第七話 交渉は信頼の上に成り立つ。
俺の目の前には、二人の人物が浮かび上がった。
きっと向こうさんも同じ様に俺とホリ夫が浮かび上がっていることだろう。
茜と何だっけ? ズリだっけ? ズラ何ちゃらだった気がする。
一見すると本物が来ている錯覚がするが、少し色が科学チックで言ってしまえば3Dホログラム。
本物に近い偽物、映像が投射されていることに気づく。
それを踏まえても実際に対峙しているかのようなリアルさを感じる。
投射されている茜さんとズラだが、何だろうなんて表現すれば良いのだろうか。
茜さんはやつれたOL、しかも化粧気のない地味目の女性で、やけに黒髪が綺麗で天使の輪ができている。
不潔感もなく清潔そのものなのに、彼女の周りからは不幸のオーラというのか威圧されるオーラが漂っている。
女性用の黒いスーツを着ていて、地味なのだが顔は整っているのが一層怖い。
美人なのだろうが俺評価だと、非常に勿体無い印象を受ける。
対してズラだが、こいつも癖が強い。
アラビアの人ですか?
砂漠は暑いよねー、うんうん、ホリ夫と随分キャラの違う神様きたなぁ。
少しくすんだターバンを頭に巻いて、服も砂漠の民が着るボロそうな薄手のワンピースを着用している。
ああゆうのなんて言うんだっけ、カフタンだっけ? 違った気がする。
隠れた顔から覗く鳶色の瞳は俺を見定めるように眺めている。
顔が隠れていてもわかる、イケメンだろう。
俺のイケメンスカウターがさっきから上限突破しているから間違いない。
ここからの情報を精査すると。
総評、やべぇ奴ら来た。
「え…っと、初めまして」
「あ……はい」
はいって何?
返しがはいって何?
挨拶しようぜ?
基本抑えようぜ?
「今日もいい天気ですね?」
「え……あ、はい」
何言ってんだ俺?
天気はどうでもいいだろう。
またはいって言いましたね?
これはこちらの聞き方が悪かったかもしれん。
なにこれ……話しづれぇ。
超絶大人しい子来た。
いや待て、まだ分からん。
ただ人見知りなだけかも知れない。
軽く探りを入れてみよう。
「私の名前はマイクデービスです」
「え、日本人ですよね?」
「殺して下さい」
「ええ?!」
おお、いい感触だ。
「殺して下さい」
「えっと……どうしよう」
「どうしたい?」
「いや、あの……」
女の子が困ってる表情って可愛いわ。
そしてズラの眼光に鋭さが増しているんだが?
やめて? 眼光だけで軽く死ねるから。
「ごめんなさい困らせてしまいました」
「いえ……」
「改めて俺は佐竹隼也と言います、名前を聞いてもいいですか?」
「……柏原茜です」
「茜さんか、初めまして宜しく」
「宜しくお願いします」
よろしくと同時に俺は握手を求めて手を差し出した。
しかし、友好の証に差し出した手は虚しく空を舞った。
握手を拒否されたんだが。
……。
「あはは、ごめんごめんいきなり握手とかないよねー」
「いえ、あの」
「大丈夫分かってるよ、俺慣れてるから!」
「そうじゃなくて」
「ん? なくて?」
「映像ですから、握手出来ないですよね?」
「…………」
「ご、ごめんなさい」
「いや、正しい」
君が全面的に正しい。
あまりにもリアルだったから、勘違いしてしまっていた。
そういえばこれ映像なんだな。
…………おっぱいガン見しても大丈夫かな?
「どこ見てるんですか……」
あ、分かっちゃうか。
視線もダメと、メモメモ。
「見たところOLさんだと思ってね」
「はぁ……」
「君も日本から?」
「はい、この後ろにいるズルフィカールさんと一緒にきました」
「そうなんだこっちも同じでこのホリ夫と一緒にね」
「ホリ夫?」
「こいつの名前」
「へーそうなんですか」
「そうそう」
後ろのホリ夫から頭を叩かれたが、なに怒ってんだ?
それにしてもさっきからホリ夫が静かなんだがなぜだ?
「おいホリ夫、なんか喋れ」
「(パクパク)」
「え? あんだって?」
「(パクパク)」
なんか必死に口をパクパクさせている、金魚かな?
違うわこれ、声が届かないのか。
確かめてみっか。
「茜さん、その後ろのズラと会話できますか?」
「ズラ?」
「うん、そこのアラビア人」
「カールさんのことですか?」
「そうそうカールおじさん」
「おじさんでは……ないですね」
「飯塚昭三はおじさんですよ?」
「そっちのカール!?」
意外と会話できるみたいで安心した。
いや、そこじゃねぇよ! あとホリ夫は俺の頭叩き過ぎ。
「さっきから後ろの美人さんに頭叩かれてますが大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、声聞こえないし。 そっちも同じじゃない?」
「はい、さっきからカールさんの声が……」
「そうか」
ってことはだ。
俺と茜さんしか情報のやり取りは出来ず、他のプレイヤーは遮断されてるって事か。
徹底してるな。
「茜さん」
「はい」
「おっぱい揉んでもいいですか?」
「……ダメです」
おぉ、眼光に侮蔑の感情が混ざったぞ。
ゾクゾクしてきます、有難うございます。
そしてタイミングよくホリ夫がまた頭を叩く。
聞こえてないよね?
