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34 誓い

 ウルスラの目の前には、防御の結界がある。

 差し出されたのは、苦みばかりが強くて甘みも香りも消し飛んでしまった紅茶だ。ガリアナが入れてくれた。彼女に茶葉の適正量というものを教えなくてはいけないなと思いながらウルスラはカップを傾ける。

 持参した椅子とテーブルを野外に置き、優雅なつもりになって戦闘を観戦していた。見ているウルスラは全く落ち着いた気分になれないが。


 魔の森の、どちらかといえば入り口に近い場所。魔力で編まれた檻が木々の間に隠されるように置いてあった。ここに、かつてタプファー学園一行を襲った巨牙熊が囚われていたのだという。

 今は証拠品として押収されているが、この檻が見つかった当初は、上部から興奮剤入りの獣の肉がいくつも吊り下げられており、逃げ出そうとしていたのか檻に体当たりの痕跡が残り、大量の巨牙熊の毛が落ちていたのだという。


 魔力で編まれた檻は特殊で、この場から撤去できなかったのでこのまま放置されているそうだ。風が吹き込むのか、檻の内部には枯れ葉が大量に堆積していた。

 ウルスラは、周囲の光を取り込んで虹色に光る檻から、視線を戦闘中の二人に向ける。

 ガリアナが張ってくれた防御結界越しに見る戦闘は、現実離れしていた。

 今もドンと轟音をたて、背の高い木ごと地面が一部、消失した。


 魔法陣展開がないせいで、ナハトに扮したレオナードの攻撃は全く読むことはできない。対してウルスラを助けに来た体のバルドリックは魔法陣が展開されているので、次の手が読める――と思いきや、高速展開されているので結局は次の手が読めない。

 それぞれが出現させた焔と氷がぶつかり合い、氷は一瞬で蒸発、あたりが霧に閉ざされる。かと思うと竜巻が起こってバキバキと木をなぎ倒しながら霧は吹き飛ばされる。こんなに魔力をバンバン使えるなら、未踏の地の開拓も簡単そうだな、とウルスラは苦い紅茶を舐める。


「ふたりとも、動きが人外なんだけど」

「マオウサマは人じゃないけどねー?」


 のんきに言いながら紅茶に口をつけたガリアナは、「苦っ、なにこれ」と自分が入れた紅茶に絶望した顔をしている。

 バリバリという音が聞こえたかと思うと、巨木に雷が落ちた。測撃雷が二人に襲い掛かる。手を振っただけで抑え込む。

 先ほどから火球も水刃も雷撃も縦横無尽に飛び交っている。風の刃を受けて、あたりの木はすでにボロボロだ。当然のようにゴーレムは出てくるし、重力でぺしゃんこになった岩もあるし、もはややりすぎである。


 属性って何だっけ。ウルスラは苦い紅茶をちびりちびりと飲みながら遠い目をした。それらの攻撃を防ぎきる防御魔法を使うガリアナも大概、おかしい。これだけ圧倒的な力があるのなら、もう直接国王を脅迫してもいいんじゃないだろうか。ウルスラが彼らにできることはないんじゃないだろうか。


「ここまで魔法特化の住人は、マオウサマ入れてもう五人しかいないだよね」


 ジャーっと紅茶を捨て、代わりに水をカップに入れながらガリアナは言う。


「で、あたしは四天王ってやつ!」


 ガリアナは胸を反らす。


「そこに殿下は?」

「国民じゃないから入ってないよ」


 そうなのか。だとすれば、バルドリックが魔国側についたのは大きな戦力になるわけだ。戦争を起こすわけではないが。


「ガリアナさんも強いんですか?」

「ガリアナでいいよ。あたしは防御担当。攻撃は一切使えない。他の三人は土木担当、魔道具担当、食料担当で、それぞれ複数属性の魔法を使えるには使えるんだけど、やっぱり攻撃は一切使えない」

「どういうこと?」

「攻撃に使うとなると、魔法が発動しなくなるんだなーこれが」

「呪い?」

「んにゃ、祝福。魔王様は、私たちがただ生き残ることを望み、復讐する機会を奪ったんだ。恨むよりも、許すことを覚えろって。幸せになるのが、最大の復讐だって」


 ガリアナは犬歯をむき出しにしてにっと笑う。


「でもときどき思う。マオウサマにだけ重荷を背負わせて、よかったのかなって。だから、マオウサマが二年前にオウジサマを連れてきたときはちょっと安心した。あたしたちには見えないものを、一緒に見てくれるんだろうなって」


