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23 久しぶり

 放課後、寮の自室に戻ったウルスラは、倒れ込むようにベッドに転がり、そのまま目を閉じた。なんだか体が熱っぽく、重い。夕食は食べられそうにないので、無しにしてくれと寮母には伝えている。

 もう少し落ち着いたら、お風呂に行こう。宿題は明日の朝、早く起きてやればいいか。

 そんなことをうつらうつらと考えているうちに意識は黒い波に飲み込まれる。


 覚醒と睡眠のはざまで夢を見た。

 漆黒の勇者が白い花畑に立っている。似合わない、ウルスラは率直な感想を抱く。

 君には似合うよ。勇者はウルスラに向けて言った。手には白い花を持ち、その手をウルスラの頭に近づけて――


 どれくらい寝ていたのか、ウルスラはコツコツと窓ガラスをたたく音で目が覚めた。寝ぼけ眼で、身を起こす。帰ってきてすぐにベッドに寝転んだので、制服のままだった。

 ぼんやりとした顔をベランダに向けると、ナハトが立っていた。一気に頭が覚醒する。ウルスラが立ち上がってベランダに駆け寄ろうとした。

 足元がふらついて転びそうになる。それをナハトがやさしく抱きとめた。今日は呪いなど、かかってはいない。ただのドジで転んだだけだ。


「大丈夫か?」

「はい、平気です」


 ナハトにがっしりと支えられ、ウルスラの体温は一気に上昇する。先ほどまですごくぐったりしていたのに、疲れが一気に吹き飛んだ。


「協力しないと言ったから、もう来ないのかと思っていました」


 ウルスラはナハトの顔を見上げながら言った。ナハトの紫の目が、やさしくウルスラを見降ろしている。


「すまない、この一週間は別件で忙しかった」

「会いに来てくれたからそれでいいんです」

「他に好きな人がいると言ったのに?」


 ナハトに言われて、そういう設定にしていたのだと思い出す。

 ウルスラは慌ててナハトから離れようとした。だが、ナハトはウルスラの手を捕らえ、至近距離で見つめる。紫の目が、ウルスラの目を射抜いた。

 ウルスラの息が止まりそうになる。脈拍が早くなり、顔が火照った。ウルスラは初め、体をこわばらせていたが、やがて肩の力を抜く。ウルスラの抵抗を感じなくなったからだろう。ナハトはそっと手を離した。

 その手でそっとウルスラの頬に触れる。手袋越しにぬくもりが伝わってきた。


「疲れた顔をしている」

「この一週間でいろいろとありましたから。特に昨日から今日にかけて」

「すまない」

「なぜナハトが謝るんです? 原因はアダリーシアさまにあるのに。それとも、バルドリック殿下かな」


 ウルスラはくすりと笑う。先ほどまでは笑う気力もなかったというのに、今は心が穏やかだ。現金なものだと、自分でも思う。


「そうだな。ただ、こんなに疲弊する前に会いに来ていたら、少しは元気づけられたかと」


 そういってナハトは魔法を展開した。魔法陣のない魔法はすぐに発動され、柔らかで優しい風が吹いた。重たかった体が軽くなり、熱っぽかった症状が改善される。


「ありがとうございます」

「うん。少しは顔色がよくなった。でも無理は禁物だな」


 そういってナハトは、ウルスラを椅子に座らせ、自分はそのまま立つ。


「夕食は?」

「食べてません。気力がなくて」

「今からでも食べるというなら、外に連れ出すが」


 ナハトの申し出に、ウルスラはうーんと考える。ナハトの顔を見て安心したのか、あるいは魔法のおかげで体調が改善されたのか、お腹は空いてきている気がする。


「時間も遅いから、やめておきます」


 それよりも、ナハトに確認したいことがあった。


「ねえナハト。秘密警察から命を狙われるほどのあなたが盗み出したい遺物ってなんですか?」


 核心に迫る質問に、ナハトは笑みを浮かべる。驚いた様子はないから、ウルスラが調べていたことを知っていたのだろう。


「今は、その話はやめておこう。それよりもまずは君の安全をどう確保するか考えよう」

「安全はバルドリック殿下が確保してくれています。お願いだから、話をそらさないでください」

「私の問題ごとまで、処理できる余裕はないだろう。こちらはまだ時間があるから、まずは自分のことを考えるんだ」

「確かに私は攻撃魔法も使えませんし、体術も使えません」


 自衛の魔法も攻撃の魔法も使えないのはもどかしい。前世のウルスラは、どの魔法もトップクラスだった。剣術さえも、勇者に引けを取らなかった。力を何もかも失い、残されたのは治癒魔法だけだ。役に立たないとは言わないが、誰かに頼らなくては生きていけない。


