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ツーロウの友

 マオルは腹に響く低い声で休憩を言い渡し、部屋を出て行ってしまった。先の気合に満ちた空気はさっと取り払われ、青年たちの和気あいあいとした声が湧き上がる。


 声を出しても聞き返さなければならない状況を脱し、ユラはようやくツーロウに話しかけることができた。


「さっきの実技、私の地区では到底見れるものではなかったわ。とっても面白かった!」


 今にも浮かれた足取りになりそうなユラは、興奮を抑えツーロウを見上げる。ツーロウもまた、自信に満ちた表情でユラの言葉を受けた。


「面白いだろう。我が家の学舎では、様々な武器を使った実技があるんだ。」


 ツーロウは両手を縦に勢いよく振ってみたり、中腰で構え両手で棒を横に持つ仕草をして見せる。今見た実技は、後者の仕草によく似ていた。


 ツーロウ曰く、実技は武器を使うことが多いが、素手での戦い方を学ぶこともあるらしい。ユラは相槌を打ち、時折見える手の平の胼胝(たこ)を目で追っていた。その様子に気付いたのか、ツーロウは柔らかく笑い右の手の平をユラに差し出す。


「この胼胝が、気になるかい?」


 その言葉にユラが頷くと、ツーロウは愛おしそうに左手で撫で、閉じたり開いたりを繰り返す。


「小さい頃から父から学んだからね。昔はよく血豆になったものだよ。」


 ツーロウは遠い宙を見つめ懐かしむ。しばらくそうした後、思い出したかのように青年たちに顔を向けた。全員が物珍しそうにユラを凝視している。ユラは無意識のうちに後ずさり、ツーロウの背中に寄り添った。


「ツーロウ、その子が例の先導者になる子か。」


 細身だが、長身で引き締まった体の青年が前に出る。細面の、まるで狐のような顔をした男だ。ツーロウは微笑を浮かべ頷き、ユラの背中に手を回し優しく押し出す。


「そう。この人はユラ。次の先導者になる御人だよ。」


 ユラは背が高い方だったが、更に頭一つ二つ高い人たちに囲まれ、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまっていた。しかし、自分の名前を呼ばれようやく両の手の平を合わせ深めに頭を垂れた。


「ユラです。初めまして。」


 狐のような男はユラの足先から頭の天辺まで舐めるように見、口の片端だけ持ち上げる。息が詰まるのを感じながら、ユラはその人の目を見て耐えた。


「へぇ、ユラさんね。初めまして。俺はノウラ。ツーロウの好敵手、といったところかな。」


 ノウラはちらとツーロウを見て、白い歯をちらつかせる。ツーロウもまたニッと笑い、腕を組んで見せた。二人の仲が良さそうだと知り、ユラは詰めていた息をほっと吐いた。


 二人の話す姿を見て、緊張の糸がゆっくりと解れていく。と同時に、ユラは腹の音を鳴らした。大きな音だった為、皆一斉にユラに振り返る。悪いことではないのだが、ユラは無性に恥ずかしくなり俯いた。


「…すみません。」


 顔を真っ赤にしているユラを見てか、ノウラが一呼吸置いて大きく笑った。


「俺たちも休憩に入った。一緒に昼食でもどうだ?」


 少しずつ部屋を出ていった生徒たちは、いよいよノウラだけになった。ツーロウは慌てて引き留めた事を詫び、先に戻るよう勧める。ユラと二人きりになると、同じ部屋とは思えないほどしんと静まり返った。


「ノウラには悪いが、変わった料理を食える店に行こうかと考えていたのだ。そちらへ行こうか。」


 沈思した後、ツーロウは振り切るようにユラに告げる。しかし、ユラは眉間に皺を寄せ唸った。


「変わった料理もとっても気になるけれど、私は普段のツーロウを見てみたい。いつもここでお昼を食べるんでしょう?折角なら、一緒に食べましょうよ。」


 沢山人がいると楽しい、と笑顔で答えると、ツーロウは苦笑しながら了承した。




 近くに弁当を売る店があるからと、二人で大通りへと出る。食事を楽しめるのであろう店へ潜っていく人たちや賑わった声が大通りを支配し、ユラには祭りのように思われた。


 人々の間を縫っていくのだが、ツーロウは気を使いゆっくりとした足取りでユラの為に道をつくってくれ、ユラは窮屈に感じなかった。盾みたいだ、とユラは心の中で呟き小さく笑う。ツーロウは気付くはずもなく、どこかを目指して黙々と歩いた。


 途端、ツーロウは右に寄り人の塊のようなところへ突っ込んでいった。ユラはついて行こうにも、入る隙間もない人の群れに阻まれてしまった。


 布の屋根が一部見える。ユラが訪れた時に見た露店と同じつくりだった。近くに寄り背伸びをしながらツーロウを探すがそれらしい頭が見えるだけで、右から左から揉みくちゃに押され、ユラはとうとう外へ追い出されてしまった。


 ユラはこの場所で何が起きているのかも分からず茫然とその群れを見ていたが、しばらくしてツーロウが群れから押し出されるようにして出てきた。何かを大事そうに抱え、ユラに近寄る。


「何も言わずに行ってすまなかった。多分、ユラが入るのは大変だと思って突っ込んでいったんだ。」


 ツーロウは大きく息を吐き、笑顔を見せた。抱えているのは、楕円形に湾曲させた木の器に、竹の葉を巻いたものだった。微かに香ばしい匂いがする。


「これは、お弁当?」


 ユラが尋ねると、歩くよう促しながらツーロウは頷いた。


「そう、弁当さ。やたらに人が集まるんだが、ここのは美味くてね。つい来てしまうんだよ。」


 いくつか種類がある内、ツーロウのお薦めを買ってきたのだという。ユラがお礼を言いお金を取り出そうとすると、その手を抑え微笑した。


「今日の約束は私がしたものだから、気にしなくていい。」


 さ、戻ろうか、と前を向き、ツーロウは再びユラの盾となり歩き始めた。

再び更新が遅くなってしまいました。

今後も更新は遅くなるかと思います。申し訳ありません。

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