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10 自覚

 たぶん、ナハトが好きなんだ。

 そう自覚しながら起きたウルスラの気分は、思ったよりも晴れやかだった。彼がウルスラに何の感情を抱いていなかったとしても。

 登校後、今日もある合同授業のために化粧を頑張るクラスメイトを見て、ウルスラはまぶしそうに目を細める。

 誰か好きな人がいて、その人のために綺麗になりたいだなんて、とても素敵なことだ。好きな人がいなくても、いつか現れる好きな人のためにするおしゃれもすごくいい。


 今朝もいつものように髪をひとくくりにしてきただけのウルスラは、一房とって指ではじいた。もう少しおしゃれをするべきか。一応今日は、早く目が覚めたこともあってちゃんとブラシは入れてきた。

 ハンナに相談しようと思ったが、週明けの彼女は登校時間が遅い。一日しかない休日をフルに利用して魔道具の制作をするからだ。だから週明けはぎりぎりまで眠るので、登校時間が遅い。

 ウルスラはクララに聞くことにした。


「みんなどこでメイク技術を身に着けてるの? 髪型とかも」


 話しかけられたクララは、メイクで大きくしている目をさらに大きくした。


「ウルスラ、もしかして目覚めちゃったの?」


 クラスがざわめいた。今まで化粧にもおしゃれにも興味を持たなかったウルスラが、恋人ゲットに動くと分け合うパイが減るのだ。聞き耳も立てたくなる。


「まさか、殿下?」

「違う」


 ウルスラは速攻で否定し、ああそうか、と額に手を当てる。いきなり化粧をするようになれば、バルドリックに対して色目を使っているようにも見えるか。何せウルスラは、バルドリックのパートナーになってしまった。

 ウルスラの脳裏を、厄介なアダリーシアがよぎる。同じクラスの人でさえ、ウルスラの片思いの相手はバルドリックだと思うのだ。クラスが違うアダリーシアから見れば、勘違いにはさらに輪がかかりそうだ。

 ここは、好きな人ができたということは言っておくべきか。もちろん名前を出すことはできないのだけど、せめてバルドリックではないことをクラスに周知して起きない。


「どこの誰かわからないけど、この間助けてくれたの。私、よく動物の治療をするでしょう? 血まみれになった服を浄化魔法できれいにしてくれて」


 嘘の中に、本当のことも混ぜておく。

 今まで告白されても友人から始めましょう、のあと一週間と持たず関係が終わるウルスラの恋話は初めてなので、クラスメイトは興味津々だ。いつの間にかクララとウルスラの周りに人だかりができる。


「かっこよかった?」

「紫の目が素敵だったんだけど、名前を聞き忘れて。今度また会った時に、名前を聞けたらな、と」


 よし、これで誰も相手が怪盗ナハトとは思わないだろう。とウルスラは確信する。世間手ではナハトの目の色は黒という認識だ。さすが「夜」の名が冠されるだけある。


「なんかそれって物語みたいね。正体不明の紫の君!」


 物語のような恋に憧れる女子が、一斉にキャーとはしゃぐ。


「正体がわからないといえば、また出たよね、怪盗」


 突然話題を切り替えたのはクラスの情報屋と呼ばれるアネッサだった。どこからか仕入れた情報を披露したくて、話題を振るタイミングを見計らっていたようだ。


「え? あれって怪盗じゃなく、ちんけなナンパ男の仕業だったんじゃないの? 朝練の時一年生が話題に出してたけど」


 スポーツをやるということで髪を短く切っているナナが記憶をたどりながら言った。全体的にこざっぱりとしたナナだが、うっすらとメイクしており、ウルスラよりも身なりに気を使っている。


「それが、本当にナハトみたいなのよ。そのチンケなナンパ男を利用したみたい」


 そう言ってアネッサは鞄から手帳を取り出した。びっしりとメモが書かれている。

 アネッサ曰く、事件の真実に近いのはこうだろうということだ。

 とある場所にあるとあるものが盗まれたと発覚したのは日付が変わったばかりの深夜のこと。すぐに警察には通報された。件のものは金庫室にあったのだが、他の金目のものは無事で、その一点だけが盗まれていたのだという。確かにナハトの手口と一緒だが、それだけでは彼の仕業とは断言できない。


