21 少女たちの雑談
風呂を済ませ、部屋着を着てから談話室に向かう。クラスメイトどころか、一年と三年も少数だがいた。寮は一般クラスだけで構成されているので、みな一般クラスの生徒だ。
興味津々でウルスラを待っていた。
ウルスラはありのままを話した。食事をとったことも、警察に行ったことも、そこで写真を見て気分が悪くなったことも。アダリーシアがしつこいから、ウルスラが囮になってバルドリックから引き離す作戦になったことも。
意外だったのは、バルドリックの将来についてかなりの人間が知っているということだった。歴史で習うでしょ、とアネッサが笑う。確かに王族の犠牲によって平和が守られているというのなら、王家がそれを主張しないはずがない。
ウルスラの住む村が魔の森とは真逆の位置にあるからか、村の学校では学ばなかった。国の歴史よりも、地域の歴史に重きを置いていた。特に、気候が作物に及ぼした影響について細かく学んだ。
そのせいか、時折ウルスラの知る常識と都会の人たちが知る常識が違って驚くことが多い。
「でも、学園を卒業した勇者が必ず魔の森に行くっていうわけじゃないよね?」
「それをやってたら、だれもタプファーに入学しなくなるでしょ。魔の森に行くのは、王家の人間とその伴侶に選ばれた人だけ。王子なのか王女なのかはその世代によって違うけど、伴侶は必ずしもタプファーを卒業しなくてもいいみたいだし、実は貴族じゃなくてもいい。過去には相手が見つからなくて孤児院から選出したこともあるみたい」
そして、それを知っているから貴族は愛する娘をバルドリックに嫁がせたくはないと思うし、恩を売りたくて娘をバルドリックに嫁がせたいと思う。
だがバルドリックは独身でいたいのだ、ということまで教えた。口止めはされていない。腹いせであったことは認める。
「つまり、今の話を総合するとラブってことね?」
クララはきらきらと目を輝かせた。
「ちゃんと聞いてた?」
「聞いてたよ。ねーっ!」
クララは隣に座るナナと目を合わせてにっこりと笑いあう。
ウルスラは助けを求めるようにハンナを見た。何事も恋愛と結び付けるクララよりは、ハンナの方がまともな意見を言ってくれる。ハンナは情報通のアネッサに視線を向けた。
アネッサはここぞとばかりに胸を張る。
「つまりね、ほとんどの貴族っていうかシュティルベルト侯爵以外は、娘をバルドリック殿下に嫁がせたくはないって思ってるの。いくら家の利益のためとはいえ、見殺しにするようなものだから、薄情な親って思われるのも事実で。まあアダリーシアさまが名乗りを上げているのだから、他の貴族はこれ幸いとアダリーシアさまに押し付けたわけで。でもバルドリック殿下は根本からアダリーシアさまと性格が合わないらしくて、ずっと拒否。それはもう、会った瞬間に断るというほど拒否」
だが負けじと、アダリーシアはバルドリックにアタックしているというわけか。
「アダリーシアさまの愛ってすごいね」
「いや、そこは普通にひくでしょ」
「でも、死ぬかもしれない場所についてくるって言ってるんでしょ? 愛じゃない?」
魔の森の奥には、この間出会ったような巨牙熊がうじゃうじゃいるのだろう。まあ、普通に考えれば死ぬ。
そんな場所にともに行こうと思うのは、まさに愛だ。むしろ呪いだろうか。フラれてもフラれても、あきらめきれないなんて、つらいだろうなとウルスラは思う。いっそのこと、別の人間を好きになれたら、どれほど楽だろうか。
「うーん。でもそう考えると実は殿下がアダリーシアさまを愛しているっていうのも考えられるのか」
エリカがキラキラの爪をこめかみに当てながら言った。
え、とクラスメイト達の視線がエリカに集まる。
「ほら、愛する人を簡単に死なせたくないから、死地に連れて行きたくないから、冷たく当たる。……なんてすごく素敵」
「ああ。それはそれで萌えるね」
クララが同意し、ナナは首を振る。
「でもなあ、相手がアダリーシアさまだからちょっと萎えるっていうか」
「せめて別の人だったら応援するのに」
みな一様に頷いた。
年頃なのだから仕方ない。恋愛に結び付けたいのだ。
「て。ちがーう。私が言いたいのは、バルドリック殿下がウルスラのことを好きだってことよ!」
クララは思い切り主張する。
「殿下が私を、ってそれはないでしょ」
