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22 夏服開始

 翌朝、寮の前で待っていたのはバルドリックだった。

 今日から夏服で、ブレザーはなくなり半そでのシャツに薄手のスラックスに変わっている。スラックスにはラインが入っていないので、シャツのラインで学年を判断するしかない。

 バルドリックは白いシャツを見事に着こなしていた。タイは緩めることなく、きっちりと締められている。朝日が彼の上できらきらと反射して、この上ないこと似合っていた。


 誰が見ても、彼をかっこいいと思うだろう。ウルスラも例外ではない。でもなぜか、口元がひきつった。

 ウルスラは迷惑そうにバルドリックを見る。いつから待っているのか、ギャラリーがバルドリックを遠目に見ている。昨日の話があったせいか、一般クラスの生徒たちは目をウルウルとさせてバルドリックとウルスラに温かい眼差しを注いでいた。

 貴族寮と一般寮は入り口が違うというのに、貴族クラスの生徒の姿さえあった。こちらは昨日のことなど知らないので、単純に目の保養に来ただけだろう。


「おはよう。夏服、似合っているよ」


 ウルスラと目が合うと、バルドリックは()()()()()()()を浮かべた。ぞわりと悪寒が奔る。腕に鳥肌が立った。

 ウルスラは紺のブラウスに赤いリボンタイ、夏仕様の生地を使った白いプリーツスカートだ。貴族クラスの人間から見れば、珍しい印象を受けるかもしれない。

 口元の笑みはそのままで、ウルスラに近づきながら、バルドリックは耳打ちする。


「笑いかけて鳥肌を立てられるのは、さすがに傷つく」


 バルドリックは視線だけでウルスラの腕をさした。鳥肌は生理現象なのだから仕方ない。

 はたから見れば恋人が甘くささやいているように見えるのだろう。生徒の間から興奮した悲鳴が上がる。


「やりすぎじゃありません?」


 というかこの人、普通に表情変えられたんだ、とウルスラは内心で驚く。普段から愛想を振りまくなんてことをしないから、表情筋が死んでいるのだと思った。


「やりすぎなくらいでいい。問題行動を起こしてもらわないと困るんだ」


 他人から見れば甘い、だがウルスラから見ればなぜか恐怖でしかない笑顔のまま、バルドリックはウルスラの指に手を絡めてきた。いわゆる恋人つなぎで手をつなぐ。ウルスラが持っていたカバンはいつの間にか取り上げられ、バルドリックが持ってくれている。


「昨日、オーディーさんにこういうのはセクハラだと言われませんでしたっけ?」


 ウルスラはバルドリックの顔を引き寄せ、耳元にささやいた。


「いいね。まるで恋人同士の秘密の会話のようだ」


 口元には微笑を。だが目笑わずに、バルドリックはウルスラを見る。


「こんな感じで、周りにガンガン見せつける。昼食もいっしょに取る。昼になったら中庭に来てくれ」


 どうせウルスラには拒否権がない。仕方なく頷いた。





 教室についたウルスラが生徒証を機械にかざすのと、高慢な雰囲気があたりを満たすのはほぼ同時だった。

 がらりと扉が開いてアダリーシアが姿を見せる。白い半そでのシャツに濃紺のスカートは、ブレザーの時よりも似合ってはいなかった。制服が妙に浮いているのは、アダリーシアが本質から貴族だからなのだろう。


「警告は何度も致しましたわ」


 ぱちんぱちん、と扇子を開いたり閉じたりしながらアダリーシアはウルスラを睨みつける。いら立ちを隠そうともしない。クラスメイトの数人が、いつでも応戦できるように椅子から立ち上がった。ハンナの手には魔道具が握られており、ナナがすぐに教室を飛び出して教師を呼びに行った。

 辟易しながら、ウルスラはアダリーシアを見る。登下校ではなく、こういう時こそ守ってもらいたいのだが。


「殿下は私を守ってくれているだけです。最近私の周りで不審なことが続いているので」

「護衛なら、オーディーで十分でしょう。昨日まではそうでしたわ」

「そのオーディーで対応できないと殿下が判断したのでは? 明らかに私を殺そうという意思の感じられる呪いもあったようなので」

「庶民で、しかも治癒魔法以外に能のないあなたが殿下に付きまとうから、屋上から落とされるようなことがあるんでしょう」

「屋上から落とされる、なんて私は言ってませんけどね。なぜ、呪いの内容を知っていらっしゃるのです?」


 ウルスラの指摘に、アダリーシアの顔が朱に染まった。

 持っていた扇子を勢いよく振り上げる。そのまま振り下ろそうとした時、教師が駆けつけた。


「何をしているアダリーシア・アイン・シュティルベルト。もうすぐホームルームの時間だぞ」

「この程度のことで済まされると思わないことね!」


 強く言い放ち、アダリーシアは教室を去った。


「あ。ひょっとして、今ので怪我を負ったらよかったんじゃない?」


 そう思ったが、今更だった。




 授業間の休みにアダリーシアは一般クラスを訪れることなく、ウルスラは無事昼休みを迎えた。

 半日、ずっと緊張していたが、これからの時間がさらに緊張する。ハンナには事情を話して、ついてきてもらうことにした。

 中庭には、木製のピクニックテーブルと椅子が用意されていた。つい先日まではこのようなものは設置されていなかった。バルドリックの魔法なのか、あるいは有無を言わさず設置させたのか。