「で、盗まれたというのは、黒の勇者がかつて使っていたという剣。これを保管していたというのが――」


 アネッサが読み上げた場所は、昨日ウルスラがナハトとともに行った仮面舞踏会があった場所だった。


「ただ、その剣が盗まれる前に舞踏会でひと悶着があってね。他の夜会にも出没しているんだけど、夜会慣れしていない令嬢ばかりを狙って食い物にする男がいて、客ともめて追い出されたらしいの。その男が追い出される前宝物庫で怪しい動きをしていたものだから、実はそいつが犯人じゃないかって見方をする警察もいて。でも勇者の剣って一旦、ナハトに盗まれてバルドリック殿下が取り戻したやつでしょ? だからまたナハトが奪ったっ言うのが私の見解」


 ウルスラも、ナハトの仕事だと確信する。あの舞踏会はパートナーを伴って入場するのが最低条件だった。ナハトがウルスラを誘ったのは、会場に潜入するためだったのか。

 あれほどウルスラに甘くしていたのは、利用するからその罪滅ぼしだ。ありえないことではない。ウルスラと離れている間、ナハトが何をしていたかなどわからないのだから。

 ナハトにとってウルスラは眼中にないということだ。ウルスラはすっと目を細めた。

 よろしい。それならばちゃんと目の中に入るように動こうではないか。ウルスラはそう決意する。


 怪盗の話題が出たことをきっかけに、クラスメイト達はウルスラの片思いの話題からそれて、それぞれが興味を持つものへと拡散していく。ウルスラとハンナの周りにできていた人だかりも自然と解消された。


「そうだ、ウルスラ」


 クララがウルスラを見て甘えたような声を出す。何か頼まれごとかと思ったが、内容は違った。


「クッキーとかカップケーキを焼いておくといいよ」

「どういうこと?」

「お礼に手作り菓子を渡すのが今はやっていてね。それを次に会った時に紫の君に渡すの」

「そんなの流行ってるの?」


 確かに最近、かわいくラッピングされた手作り菓子を持ってきているクラスメイトをよく見かけた。ただ、たいてい昼休みなどに自分で消費しているように見えたから、そんな風潮が流行っているとは思っていなかった。


「というか、流行らせようと思ってね。好きな相手は胃袋から掴めっていうでしょ? でも数回しか言葉を交わさない相手からもらう手作りの食べ物なんて、気持ち悪いし。だから、お礼にお菓子を、って気軽に渡せる土台を作っておきたいの。協力してくれる?」


 それで甘えた声で話しかけてきたのか。


「そんなことならお任せを」


 恋する女の子の気持ちを理解できたウルスラにとっては、たやすいお願いだった。


「おはよー。あれ? なんかいつもよりみんなはしゃいでる?」


 騒がしい教室に入ってきたハンナが、首をかしげる。クラスメイトが、ウルスラに好きな人ができたことをさっそく教える。

 ハンナは荷物をロッカーにしまうこともせず、ウルスラの席まで来た。


「好きな人ができたって、何で言ってくれなかったの」


 ハンナは唇をとがらせて、不満そうな顔をする。


「自覚したのが昨日だから。寝ても覚めてもその人のことを考えているのって、つまりそういうことなのかな、って」


 まあ、寝ているときは大体かつて自分のことを殺した勇者が出てくるから、厳密には違うのだが。

 ハンナの顔が、不機嫌から一転、ぱっと明るくなる。


「うわ。なんか甘酸っぱい。ぜひぜひ協力する! まずはその人を探すことからよね。えーとどんな魔道具を作ればいいかな……」


 新しい魔道具について考え始めたハンナはもう、ウルスラのことを怒ってはいなかった。





 そして今日も今日とて午前中は合同授業だ。郊外演習までの間に、何としても戦力をつけておかないといけないと教師陣は考えているらしい。

 上級クラスは単体で魔の森に挑んでも無傷での帰還率が高いため、自習なのだそうだ。問題は下級クラスだ。優秀な成績を収めてタプファーに入学したものの、この一年で成績に伸び悩んでいて魔の森の実習にはちょっと心もとない者たちが集まっている。その人たちをとにかく育てなくてはいけない。経験上、一か月あればなんとか形になるらしい。


「君の場合はその一か月でも心もとないが」


 クランクの態勢でプルプルと震えるウルスラの耳に、バルドリックの声が落ちてくる。

 トレーニングを開始した直後よりは耐えられる時間が長くなったが、それでもまだ十分とは言えない。この態勢から片足を上げようものなら、すぐに形は崩れてしまう。それでもなんとか、設定された時間をやり遂げる。