ウルスラの中でカップルといえばハンナとイムルだ。イムルがハンナを見る目と、バルドリックがウルスラを見る目が全く違うのはよくわかる。というか、そもそも好きなら脅してはこないだろう。
「だって、その髪飾り。一週間も工房に通って作ったんでしょ?」
「本人が言ったんじゃなく、オーディーさんが一週間も工房に通っていたって言っただけだよ? 他にも作ってくるかもしれないし」
「しかも婚約者にならないかといってきた」
「本人も冗談だと言ったし、本気には見えなかった」
「それって、本当は本気だけど、冗談にしてしまわいなといけなかったんじゃない? だって、ウルスラは今のまま行けば、聖女には認定されなくても、特別優秀生としては認められるでしょ?」
「特別優秀生?」
「聖女としての成績は認められないけど、学園や国にとって有益なことをしたって認められた人のこと。特待生のわりに、そういうことは知らないのね」
アネッサが呆れたように肩をすくめた。
「ちなみに、ハンナはもう認定されているわ。開発した魔道具がバカ売れしてるんだって」
「通信機ね。最初はお互いの部屋にいてもイム君とお話ししたいなと思ったところから作ったんだけど、これが意外と売れに売れて。これで卒業と同時にイム君の商会に嫁げるわ。いずれスティード一の商会にするから」
「もう、ハンナののろけ話は今はいいから。とにかく、特別優秀生に選ばれたら、まあまず国が手放さないわ。基本的に国内はどこにいてもいいけど、国外に出る制限はかけられるし、魔の森の領地なんてある意味国外だからね。本当はウルスラを連れていきたいけど、それができないから冗談でしかプロポーズができないの!」
キャア素敵! と夢見る乙女たちは目をハートにする。
「ウルスラにその気があれば、殿下も連れ去ってくれるかもよ」
「いや、でも私には他に好きな人がね」
「そう、紫の君! 殿下と紫の君でウルスラの取り合い。『わたしのために争わないで』なんて、乙女の夢よね」
ねー、と少女たちの意見は一致する。
他人事だと思って、とウルスラはため息をついた。
ウルスラのコイバナでひとしきり盛り上がった後、寮母がさすがに寝ろと談話室からみなを追い出しにかかる。ウルスラが談話室から出るとき、寮母が「最終的にどっちとくっついたかは教えてね」と囁いてきたから、彼女も聞いていたのだろう。ウルスラは「紫の君一択です」と返しておいた。
自室に入る直前、ウルスラはハンナに呼び止められた。
ウルスラを心配している顔だ。
「殿下のことを好きにはならないよ。もちろん、領地にもいかない。心配はしないで」
「ううん。逆だよ。好きか嫌いかは置いておいて、ウルスラ、殿下のことを一番気にしているでしょう? できるだけ避けるように、できるだけ関わらないようにしていた。それが心配なの。理由なく人を嫌わないウルスラがそこまで避ける理由は何なのか、って。理由を教えろっていうんじゃないの。きっと何か思うところがあるんだって言うのは分かる。でも、一人で抱え込まないで。ウルスラには私がいるから」
「ありがとう」
ウルスラはハンナをぎゅっと抱きしめた。
「今はまだ言えないけど、私の中でケリが付いたら、きっと話すよ」
今この時、それは本心だった。
いつかきっと。自分が魔王であること、バルドリックがかつてウルスラを殺した勇者であること。それを笑い話しとしていえるようになったときは、話したい。それは、ハンナを信用していないからではなく彼女を巻き込みたくはないから。そして、ナハトのことも。秘密警察が絡んでくるかもしれないのなら、なおのこと。
「それじゃあ、お休み。また明日」
ウルスラは部屋の中に入った。
ベランダのカギは開けっ放しだが、誰かが入ってきたような痕跡はない。ウルスラは俯いてため息を吐き出した。
唇をかみしめ涙をこらえる。打ち明けられないのが苦しかった。本当は助けてと言いたいが、真実を告げて嫌われたくもない。今のウルスラならば嫌われない自信もあるが、過去の自分がしたことを覚えていないがために、言い出せない。
街一つ分を滅ぼすほど、人を殺したなんて最悪だ。
目を閉じぐっと瞼に力を入れ、ウルスラは視線を上げる。涙は零れ落ちない。
見上げた視線の先にあった机の花瓶に生けられた薔薇は、枯れていた。