「ですが私が恐れているのは、アダリーシアさまではありません」


 いったん言葉を切り、ウルスラはナハトの顔を見上げる。


「『死者の書』」


 ウルスラは、唇にその単語を乗せた。

 ナハトの表情がこわばる。

『死者の書』は秘密警察が管理している禁書庫にある書だ。ウルスラも噂でしか聞いたことがない。


 スティード王国の歴史は魔王と呼ばれる存在をなしには語れない。スティード王国の開祖は魔王を打倒すことによって国を作っている。およそ千三百年前、初代国王は災厄の魔王を討ち滅ぼし、世界を滅亡の危機から救った。


 それから千年の間、平和な時代を過ごし、やがて魔王復活の時代が来る。つまり、それが紅の魔王――ウルスラの前世である。

 一夜にして街を一つ滅ぼした魔王はやがて勇者に殺されるが、この時一冊の書を残しているという。『死者の書』と呼ばれる書は、呪いの書で、魔王復活の呪文が書かれているのだとか。当然そんなものはウルスラの記憶にない。

 まあまず間違いなく眉唾物だろうとウルスラは思うのだが、収められているのが禁書庫だと聞いて、全部が全部嘘ではないのかもしれない、と思い始めてはいる。


 禁書庫はその名の通り禁書が収められている書庫だ。それもただの禁書ではない。本来なら燃やされるべき禁書だが、魔法が幾重にもかけられていて処分できない禁書を収める場所が禁書庫なのだ。

 禁書庫の守りに置かれているのが、妖虎だということも確認済みだ。情報通のアネッサには感謝しなくてはならない。まあ、次にナハトが狙うのはきっと『死者の書』か国立美術館の『逢魔の七日間・最期の日』だろうと教えてくれたのもアネッサなのだが。

 ナハトは大きくため息をついた。


「つまり君は、現実逃避をしていたわけだ」

「現実逃避はしていませんよ。友人に調べてもらった結果、アダリーシアさまの不興を買って死んだ方はいません。せいぜい地方へ左遷か、全治数か月の怪我で済んでいます。死なないなら、私にとっては問題ないので」


 もっとも、魔法で防御しての全治数か月だろうから、防御の魔法を使えないウルスラはうっかり死んでしまう恐れもあるのだが。


「私には、どちらも同じくらい重要なことです。だから調べただけです」


 調べたのは、主にアネッサだが。もちろんウルスラの前世が魔王だということは隠してある。

『死者の書』に関して言えば、ウルスラ自身も関わることだったから見過ごせなかった。ウルスラがバルドリックに守ってもらうにあたり、不安な材料は一つでも取り除いておきたかった。いつ、バルドリックも記憶を取り戻して、ウルスラが元魔王だと気づくかもわからない。その時、彼がとる行動を読むことができない。

 正直言って、いやがらせの相手を殺す事のないアダリーシアは危険視していない。ウルスラにとって問題なのは、やはりバルドリックだった。


「『死者の書』って何なんですか? 本当に魔王を復活させるものなんですか?」


 盗み出そうとしているナハトなら、どういった書物なのか把握しているだろう。

 そしてもし魔王を復活させる書だというのなら、ウルスラはどうしてここにいるのだろう。ただの、ごく平凡な村娘だ。十五になるまで王都に来たことなどない。『死者の書』と出会ったとこもない。それなのに、魔王としての記憶を持っている。

 ナハトは眉間にしわを寄せた。諦めて、素直に告げる。


「たいそうな名前だが、ただの歴史書だ。ただ、王家にとっては権威を失墜させかねないほど致命的なことが書かれている。幾重にも魔法がかけられていて、燃やせないから、禁書庫に収められているだけの、正しい意味での禁書だ」

「魔王の復活は?」


 拍子抜けした顔で、ウルスラはナハトを見る。ナハトは肩をすくめた。


「そう脅しておけば、たいていの人間は興味を持たない。持ったとしても、魔王復活させようなんて危険思想、つぶしやすい」

「ナハトはそれを手に入れてどうするつもりだったんですか?」

「それは……」

「それは?」

「もう日付が変わる時刻だな。君も今日は疲れているだろうから眠るがいい」

「言いかけて、やめるなんて!」


 ウルスラはナハトを睨みつける。彼はしてやったりという笑みを浮かべた。


「途中でやめておけば、君はまた会いたいと思ってくれるだろう? それにこちらも表の顔があって、時間制限もあるんだ。理解してくれ。今日ここに来たのは、君の様子を見に来ただけだ。思ったよりも元気そうでよかったよ」


 ナハトはそういってウルスラのこめかみに口づけを落とした。

 とたんにウルスラの顔は真っ赤になる。何か抗議する前に、突風が起きる。

 ナハトの姿は、消えていた。


情報提示とか、ここで出さないとナハトがしばらく出てこないな、とか、試行錯誤の回でした。

今後、改稿する確率が一番高い回でもあります。でも思ったよりは書けたつもり。

改稿しましたら、ちゃんとお知らせします。

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