媚薬
現実逃避をする為に酒をあおる奴の姿を見ていると楽しくて楽しくて、もっと溺れてしまえばいいのにと思ってしまう。
「人の事言えないじゃないか」
『酒はいいんだ、忘れれるから』
「私がしている事と何が違う?」
『……全然、違うだろう』
私は同じだと感じる。酒に依存するのも痛みに走るのも、どちらも人間の弱さから来ているからね。
『あそこまでする必要あったのか?』
遠い目で語る彼は昨日の事を少し前に起こった出来事のように振り返る。
「必要のある事しかしない」
『だがな……』
「依頼者から説教を受ける暇なんてないね」
『……』
人をつぶすのは肉体的崩壊か精神的抹殺かの二つによる。自分の手は汚さない主義だから、私は後者と言える。
思い出すとあの怯えた瞳が美しくて、微笑んでしまいそうになる。
『何、笑っているんだ』
「別に」
『……無茶な事はしないでくれ』
酒は心と脳を麻痺される媚薬のようなものなのかもしれない。そう思うと、私にたてつく彼の気持ちは明白だ。
好いているからこそ、岬を助けたいのだろう――
「私の知った事じゃないがな」
いつもなら睡眠薬を大量摂取して、快楽を感じようとするのだが、今日は彼にあてられたのかもしれない。
ウォッカを一気飲みすると、のどが焼けていく感覚があった。
この痛みも快楽の一つ、そう思いながら、岬の事を思い出した。
暗闇の中でかろうじて息をしている彼女を見つめると、溜息をもらしてしまう。なんと美しい光景なのだろうかと、もっともっと苦しむ顔を見せてはくれないかと、酔ってしまう。
『あああ』
「怖がる必要なんてない、君は自分の欲望のままに生きればいいんだ」
『つっ……』
「言葉の刃は恐ろしいだろう?人を惑わしながら、生き絶やす事も出来る薬と同じ」
『あたしは……』
「憧れの私から壊されるのは本望だろう?それとも死にたくないのかい?」
『……』
「君が望んでいる事を具現化しているだけだよ?怖がる必要はない」
私は壊れかけの彼女の右手を握ると、安心させていく。
「全て、私に身を預ければいい。何も考えられないようにしてあげるよ」
『や……』
「拒否権はない」
私は胸ポケットから一つの錠剤を取り出す。自分の唇がそれを捉えると、彼女の唇へと堕としていく。
夢は続く、君の自殺願望を粉々にする精神崩壊の快楽が待っているのだからね。