1人のオークの話
気がつくと自意識があった。
俺はオークだ。森でオークの群れの一員として暮らしていた。ここは何処だ? ここは大食堂の中だ。そこの1つの椅子に座っている。
ってあれ? なんでここが「大食堂」だって知っているんだ? 周りをよく見ると……ゴブリンがいた! コボルトやオーガも近くの椅子に座っている!
基本的に他種族の魔物とは縄張りを取り合うなどで仲は悪い。だから俺は距離を取ろうとするが、椅子から立ち上がる事が出来なかった。と言うか身動きが取れない。
よく見ると紐のような物で手足を椅子に縛られていた。そして左隣に座るコボルトも、右隣に座るオーガも手足を縛られていた。
その紐は全て一本に繋がっており、目で追うと1人の髪の青い人間の少女に繋がった。その少女の体の一部が紐になっているようだ。
そして隣にいた髪の黄色い少女が叫ぶ。
「お前ら! お前らはこの鉱山基地で帝国に貢献する民に選ばれた! 光栄に思え! 逆らう者には死だ!」
「「「「死だ!」」」」
いつの間にか居た沢山の小さい赤いスライムも叫ぶ。体の一部を刃物にしてここにいる魔物全員に突きつけながら。縛られながらその鋭い物を突きつけられて歯向かおうとする魔物はいなかった。
「よし、お前ら、これから朝食を摂れ! 今日は初日だから特別に配膳をしてやろう! 昼食からは魔物同士で分担しろ!」
そして小さい赤いスライムはあっという間に俺たちの前に食事を配った。これは……「焼き魚定食」だ。なぜか知っているその名前。
「では! 唱和せよぉ! ……帝国のために! …………もう2度とは言わないぞ? (赤いスライム達が全員に刃物を突きつけながら) 帝国のために!」
「「「「「帝国のために!」」」」」
皆、すぐに察して唱和した。これは殺されるかと思った。
「よし! では、食べてよし!」
「「「「食べてよし!」」」」」
手の紐が解けた。だが足の紐は解けていない。そして目の前には美味しそうな匂いを漂わせている焼き魚定食。魔物達が食べ始めるのはすぐで、そして食べ終わるのもあっという間だった。
食べ終わると、
「ようし、これから外に出ろ! ヴァイスクラウド様が演説なされる。静聴するように!」
足の紐が解かれる。
「早くしろ!」
「「「「しろ!」」」」
黄色い髪の少女が急かす。沢山の赤いスライムも。
俺たちはぞろぞろと食堂を出て、広場に集まった。
そこに居たのは空を飛んでいる銀色の甲冑を着た人間。どう考えてもタダ者ではない。
その人間は俺たちにここで協力して働け、不満であればここを去ってもいいなどと言うが、絶対に去ってはいけない奴だと俺の勘が言っている。
ここでずっと働く以外の道はないようだ。
その後、オレ達は簡素な組織運営マニュアルと1週間分の予定採掘量の指示をヴァイスクラウドから受けると、後は頑張れという感じで放り出された。
予定採掘量を達成出来なかったら、どうなるのだろうか。それを想像すると自然と体が動いた。他の皆も同様のようで、恐怖が彼らを支配し動かしていた。
オレ達はとりあえず作業分担をした。メインとなる採掘は力仕事であるため、一部の非力な者は事務などの裏方業務を担当し、残りの全員は採掘するという分担をした。
で、作業つなぎを着てヘルメットを被り胸にガス検知器を着けた魔物達は、ドリルと一輪車を持って採掘をした。なぜか採掘の仕方がわかった。
「一輪車通るぞ! 」
「気をつけて運べよ!」
「うーい!」
いつもはいがみ合うゴブリン、オーク、コボルト、オーガが協力して作業している様は何処と無く違和感があるがそんな事は言っていられない。
皆、必死になって採掘している。俺も採掘班の1人となり頑張った。そして昼時になると昼飯のための1時間の休憩をとった。なんでも休憩は組織運営マニュアルに書いてあるルールだそうだ。
その後、そのマニュアル通り計8時間の採掘をした。マニュアルによるとその8時間を超えた労働時間は「ザンギョウ」扱いになりしかも30日間の合計ザンギョウ時間が30時間を超えてはならないし、7日のうち2日は必ず休まなければならない。その休みの日に仕事をすればザンギョウ扱いになる。そしてこれらに違反すれば罰則があるらしい。
俺は不思議に思った。
予定の収量を採掘しなければいけないのに、なぜ時間が決められており、しかも2日も休まなければいけないのか。採掘量が足りなければザンギョウが増えて超過すれば罰せられるのに。
はっ! これはもしかして。
これがヴァイスクラウド様がする恐怖の統治なのだと察した。俺達を追い詰めるための時間制限なのだと。
だが、初日の採掘で、事務グループが採掘量を計算すると割と余裕のある数字が出た。あれ? このままいけば予定の収量まで届きそうだという空気が魔物達に流れるが、まだ安心できない。初日同様の量が採れるとは限らないから。
