があり、さらに「胃」「肝臓」と、説明文を読み込みながらゆっくりと進んでいく。特に「肝臓」コーナーではスティーブン・セガールに「健康第一だぞ!」という吹き出しがつけられている映画ポスター風の絵があり、『沈黙の臓器』なるタイトルがつけられていた。
「はははっ、なるほど。沈黙シリーズとかけているわけか」
「ネタは全くわかりませんけど、かなり絵が上手いですね」
合成画像と見紛う程だが、よく見ると正真正銘の絵である。クラスの中に腕の良い美術部員がいるのかもしれない。
「肝臓」の先からは通路が狭いつづら折りになった。「小腸」に入ったことを視覚的にわからせるための造りである他なく。なかなか工夫されているなとわかなは感心した。
そして「大腸」を経て「直腸」に出ると、そこには便器をかたどったオブジェがあった。ご丁寧に「JOJO」というメーカーの文字まで入っている。先に見えるドアは当然、肛門ということだ。
ドアをくぐった途端、どこからともなくトイレの水洗音と「お疲れ様でございました」という間の抜けた声のナレーションが聞こえた。それがどうもわかなのツボを刺激したらしく、ケタケタと笑い声を立てた。
「いやあ、星花女子だとこんな汚い出し物はできないよなあ」
「先生ったら小学生みたい」
ことりは苦笑していたが、彼女は彼女でメモ帳にしっかりと説明文の内容を書き込んでいた。健康に関わる文もあったからである。
「お次の出し物もなかなか面白そうだぞ」
隣の1-Cでは「インテ=ルナ=キタムラの占いの館」という、ラブホテルにあるような妖しい光を放つ電飾に彩られた看板が教室ドアに飾られていた。
「……めちゃくちゃ入りにくいですね」
「こういうのが話のネタになるものさ」
ことりの返事を聞かず、ドアを開けて先に入った。
「ああ、ちょっと先生!」
止めようとしても時すでに遅し。そこは暗幕で包まれた闇の空間であったが、物陰に隠れていた生徒がドアを閉じた途端にけばけばしい色の照明がつき、高笑いとともに黒いローブを着こんだ仮面の人物が姿を現した。
「我輩がインテ=ルナ=キタムラである!! 我が占いの館によくぞ参られたァァ!!」
ことりは反射的にわかなの後ろに隠れた。
「ものすごい大層なお出迎えだねえ」
わかなは相手を高校生と見て敬語を使わなかったが、インテ=ルナ=キタムラは意に介さなかった。
「まずはかけられよ」
椅子に座るよう勧めてから、続けた。
「ふむゥ、美男子と美少女の映える組み合わせの二人であるな。差し支えなければ関係を教えて頂きたい」
顧問ではあるがことりは直接の教え子ではないし、かといって他人でもない。どう答えようかと一瞬迷ってから、
「年の離れた友達です」
そう告げた。無難な回答である。
「なァるほど。それでは我輩が汝らをまとめて将来を占ってしんぜよう。アレを持てィ!!」
黒子に扮した生徒たちが怪しい占い師の机の上(普通の学習机なのが滑稽に見える)に置いたのは、カプセルトイの販売機であった。綺麗とは言えない字で「御神託」と書かれたガムテープが貼られているのがチープ臭い。
インテ=ルナ=キタムラは両手を広げて高々と掲げると、「ムンッ!!」と重いものを持ち上げるときに発するような唸り声を立て、怪しげな呪文を唱え始めた。
「ヨノイタミガオガエノタナアハーヨギウコツセンケーヘイタツセンシントコトクスヤントコトハーヨギウコツセンケーヘイタンセマキヌハテモテイヌハギクッッ!!」
もう一度「ムンッ!!」と唸り、レバーを丁寧に回すとカプセルが出てきた。それを開封すると、何かのロボットアニメに出てくるロボットをかたどったと思われる、塩化ビニル製のフィギュアが現れた。
「ぬおおっ!? こっ、これは……」
インテ=ルナ=キタムラはフィギュアを大層に両手で抱え上げ、体をワナワナと震わせている。
「12時30分に中庭に向かうべし! 汝らの運命を変える出来事が待ち構えていよう!」
「いったい何です?」
「それは見てのお楽しみとしか答えられぬな!」
演技が大層だった割には満足のいく答えを得られず、ほんの少しがっかりしたが高校生の出し物レベルだとまあこんなものだろう、とわかなは自分に言い聞かせた。先程のミニ博物館の出来が非常に良かっただけに期待し過ぎていたのもあったのかもしれない。
二人は黒子たちに見送られて「占いの館」を出た。廊下の窓から中庭を覗くと、コの字状に食べ物の屋台が取り囲んでいて残り一面はステージになっており、その上で和服姿の生徒が三味線を演奏している。演目を紹介するめくり台には「三味線部演奏披露」と書かれている。
「三味線部か。ミカガクにはユニークな部活が多いと弟から聞いていたが、本当らしい」
「私の兄は探検部にいましたよ」
「探検部?」
「はい。廃墟や心霊スポットを訪れたり、無人島でサバイバルをやってたみたいです」
ことりの兄は軽薄そうな印象を受けたが、中身は胆力があるらしい。彼の先輩も優しげな感じだが、実はたくましいのかもしれない。
「しかし12時半に何があるんでしょうね?」
ことりの疑問に答えるものが、すぐそこにあった。通路端に置かれている、中庭ステージの演目一覧が書かれた立て看板を見つけたわかなは直ちに読み上げた。
「ミス・ミカガクコンテスト」
ミスターではなくミス。何が催されるのかは容易に察しがついた。