 清々しいガリアナの微笑に、ウルスラも笑い返す。そんなウルスラに、ガリアナはしれっと言う。


「ま、あんな戦闘狂なところを見たら、男ってバカだなーと思うけど」


 戦闘狂。言いえて妙だ。

 確かに二人とも、笑いながらばんばん上級魔法を使っている。無邪気というか、子どもというか。

 ふつうはこれほどの魔力を使ったら、一週間はまともに動けない。

 化学反応を起こしてかなりの熱量をもった青い火球を、バルドリックが投げつける。虹色の檻にあたり、弾けた。ガリアナの結界同様、檻は先ほどからビクともしない。


「あれ……」


 ウルスラは持っていたカップを置き、立ち上がった。


「どったの?」


 ガリアナが不思議そうにウルスラを見上げる。

 虹の檻は、檻でありながら一種の結界。入るものを拒むことはないが、そこから出ようとするものを閉じ込める。それでは風が吹き込めば風が閉じ込められどんどん膨らんでいくのではないかと思うが、風は例外らしい。では、焔は?

 バルドリックが放った火球が、檻の中に積もった葉を燃やし始めていた。一部は檻の防御に弾かれ、一部は中に入りこめたらしい。青い焔は徐々に大きくなる。

 蛇の舌ようにちろちろとゆっくりと燃え広がる落ち葉の隙間から、白いものが見えた。

 ウルスラはよろめくようにして檻に駆け寄った。


「誰か消火を!」


 ウルスラは振り返って、いまだに魔法を打ち合う男たちに向かって声を張り上げた。

 そうしている間にも焔は、落ち葉の上を広がっていく。まるで覆い隠していたものを見せつけるように。白い靴を履いた足が見えた。泥だけではなく、緑色もこびりついているということは、草の中を歩いたということか。例えば、魔の森の中とか。

 ウルスラの様子がおかしいことに気づいたバルドリックとレオナードが戦闘を中断して檻の前までやってくる。


 すでに下半身があらわになっていた。白いスカートは足と同様に泥と草のつゆで汚れていた。スカートにも焔は燃え移り始める。バルドリックが水球を檻の中に放り込んだ。途端に檻の中が水に満たされる。

焔は消え、水槽のようになった檻の中で、燃え残りの枯れ葉がゆらゆらと揺らめく。

 だが、だれ一人として枯れ葉は見ていなかった。水底に横たわる一人の令嬢へと視線が集中する。乱れた銀髪が海藻のように揺れていた。


「アダリーシアさま?」


 そこには、胸元奥深くまでレイピアに貫かれたアダリーシアが横たわっていた。浮いてこないのは、レイピアが地面にアダリーシアを縫い留めているからだ。


「み、水を抜いて」


 震える声でウルスラは訴えかける。


「鍵がないとこの檻は開けられない。それにもう」


 死んでいるよ、とバルドリックは小さくこぼす。

 それでも目覚めが悪いから、とバルドリックは檻の隙間から焔を投げ込み、水を蒸発させる。湿った落ち葉が、バサバサとアダリーシアの体の上に落ちた。


「これは明らかに、誰かが殺したんだろうな」


 この檻の中に放り込み、わざわざアダリーシアの得物を使い殺し、丁寧に枯れ葉をかけて隠したのだ。魔獣の仕業のわけがない。


「シュティルベルトの裏に誰かがいたってことだな」

「誰かって」

「ネズミの獣人を渡したのは? あの地下空間を教えたのは? シュティルベルト親子が最初から知っていたとは思えない。知っていれば、もっと利用する。そういうやつらだ」

「可能性が高いのは秘密警察ですが、シュティルベルト嬢に力を貸すはずがありませんね。彼らが、聖女を危険な目にあわすわけがないですから」


 現時点で言えるのは、アダリーシアの背後に誰かがいて、ウルスラの誘拐に失敗したから始末しただろうということだ。

 バルドリックは眉間にしわを寄せて考え込む。


「今一番怪しいのは、俺だな」

「え?」


 ウルスラは弾かれるように顔を上げた。


「世間では、俺がシュティルベルトを疎んじていることは有名だ。しかもここ最近入れ込んでいる女性をシュティルベルトが誘拐した。怒り心頭でシュティルベルトを殺すこともあり得るだろう」

「殿下はもっと冷静な方ですよ」


 ウルスラは確信を持っている。少なくとも、我を忘れて人を殺すようなことはない。バルドリックはウルスラを見てほほ笑んだ。


「俺がいずれ魔王として覚醒することを知っている人間はそうは思わない。魔王の本質は悪だ」


 そして、バルドリックが身の証を立てなくてはいけないのは、そういった連中だ。


「とりあえず、罪はナハトにかぶってもらいましょうか」


 こめかみをかきながら、レオナードは言った。


「でも、それだとナハトのイメージが」


 今まで、人殺しだけはしてこなかった。鮮やかな盗みの手口が、一部市民の人気を得ていた。それが人殺しのレッテルを張られると、一気に嫌悪(ヘイト)を集めるだろう。


「残りの目的は死者の書だけですからね。構いません。偽りの存在(ナハト)の名誉ではなく、住人の未来を守ることが最優先ですから」

「ナハトを追ってここまで来て、君を取り戻すとともにシュティルベルトの遺体を発見。これで俺の行動は不自然ではない。シュティルベルトとは仲間割れをしたんじゃないかという見解を述べれば」