同時にズラの眼光が臨界点を突破してきた。
あれ、聞こえてないよね?
「真面目な話をしましょう」
「死にたいの?」
「今のは実験です、聞こえてないかの」
「実験? 本当ですか?」
「はい、あくまで実験でした不快な思いをさせて申し訳ありません」
「そうですか……実験なら仕方ないですね」
「そうです仕方ないんです」
冷ややかな侮蔑の視線が少し緩和した。
そう仕方がないんだ……やったぜ!
気持ちを切り替えていこうか、そもそもなぜ茜さんがここに来たのかその理由と訳を。
「茜さん、ここから本当にマジです。 なぜこの世界に?」
「私の目の前にこのカールさんが刺さってまして、引き抜いたらここに」
「私と一緒ですね」
「そうなんですか?」
「えぇ、最も私の場合はこの世界平原しかなかったですが」
「平原? もしかして最初のプレイヤーって」
「私です」
あの時マネージャの声は確かに自分のプレイヤー名を発表していた気がしたが食い違いがあるな。
「最初の時プレイヤー名が出ませんでした?」
「いいえ、だた初期プレイヤーにはペナルティーとだけしか」
「なるほど、情報には個人差があると」
「個人差?」
「そうです、私は茜さんとあってプレイヤー名を知りました。 茜さんは?」
「私も佐竹さんしかまだわからない感じです」
「でもこの世界には8人のプレイヤーがいる、引き篭もっていたら不利ですね」
「確かにそうですね」
それと、俺には気になっていた事柄がひとつあった。
俺が勇者で、残りが魔王と言う位置付けだ。
「話は変わりますが、茜さんの称号は何ですか?」
「勇者です」
「私も勇者なんです」
「え、だって7人の魔王って?」
「情報の伝え方が主観的なんでしょうね」
さっきの情報と考えればわかる。
個人差があって情報は主観に則って公開されている。
それがいい事なのか悪い事なのかはわからないが、俯瞰的でないと言うのは今後の行動に注意しなければいけない。
ある程度情報も入手できたし、一応心の奥に留めといておくとしよう。
情報には個人差がある、これは思った以上に価値があると思った方がいい。
相手の知らない情報を握る事がこの世界では大切ではないのか?
逆を返せば情報無きプレイヤーは文字通り地獄を見る。
この場は交渉フェイズとなってあるが、実態は情報の共有にあるかもしれない。
俺は他のプレイヤーよりも世界がどんな地形か知っている。
その情報は俺にしか分からず、これは相当なアドバンテージだとホリ夫も言っていた。
だとしたら、この交渉フェイズの交渉は何を交渉するのだろうか?
もしかして情報も交渉に使えるのだろうか?
自分の目の間には茜さんがいる、その間を挟むように透明なパネルがある。
刑務所で囚人が面会を行うような状況だと思ってくれると分かりやすい。
そしてこのパネルは腕が透過するのは握手の時に確認済み。
そのパネル上にはこう書かれている。
【交渉する物を選択してください】
この文字がウィンドウ上に表示されている。
俺の今までの地図をここに持ってこれるのか? 試してみよう。
地図ウィンドウを交渉パネルに重ねたら、パネル上にこう表示されるようになった。
【交渉:地図】
・相手の提示待ちです
地図も交渉の中に入るのか、なるほどね。
ちょっと色々試してみよう。
検証した結果、ほぼどんなことでも交渉ができる。
分かったところでも、技術、地図、軍隊、食料、資源、ドス。
できない事と言えば社会制度くらいだ、宗教がまだ分からないが、これも無理な部類だろう。
また他の交渉もあった。
国境開放、同盟、共闘、非難声明そして最後に。
宣戦布告。
やっべぇ!
宣戦布告出来ちゃうんか。
うーんでも戦争するメリットがない。
この場合戦争に負けたプレイヤーはどうなるのだろう。
……死ぬのか?
そう思うと無闇に宣戦布告はしない方がいい。
責任の取りようがない。
だが本当に死ぬのかさえも分からない。
分からないのならやめた方がいい。
ただこの異世界から退場することは確かだろう。
どうするべきか、せっかくの交渉のチャンスでもある。
俺が気になっているのは彼女がまだドスを全く使用していないと言う点だ。
俺が8位に転落した時472万ドスだった。
彼女が俺と同じように技術をとって、開拓をして軍隊を編成していたら500万ドス付近にいるはずがない。
彼女からもらえる情報や技術はないのでは?