「お待たせしました。マナーの授業でしたので、遅れました」

「構わない。俺との時間も大切だが、授業も大切だからな」


 バルドリックは、一緒に来たハンナを見ても特に何も言わなかった。

 ウルスラとハンナが席に着くのを見届けると、給仕が三人の前に料理を並べていく。先ほどまで喧嘩腰だったハンナの顔が一転した。

 そういえばこの子、おいしい物好きだったわ、とウルスラは思い出す。

 料理に非はないということで、ウルスラはしっかりとその味を堪能した。だが、明日以降はいらない旨を伝える。ハンナが残念そうな顔でウルスラを見た。


「だって、舌が贅沢に慣れたら、普段の食事が取れなくなる」


 ただでさえ最近、高級な料理を食べることが多いのだ。元に戻れなくなると困る。


「ではウルスラが手作り料理を作ってきてくれ」

「自分の分だけなら作ります」

「俺の分も作るのが、恋人としてのだいご味だ」

「あ、ちなみに口止めされなかったので、ハンナには事情を話しております」


 ウルスラはサクッと爆弾を投下する。常識的に考えれば、だれにも話さないという選択をするのが正しい。


「それで君の気が済むのなら」


 返ってきた答えは、思ったよりも穏やかだった。


「では隠したところで意味はないな。さっそくシュティルベルトの接触があったと聞いたが」

「よくご存じですね。今日の放課後にも刺客が放たれそうで戦々恐々としているのですが」

「早々に決着が付いたほうが楽では?」

「あの脅迫だけで何とかできません? 確か脅迫罪ってありましたよね?」

「貴族間ではあれくらいのやり取りが普通だと返されるのが想像に容易いな。貴族法というのがあって、そのあたりは特殊なんだ。そして残念なことに、タプファー学園の中はなぜか貴族法が通されることになっている。改善されるべきところだが、そうするには俺には政治的地盤が何もない」


 だからアダリーシアに圧力をかけることができず、フォローできないほどの失態をさせようという無謀な作戦に出てるわけだが。


「つまり、本人が出てきて直接私に暴行を加えるほどのことをしないと難しいってことですよね?」

「まあ暴行まではいかなくても、証拠が残る致命的なことだな」

「ちなみに、どの程度の暴力を言ってます? 未遂に終わりましたが、危うく扇子で叩かれそうになりましたが」

「逆に問うが、扇子で叩かれた程度で相手をつぶせると思うか?」


 ウルスラは一瞬だけ考えた。


「子どものケンカですね」


 両成敗で終わる程度のことだろう。

 アダリーシアがを失墜させる致命的なことが、もみ消せないほどの暴力をふるうくらいしかウルスラには思い浮かばない。そうなってくると、命懸けだ。

 いくら守ると言ってくれても、授業中はどうにもならないし、放課後もずっとそばにいてもらうわけにはいかない。夜など、無防備の極みではないか。

 

「校舎の中と寮に関しては安心しろ。要人も通う学園だから、護衛の魔法は何重にもかかっている」


 その割に、ナハトは簡単にウルスラの部屋に侵入してきているのだが、どういうことだろう。悪意がなければ侵入できるとでもいうのか。

 不安は消えない。このままではウルスラの精神が持たない。早急に片づけたい。

 

「バルドリック殿下」


 右手を顔の横に挙げながら、ハンナは質問がありますと告げた。バルドリックは一つ頷いて促す。


「アダリーシアさまの件が落ち着いたら、ウルスラは解放されるんですよね?」

「……もちろんそのつもりだが、なぜだ?」

「できれば、ちゃんとアダリーシアさまの暴走だということを周知したうえで、今回の件は恋人同士のふりをしていたことを発表してほしいんです。ウルスラには、殿下ではない、好きな人がいるので」

「すきなひと」


 驚くほど低い声で、バルドリックはつぶやいた。心なしか表情がひきつっている。


「名前は知らないんだっけ?」

「う、うん」


 まさかこのタイミングで白状させられるとは思わなかったので、ウルスラは戸惑いながらうなずいた。


「紫の目で、浄化の魔法を使えるようです。もしよろしければ、今回の件が終わったら人探しの協力をしてくれればなおの事ありがたいです。私の方で人探しの魔道具を作っている最中ですが、その人の持ち物や、魔力波動、血液等の体の一部がないと道具を発動できません。ですが、王宮の威光があれば人探しはたやすいいでしょう?」

「ハンナ!」


 まさかそこまで考えてくれていたとは思わず、ウルスラは感極まって親友に抱き着いた。好きな人の名前、本名ではないがわかっていてゴメンと心の中で謝る。

 そんな二人の様子を、バルドリックは微妙な表情で見ていた。


「殿下?」


 ウルスラは思わず、声をかける。バルドリックははっとしたようにウルスラを見た。無表情ではなく、素の表情で何かが抜け落ちていた。


「あ、ああ。ウルスラ……嬢の名誉回復と人探しだな。わかった。約束しよう」


 突っぱねられるかと思ったが、これもあっさり通る。本当にアダリーシアが嫌いで、関係を断絶したいのだなということが分かった。


「紫の目……」


 ぼそりと、バルドリックはつぶやいた。


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