「まあ妥当なところですね。あと、万が一秘密警察が絡んでいるのだとすれば、彼女の存在は……」


 何か言いたそうにレオナードはウルスラを見る。


「足手まといですか?」

「いえ。ただ気がかりなだけなんですよ。あの時のあの男の動きが」

「オーディーさんですか?」


 確かに、一瞬ウルスラもオーディーの態度に違和感を覚えた。無意識に左耳に触れる。なぜ、あの時オーディーはピアスを外したのだろう。あの時点で片方を失ったピアスは、通信機としての役割をはたしていなかったのに。


「少なくとも、あの場所を何度も訪れたことがあるのは確かです。シュティルベルト嬢が転移魔法で逃げ出した時のことを覚えていますか? 魔法が暴走しかけました」

「覚えてます」


 危うく壁に激突するところだったのだ。


「強い魔法は、暴走するんですよ、あの場所では。実際僕も暴走させながらのあの場への転移でしたし、殿下に至っては暴走が怖くて直接飛びませんでした。では、彼は?」


 言われて、ウルスラは記憶をたどる。顔に傷つけられるかと思った矢先、光の柱が出現してオーディーが現れた。暴走はしていない。そして、アダリーシアは現れたのがオーディーだと、見もしないで気づいた。


「じゃあ、アダリーシアさまのバックにいたのは、彼?」

「厄介だな」

「厄介ですね」


 バルドリックとレオナードは同時にため息をつく。


「ただ、秘密警察がらみなのか個人的な理由からかはわからない。どちらにしろ、最初からシュティルベルトを殺す気だったのか」


 バルドリックにそう言われ、ウルスラはぞっとする。


「オーディーさん、そんな人には見えませんよ」

「心の奥に何を抱えているのか見た目ではわからないからな。単純に、卒業後の地盤固めかもしれないし」

「地盤固め」

「俺に付き合う形で、あいつは同い年の他の連中より二年遅れで行動している。他よりも遅れていることはもどかしいだろう。その差を埋めるために、正式所属ではなくても今から小間使いのようなことをやらされる。そういうこと色々含めて」


 本来なら正規の秘密警察がやらねばならない「ナハト禁書庫侵入未遂」の件も、オーディーが処理に入ったという。


「でもなんで私?」

「それはもちろん、聖女だから」

「聖女じゃありませんよ。前世では魔王ですし」

「前世は関係ない。言っただろう、聖女の素質は純粋に治癒魔法に()ると。シュティルベルトの件が片付いてから言おうと思っていたが、預言者が正式に認めたんだ。君が、三百年ぶりに魔王を殺す聖女になるだろう、と」


 ウルスラは目を見開いた。今、バルドリックは何と言った? 聖女(ウルスラ)魔王(バルドリック)を殺すだと?


「いやです」


 ウルスラは首を左右に振った。


「いやです。そんなの認められません。私、さっき言いましたよね? バルデマーは魔王にならなかった。殿下もきっと魔王にはなりません」


 だから、殺さない。


「預言者の言葉は外れたことはない」

「預言者なんて知りません。私は殿下を殺しません」


「ウルスラ」


 名前を呼ばれて、鼓動が跳ね上がる。バルドリックのまなざしは真剣だった。拒絶できない。


「呪いは発動する。その時、我を忘れて多くの命を刈るようにはなりたくない。俺がなりたいのは前世の君のような魔王だ。だから、君の手で俺を殺すんだ」


 レオナードが言った、バルドリックを救えということはこのことか。

 なんて残酷なことをこの人は言うのだろう。ウルスラは眉間にしわを寄せ、唇をかみしめる。握った拳が震えた。

 これは因果応報か。前世で、この人にウルスラを殺させてしまったから。わかっているどれほど自分がひどいことをしたのか。


「…………ます」


 ウルスラは唇の隙間から、かろうじて声をこぼす。「え?」とバルドリックは聞き返した。


「呪いを解く方法を必ず見つけます。私はあなたを殺したくはないから!」


 王家にかけられた呪いも、アーベントイアーの人たちを幸せにすることも、あきらめたりはしない。

 ウルスラは固く誓った。


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