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24 挑発

 ウルスラは、剣が白く輝くのを見ていた。

 夢の中とはいえ、彼に殺されるのは、これで何度目だろう。

 たぶん、毎晩殺されている。記憶を取り戻すよりもずっと前から。記憶を取り戻した後もずっと。

 白く輝く剣がウルスラの胸に突き立てられる。ウルスラの魔力が大気へと溶け出していく。

 不思議と痛みはなかった。夢だから痛みを再現していないのか、あの時本当に痛くなかったのか、それは分からない。

 ただそれよりも、いつも気になっていることがあった。

 なぜ勇者は、いつもそんなにも泣きそうな顔をしているのか。

 なぜ前世の自分(ウルスラ)は、満足そうな笑みを頬に浮かべているのか。


「哀れな勇者。今はあなたに勝ちを譲りましょう」


 けれどウルスラは負けただなんてまったく思っていなかった。最悪の事態が起き、最低の準備しかできなかったにしては、最高の幕引きだと思った。あれほど恐れていた魔の森が、皮肉なことに、今度は最良の砦となってくれる。欲を言えば、もっと多くの命を助けたかったけれど。

 役目を終えたウルスラは目を閉じた。倒れる体を勇者の手が支える。涙でにじんだ声がウルスラの耳朶を打った。


「来世こそ、必ず……」


 ウルスラは、いつもその先を聞くことができない。





 目覚まし時計にたたき起こされたウルスラは、けだるい思いで体を起こした。

 今日もまた、いつもの夢を見た。夢の内容はいつもと変わらないが、その時によって鮮明でもあれば曖昧な時もある。完全に魔王と一体化しているときもあれば、今日のように俯瞰からの一体化の場合もある。


魔王(わたし)は望んで死んだ?」


 どうも、今日の夢ではそんな感じがした。

 実を言えば、夢の中の魔王が勇者に対して嫌悪感を抱いている様子が、最近見受けられない。

 殺されすぎて、自己防衛が働いてきているのかもしれない、と思ってはいる。そのことにウルスラは危機を覚えていた。前世での記憶が、今のウルスラの経験によって上書きされている。


「そもそも人間側から見れば、勇者は魔王を倒したんだから、勇者なんだよね」


 人間視点から考えると、何一つ悪いところはない。悪い印象を持っているのは、ウルスラだけだ。

 どう考えても、勇者の生まれ変わりであるバルドリックは悪い奴じゃなくて、それどころか誠実な人だ。


「いや、誠実な人がか弱い女性を囮なんかにしない」


 ウルスラはすぐに首を振る。王族なんだから、嫌いな相手だったとしても受け入れて結婚しろよ、と無責任なことを思う。同時に、成人とともに魔の森に赴かなければいけない身であれば、自由を謳歌してもいいのではないかという気もする。


「さて今日もアダリーシアさまを怒らせてきますか」


 ウルスラは大きく伸びをし、気合を入れた。





 朝食を済ませ、身支度を終えるとウルスラは寮を出た。

 紳士のたしなみ、とでもいうように完璧な状態でバルドリックがウルスラを待っている。相変わらず、他の生徒が目の保養に遠巻きで彼を見に来ていた。

 ウルスラは気合を入れてバルドリックに近づいた。笑顔、笑顔と口の中でつぶやき、唇を弧に描く。


「おはようございます」

「おはよう」


 ウルスラが声をかけると、バルドリックは微笑を浮かべながら挨拶を返した。ウルスラの張り付けた笑みよりもずっと自然だ。


「俺が作った髪飾りを使ってくれればいいのに」


 今日のウルスラは、イムルとハンナが共同で作った歯車のバレッタで髪をまとめている。


「学園につけていくには、ちょっと派手なんですよ、あれ」

「貴重な意見をありがとう。次に作るときは制服に合わせたデザインを考えてみよう」


 ウルスラの言葉に微笑を返し、バルドリックは手を差し出した。ウルスラはそっと手を乗せる。バルドリックの手は、しっとりとしている。まるで、手に汗でもかいたかのようだ。