 今日のバルドリックはなぜかいつもより厳しい。

 一度は守り遂げた勇者の剣を、結局はナハトに盗み出されてしまったからか。

 八つ当たりは勘弁だと思うが、筋力がなさすぎなのもウルスラ自身が悲しいから、淡々とメニューをこなしていく。


「攻撃魔法が使えないのなら、せめて武器を持てるようにしようか」


 というバルドリックの提案で剣を持つ方向で訓練している。が、剣が持ち上がらない。持っても切っ先が下がってしまうのでうまく振れない。

 及び腰になるウルスラの姿を見て、バルドリックはため息をつく。


「せめて治癒以外の魔法を使えればいいんだけどな」


 例えばたった一つ、防御の魔法が使えるだけで十分だ。ひたすら自分を守り、動かなければいい。後は治癒魔法を必要とするときに能力を発揮すれば。ウルスラを守りながら戦わなければいけない、というのが地味に負担なのだ。


「まあ相変わらず不出来なこと」


 バルドリックとウルスラの様子を見に来たアダリーシアが鼻で笑う。

 いつも通り似合っていないジャージに身を包んだアダリーシアは、背後にオーディーを伴っていた。

 成績順で組んだパートナーで、オーディーは冷やかにアダリーシアを見ている。静かに視線を動かし、バルドリックに頭を下げ、ウルスラにはすまない、と口の動きだけで謝罪する。


「見てみなさい、わたくしの剣技を」


 そういってアダリーシアはどこからか剣を取り出した。フェンシングに使うような細く長い剣で、よくしなる。

 アダリーシアは舞うように剣を繰り出した。鋭い音がして空気を切り裂く。どさりと大人の腕ほどの太さの枝が落ちた。断面は凸凹としているが、今の攻撃で何度ついたのか。


「あれを使えばいいんじゃないかと思うなよ? スピード重視の剣で、叩けばいいだけの剣と違って相当の技術を必要とする。シュティルベルト嬢だからこそできる技だ」

「バルドリック殿下、どうぞアダリーとお呼びください、と何度も申しているではありませんか」


 アダリーシアはバルドリックに褒められ、まんざらでもない表情を浮かべる。


「ねえウルスラ・ラウラ。やっぱりあなたはバルドリック殿下の足を引っ張るとしか思えないの。校外実習までまだ二十日以上あるわ。パートナーを解消するなら、今じゃないかしら?」


 アダリーシアは慈悲深い表情を浮かべながらも、見下した態度でウルスラに視線を向ける。


「バルドリック殿下が、あなたの他人の足を引っ張りすぎることを心配しているというのなら、問題ないわ。代わりの優秀な人材を用意しておくから」


 アダリーシアはちらりとオーディーを見る。


「ええ俺が引き受けますよ」


 オーディーの態度はどこか投げやりだ。アダリーシアに振り回されっぱなしなのだろう。

 勇者科総合成績学年二位というだけあって、ウルスラのフォローもこなすはずだ。だが、ウルスラはアダリーシアの申し出に頷かなかった。ただの平民が、バルドリックの決定に意見を言えるはずもない。


「今更変える気はない」


 にべもなく、バルドリックは言い放った。

 期待してバルドリックを見ていたアダリーシアの頬がひきつる。かと思うと、きっ、とウルスラに鋭い視線を向けた。


「よろしいわ。では覚悟なさって。校外実習では、あなたを圧倒的に抑えて最優秀の成績を獲得しますから!」


 言いたいだけ言い放つと、肩を怒らせながらアダリーシアは魔法用の演習場の方角に去っていた。ある程度進んでから、くるりと振り返り、鬼の形相で叫ぶ。


「オーディー! 早く来なさい!」


 オーディーは肩を落とし、はあとため息をつく。


「俺は殿下のお目付け役なんですけどね。……どうもうちのパートナーがご迷惑をおかけしました」


 一般クラスだからと見下さない態度で頭を下げると、オーディーは駆け足でアダリーシアを追った。

 嵐のようなひと時が終わり、バルドリックは嘆息する。


「さて、あれに負けるのも癪だから、こちらもトレーニングの続きをしようか」


 相変わらずの無表情で、バルドリックはウルスラのしごきを再開した。


10話とキリのいいところまで来ました。ブックマーク、評価ありがとうございます。


このあたりで本編にはあまり絡まない登場人物情報を。


ウルスラの身長は大体155センチを想定しております。

ナハト、バルドリックは180センチオーバー、オーディーは180センチきるくらい。

ハンナは160センチ、アダリーシアは165センチあたり。


ざっくりと身長ですが、場面想定の手助けになれば。


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