練習試合
ツーロウの実技を見てみたいとユラがお願いし、マオルから許可を得て一戦だけの練習試合が開催された。ツーロウと対戦出来ると知ったノウラ以外の男らは興奮した面持ちで名乗り出ている。ツーロウは困り果て決めかねていた。その様子を感じ取り、マオルがユラの隣に進む。
「そうだな…コダ!お前はまだ入って間もなく試合もしていないな。やってみろ。」
指名され、コダは緊張を滲ませながらも高揚した面持ちで前に出る。胸を張って出てくる様は、コダより背の大きいユラよりもずっと大きく見えた。
「ツーロウさん、よろしくお願いします!」
両の手の平を合わせ、深々と頭を下げる。
「よろしく、コダ。」
ツーロウも同じように、最敬礼をして応じた。
本物の武器を使った練習試合は、緊張がより一層高まる。防具を身に着けているが、万が一怪我をしてしまった際にすぐ対応が出来るように、学舎には二人の医師が通っていた。
「今回の試合は、武器の数は問わん。何を使っても良い、自分の得意な武器を使いなさい。」
静まり返る部屋に、マオルの低い声が響き渡る。二人は既に武器を手に持ち互いを見合う。肌に感じられるほどの緊張が立ち込め、その気配を感じ取り、マオルはひとつ深呼吸をし言い放つ。
「はじめ!」
掛け声と同時に、コダが甲高い声と共に走り出した。片手で細身の剣を持ち素早く間合いを詰めていく。ツーロウは動くことなく、直剣を握りコダの動きを見つめた。
コダは跳び上がり、ツーロウの頭上から剣を振り下ろした。ユラは思わず目をぎゅっと瞑ったが、剣と剣が交わった音が聞こえそろそろと目を開けた。
一瞬の出来事で、ツーロウは全体重のかけられた剣を力いっぱいに振り払っていた。コダは飛ばされ、受け身を取りつつ猿のように跳んで後退る。先程まであどけない笑顔をしていた少年は、真剣そのものだった。
「コダとは初めてだから、観察してるな、あいつ。」
いつの間にかユラの隣にいたノウラが独り言の如く呟く。ユラが見上げると、横目でユラを見返し肩を竦めた。
「コダはお調子者に振舞っているが、ここに入ってくるだけの才能があるんだよ。」
顎で二人を見るよう促し、ノウラは続ける。
「まだ隙の多いものばかりだが、身のこなしがとても素早い。さっき軽々と後退ったが、あんなに音を立てず跳ぶなんてのはそうそう出来ない。敵地の潜入や暗殺に向いているかもな。」
ユラはノウラの言葉にぎょっと目を剥いた。暗殺という言葉を躊躇いなく口に出されるとは思ってもいなかったのだ。ノウラはユラの表情に気付き、ばつが悪そうに咳ばらいをした。
「…すまない。外の世界では戦が絶えぬ場所もあるのでな。無論、この村は平和だから心配するな。」
外の世界、とユラは呟き再び試合を見る。確かに、平和ならば武術を習う学舎はないはずなのだ。ノウラの言う“外の世界”がどこを指すのかユラには分からないが、小さな世界に閉じ籠っているということだけは感じていた。
二人に意識を向けると、コダは果敢にも様々な手段でツーロウに挑んでいる。剣を振り上げたかと思いきや、左手には既に短剣を逆手に持ち脇腹目がけて振るう。しかし、すんでのところでツーロウにかわされ、互いの剣を押し合って退く。練習試合と言っても容赦のない闘いに、ユラは口が開いているのも気付かず見続けた。
先程まで守りに徹していたツーロウは剣を収め、代わりに細剣を引き抜く。コダの持つ剣よりもずっと細く、大きい針のような剣だった。ツーロウは中腰に構えると、じりじりと間合いを詰めていく。コダも同じように中腰になり、ツーロウの行動を観察し始めた。
ある程度互いの距離が詰まった時、ツーロウは閃く速さで剣を突き出した。ユラの目では追いつけず、残像すら見えるほど速い。コダは剣を盾にしてかわすが、ツーロウの繰り出す素早い突きに対応出来なくなり、とうとう首筋に剣先が当てられた。
「そこまで!」
マオルの腹に響く声で、部屋に張り詰めた緊張が解かれると同時に、拍手が沸き起こった。ユラも詰めていた息を大きく吐き、皆に倣い拍手を二人へ送る。ツーロウとコダは深く一礼し、握手を交わしているようだ。
「ありがとうございました!やっぱり、ツーロウさんはすげぇや。これからもっともっと練習しねぇとな!」
コダは頬を紅潮させ、早口で感謝の意を述べる。ツーロウも頷き、汗を拭いながら笑みを零す。
「私こそ、良い経験をさせてもらった。素早い動きで、隙を付かれそうだったよ。ありがとう。」
目を輝かせ、コダは胸を反らす。
とても気持ちの良い試合だと、コダの表情を見たユラは思った。
「ありがとう、ツーロウ。本当に強いのね。」
ユラは持っていた手拭いをツーロウに渡す。礼を言いツーロウは手に取り、額に浮かぶ汗を押さえた。
「練習を重ねた分と経験の差だよ。コダは私より強くなるかもしれない。」
血の気が差していた白い肌が、徐々に元に戻っていく。離れていても、まだ僅かに熱気が感じられた。
練習試合が終わってすぐ、マオルは実技の教えに入った。今は全員が、最初に見た時と同じように練習に勤しんでいる。コダもあれだけ動いたのに、むしろさらに気合が入った動きをしていた。
「さすがにここに時間を取りすぎてしまったな。他にも色々紹介しようと思っていたのだが…。」
ツーロウは長居したことを詫びたが、ユラは首を振り、笑顔を見せる。
「私が見たいとお願いしたから、いいの。またいつか見せてね。」
外から差す光が細くなり、空に橙色が足されていく。日が伸びつつあるが、ユラの両親が心配するだろうから、とツーロウは家へ送る支度をした。
学舎の皆に別れを告げると、旧友の如く温かに送り出してくれた。外は思っていたよりも日が落ち、時の早さを思い知った。
通りには見慣れぬ服を着た人や村の伝統服を着た人がゆったりとした足取りで行き交い、訪れた時とはまた違った賑わいを見せている。ツーロウはユラを気遣いながら、迷路のような道を辿りだした。