 昨日と同じように指を絡めて、歩き出す。

 ウルスラはこっそりバルドリックの顔をうかがったが、表情は平然としていた。緊張しているのかと思ったが、違ったようだ。


「あの、殿下?」

「なに?」

「週末、行きたいところがあるんですが」


 まさかウルスラがそんなことを言い出すとは思っていたかったのだろう。驚いた顔でウルスラを見た。


「それは一緒にということか?」

「はい。そうです。一緒に」


 バルドリックの目が宙をさまよった。しばらく無言のまま、歩き続ける。やがて、バルドリックはポツリとこぼした。


「どこに?」

「国立美術館に。以前話していましたよね? 『逢魔の七日間・最後の日』の絵を見たいんです」


 目的は二つある。

 他者から見た勇者と魔王の印象を知りたかったのと、わずかな希望にすがって、ナハトが知ろうとしている三百年前の何かの片鱗を知ることができないかという期待だ。

 ナハトは『逢魔の七日間』の絵の七部作のうち、六作を盗んだことがある。そのうち五作はバルドリックによって死守されており、『最後の日』だけはまだ手をだしていない。二度盗まれた剣とは違い、絵画には二度目がないようだが、かといって興味がないとは限らない。見ておいて損はないと思ったのだ。


 おそらく、ナハトはウルスラを試している。こちらが答えを突きつけない限り、『死者の書』を手に入れた後どうするのかを教えてはくれない。なんてめんどくさい奴だ。まあ、王家を失墜させる何かを探ろうとしているのだから、過敏になってもおかしくはないか。

 バルドリックを誘ったのは、単純に歴史に造詣が深いからだ。


「そうだな。行ってみるのもいいかもしれない」


 ウルスラの手を握るバルドリックの手に、力が込められた。

 何があったのかとバルドリックの視線を追うと、アダリーシアが取り巻きとともに貴族寮から出てくるところだった。


 配置的に、校舎入り口には一般寮よりも貴族寮の方が近い。が、わざわざ貴族寮の玄関前を通らずとも校舎に行く道はある。敢えて貴族寮の前を通ったのは、もちろんアダリーシアを挑発するためだ。

 ウルスラは、目が合ったアダリーシアに向けて勝ち誇った笑みを向けた。アダリーシアの頬がヒクリとひきつる。


「でんか」


 見せつけるように、ウルスラはわざと甘える声を出した。言っていて、ウルスラ自身の腕に鳥肌が立つ。

 バルドリックはぴたりと足を止めて、丸くした目をウルスラに向けた。突然やる気を出したウルスラに驚いているのか。

 やると決めたからには、とっとと終わらせたいから。それがウルスラの本音だ。

 ()()()()首をかしげ、ウルスラは上目遣いでバルドリックを見る。手をつないでいるのと反対の手は、半そでをクイッと引っ張る。長そでではないので、やや不自然だがこの際仕方ない。男から見ればどう感じるかはわからないが、女性から見れば確実に苛立つ仕草だ。


「ぜったい約束ですよぉ。次のおやすみ、美術館に連れて行ってくださいねぇ」


 ウルスラが知る限りの猫なで声を披露した。バルドリックの唇が、笑いをこらえるようにゆがんだ。


「あ、ああ。約束する」


 声は震えていた。ここにアダリーシアがいなければ、爆笑ものだっただろう。


「わあ、ウルスラ嬉しい!」


 しらじらしさこの上なかったが、ウルスラは大げさに喜んでバルドリックに抱き着く。飛び跳ねながら抱き着いたウルスラの体を、バルドリックはしっかりと抱きとめた。

 ウルスラの位置からはアダリーシアの表情は見えないが、殺気はひしひしと伝わってきた。バキッと何かが折れる音が聞こえて、数人の足跡が荒々しく去っていく。

 他にちらほらいた貴族クラスの生徒も、かかわりあいたくないというように足早に校舎に向かった。

 表情を無にしたままバルドリックの胸に顔をうずめていたウルスラは、いくつもあった気配が去ってから彼から離れた。


「なかなか大胆なことをするね」


 バルドリックは肩を揺らしながらウルスラを見降ろした。笑い転げるかと思えば、意外と上品な笑い方だった。

 ウルスラは肩をすくめた。


「こうしておけば、今週は平和かな、と思いまして」

「というと?」

「あのプライドの高い人なら、お出かけを阻止するのではなく、お出かけ中の幸せの絶頂期に嫌がらせをしてくるんじゃないかと」


 しかも不特定多数の人間がいる場所ほど襲いやすいところはない。アダリーシアも計画を立てやすいだろう。というか、今は学園内の監視が厳しすぎて、アダリーシアはウルスラに何もできない状態だ。かなりのストレスが溜まっている。それを爆発させるコントロールをしようというわけだ。


「おおむね正解だ。よくわかっている。なるほど、そのための美術館か」


 それはぜひ行かなくてはな、バルドリックは深い笑みを浮かべた。


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