オレ達はとりあえずザンギョウ時間を増やしてはならないと、初日の作業を終えて、食堂で夕メシを食べる。明日の事を考えると心配になるが、メシは美味しい。
夕食を食べていると1人のリーダーシップのあるゴブリンが発言した。
「夕食後に皆で集まって打ち合わせをしよう。効率よく採掘するための相談を。そして安全に採掘する方法を。」
これは良い案だと思った。
今回、採掘で魔物の1人がガレキにつぶされそうになった事があった。結果、無事だったのだが組織運営マニュアルには仕事中の事故やケガを避けるようにと書かれていた。
これは「ロウサイ」と呼ばれるらしいが、マニュアルによると事故に対して防止不足と判断されれば罰則があるとのことだった。
また、事故を隠す事を「ロウサイ隠し」と言うらしいが、これにも重い罰則があるようだ。皆は初日に誰もケガをしなかった事にホッとした。だが、それも実は紙一重であった事にヒヤッとする。
皆、夕飯を食べたら、採掘に携わる人間は体育館に集まった。そしてさあ、相談しようとしたら……
「ピピーーーー!!」
そこには笛を持った髪の青い少女もといブルー様が居た。
「ブ、ブルー様。」
「……これは仕事の相談? ……正直に答えて。」
「……はい。……そうです。効率よく安全に採掘する方法を模索しようとしていました。」
リーダーシップのあるゴブリンが答える。
「……賢明な事。……だけど仕事の相談は就業時間内にするように。」
「……はい。」
なんて事だ。俺たちは監視されている。
これがヴァイスクラウド様のやり方か。
その後、ひょっこり現れたイエロー様にちょうどいいからと体育館でスポーツをさせられた。ドッジボールというスポーツだ。
「仕事の事はひとまず忘れろ!」
「「「「「はい!!!」」」」」
イエロー様の投げるボールは誰も捕れないし、誰もイエロー様には当てる事が出来なかった。とても疲れたがなんだかスッキリした。
その後ヘトヘトになったオレ達はその後全員で大浴場で風呂に入って寮に戻ると泥のように眠った。
次の日の朝飯後、オレ達は集まって効率的な採掘の仕方、安全な採掘の仕方について話し合ってから採掘する事にした。
多少議論になったが、皆、ヴァイスクラウド様のお言葉「問題は起こさず協力するように」を意識してか円満に話がまとまった。
その日の採掘は、初日と比べて実働時間は少ないものの収量は増えていた。今後も毎朝作業する前には打ち合わせをする事に決まった。
その日の夜もイエロー様からのドッジボールのお誘いがあり、そのお誘いを断る奴は居なかった。
ヘトヘトになったが楽しかった。
そして3日目。
その日の採掘も滞りなく進んだが、ちょっとした事件が起こった。順調だった事にあぐらをかいた1人のオーガが気の弱そうなゴブリンに自分の採掘分を押し付けようとしたのだ。
すると、
「ピピーーーー!!」
笛を吹いたのはレッド様だった。
「問題を起こさず協力。……出来てる〜?」
「……! はっ、はい! 協力してますです!」
レッド様に指摘されたオーガは怯えるように自分の仕事をちゃんとするようになった。こんな坑道の奥の採掘場所までレッド様が来るなんて。
オレ達は監視されているが……それはどちらかと言うと見守られているというのに近いようだ。
これがヴァイスクラウド様のやり方なのだろうか。
そして、採掘を続ける事4日目の収量測定で、なんと予定採掘量をクリアすることが出来た。5日以内でクリアしなければならないところ、1日余ったのだ。
オレ達の中で歓声が起こった。だけど余った1日はどうなるのだろうか? 聞くと「採れる分は採れ」とのお言葉。予定を上回った分は追加報酬になるらしい。
次の日ーー1週間の最終日だがーーオレ達は採掘を頑張った。その日の終わりもイエロー様のお誘いがあったが、いつもと行く場所が違った。
ここは……?
「頑張ったお前らに私からのおごりだ! たらふく飲め! 食え! 騒げ!」
この都市の施設は色々あるが、まだ解放されていない建物というものがある。俺達には体育館と大浴場しか解放されていなかったが今日を以って「大酒場」が解放されるようだ。報酬を使う事で利用できる施設のその大酒場をイエロー様の計らいで今日は使い放題らしい。
そこからはもう大騒ぎだった。
所々でケンカが起きたりするがイエロー様は「いいぞ! やれやれ!」と囃し立てたり酔っ払ったコボルドがイエロー様に模擬戦を申し込んで瞬殺されたりした。これまでの心配が嘘だったみたいに俺達は呑んで食べて朝まで騒いだ。
飲み過ぎた俺達は次の日、昼まで寝ていた。だ今日は「休日」。採掘をしなくても良い日なので、寝てても良いのだ。
その日は昼から起きてメシを食べると体育館で遊ぶ奴とまた大酒場で飲む奴と別れた。まだオレ達に解放されていない建物もあるがオレ達の働きによって順次使えるようになるそうだ。
なんだか……。
ここでずっと働く以外の道はないような気がする。