「茜さん、村はありますよね?」
「はい、ありますけど」
「技術とか社会制度とか取ってます?」
「いえ、迷っていて取ってないです」
まじか、結構スタートから時間経ってるのにまだ取ってないのか。
これで確認も取れた、茜さんはまだ始まったばかりと同じ状況に近い。
このままなら、1回目の俺同様水害で全滅することもあり得る。
見殺しにするようで後ろめたい、少し手助けするのもいいだろう。
「茜さん、さっき確認したんですがこの交渉フェイズでは様々な物が取引出来るようです」
「そうなんですか?」
「そうらしいですよ?」
「へー」
「それでなんですが、交換しませんか?」
「交換?」
「えぇ」
俺は今回の件で情報を集めるのが一番だと感じた。
そこから茜さんより他のプレイヤーとの接触を急がないといけない。
特に一位のプレイヤーがどんな奴なのか確認して置かなければ危険だろう。
チートだし、何あれ化けもんだろ。
対抗策を練るにしても相手を知らなければ対処のしようがない。
そして俺にはドスが圧倒的に足りていない。
ドスが無ければ斥候の生産ができない。
俺は結果として斥候の五体生産は間違えではなかったと言うことだろう。
その数を増やしたい、茜さんは情報と技術を得る。
お互いにメリットがあっていいことづくめだ。
「俺には技術があります、これを茜さんに売りましょう」
「いいんですか?」
「代わりにドスを頂きます」
「ドス……」
ドス、つまりお金と話した時に茜さんから警戒色を見せるようになった。
がめついセールスと思われたのだろうか、ちょっとショックである。
「俺は今家畜と弓術を持っています」
「二つも……」
「合わせると150万ドスかかるんです」
「そんなに……」
「その二つの技術を125万ドスで売りましょう」
「良いんですか?」
「そちらがよろしければ」
「大丈夫です」
「では待ってくださいね」
今思ったが、相手は情報を知らないわけである。
これって詐欺もできるよね?
出来るが今回はしない、何より隣人となるプレイヤーだ。
騙して心象を悪くしたら目も当てられない。
でも騙すことはできると言うことは、騙される可能性があるってことだ。
自分も気をつけなければいけないな。
今回は騙す気もないので素直に俺は技術ウィンドウから交渉パネルに家畜と弓術をドラッグした。
茜さんも最初は四苦八苦していたが125万ドス提示することができたようだ。
「では、これで交渉成立ですね」
「はい、佐竹さんありがとうございます」
「いえいえ、お互い様ですよ」
俺が言うものなんだが茜さんはもうちょっと警戒するべきかもしれない。
でも仕方ない、俺の良い人オーラが見えてしまったのだろう。
実際良い人だから間違ってはいない。
惚れても良いよ?
【佐竹隼也と柏原茜との間で交渉を進めます】
【以下の交渉内容で間違いは無いですか?】
最後に確認の表示が出てきたので二人してはいを宣言した。
【交渉の完了を確認しました】
柏原茜
・家畜
・弓術
佐竹隼也
・125万ドス
【これで交渉フェイズを終了します】
「どうやらこれでおしまいみたいですね」
「ですね」
「また何かありましたら気軽に話しかけてください」
「こちらこそお願いします」
「ではまた」
「はい」
画面が一瞬にして元の場所に切り替わる。
まるで夢を見られているかのような体験だった。
新たに俺の前には交渉フェイズのウィンドウが追加された。
そこにはこう書かれている。
【現在可能な交渉相手】
・柏原茜&Zulfiqar
ここをクリックすれば相手との交渉が出来ると言うことなのだろう。
便利だなこれ。
何かとつけてまた会いに行こう。
美人さんだしな。
地味だけど。
そして交渉した結果として茜さんが8位に落ちた、これは仕方がない。
また直ぐに最下位は自分になるだろう。
最下位の地位は誰にも譲らん。
「隼也、なんかあの女といい感じだっだじゃない?」
帰って早々、ニヤニヤと俺のことを見てくるアホがいる。
あ、違った神がいる。
「嫉妬?」
「は? 何言ってんの?」
ムカつくなこいつ。
茜さんとまじチェンジして欲しい。
「女性ってのはああいう奥ゆかしい人を指すんだ、分かった?」
「奥ゆかしいでしょ?」
「誰が?」
「私が?」
頭がトンチンカンなホリ夫は放って置いておこう。
お前そのヒマラヤ山脈見て奥ゆかしいよく言えたな。
前に出まくってるだろうが、と言うのは言葉にしない。
情報を集めるのが先決だ、斥候を作ろう。
そう、俺たちの冒険はこれからだ!
なんて意気込んでいた時に全体メッセが響き渡った。
【5位のプレイヤーが4位のプレイヤーに宣戦布告いたしました】
はい? バカジャネーノ?
——更新情報——
【佐竹隼也】現在7位 保有422万ドス
【柏原 茜】現在8位 保有375万ドス
5位と6位では無く5位と4位の戦いでした。
失礼しました。