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瓶詰の地獄  作者: 灰色
7/8

7

 ―――この後、どう言葉を続ければいいのか、分からない。僕は女を引っ掛ける時に何を喋っていたっけ? あぁ糞。どうでもいい相手なら何だって言えたのに! 謝る振りも、笑顔も、仕草も、完璧にこなせたのに! 何でこういう時に限って、何も出て来ないんだよ!?

「……で?」

 彼女が冷めた目で僕を見遣った。

「……えっ……と。そうだな、だから……」

 駄目だ何も思い浮かばない。そもそもだな。妹が出て行かなければこんな。いやいや。そうじゃない。何だっけ。僕は何を言おうとしてたんだっけ?

「…………帰ろう?」

 左手を差し出して、子供みたいな事を言ってしまった。

 彼女はほんの少しだけ目を見開いて、小さく溜息を吐いた。

「――――ごめんなさい、は?」

 かと思えば、こちらを睨み付ける様な目付きで言い放つ。

「えっ」

「ほら、早く」

「…………酷い事を言って、ごめんなさい……?」

「……まぁ、許しませんけどね」

「――――はぁっ!?」

 何だこいつ。何がしたいんだ。

「兄様は嘘吐きですから。喋る事は全部、嘘でしょう?」

 そう言って、顔を僅かに傾げて妙に目元と口元を歪めて笑う。どこかで見た事が有るなと思ったら自分の表情にそっくりだった。……腹立つ。言い返せない事が、一番腹立つ。お前の事は全部分かってるみたいな言い方しやがって。生殺与奪でも握ったつもりか。畜生。……畜生。


「…………どうだろうな。もう僕にも分からないんだ」


 半分自棄になって吐き出した言葉は、限りなく本当に近い。近いだけだ。どうせ後から嘘になってしまうのだから。そう思えば、何を言っても許される様な気がした。また、僅かにたじろいだ妹の表情を眺めていると、腹の奥から吐き気にも似た重苦しい感情が込み上げて来る事すら、言葉にしてしまえば、嘘になるのだ。彼女が言う様に、僕は嘘吐きだから。


「……でもね、昨日お前に言った事は全部、全て、何もかも、嘘だよ」


 それを聞いた瞬間に、ほんの一瞬だけ彼女は泣きそうな顔をして、こちらを馬鹿にする様に笑ってみせた。

「えぇ。そうでしょうとも。それ位の事が分からないとでも、お思いですの?」

 こちらを嘲る様に芝居がかった口調は、確実に僕の影響なのだろう。多分僕と同じ。内側に有る柔らかくて弱い部分を守る為の。何の意味も無い紙の盾だ。

「あぁ、そうだとも。僕に比べたら、お前はだいぶ馬鹿だと思っていたさ!」

 わざとらしく両手を広げて、笑ってやった。何時まで続くのだろう。この茶番劇は。あぁ、外から見ればこんな関係は歪で歪んでいて、きっと正しくない。でも、演技でも嘘でも、彼女の存在だけは嘘じゃないから。それでいい。

「……じゃあ、家までお送りしましょうか、馬鹿なお姫様」

 どうせふざけるなら、とことんふざけた方がいい。恭しくお辞儀をして手を差し出すと、意外にも振り払われる事は無かった。……まぁ、一々抵抗するのが面倒になったのだろう。

「……随分と年のいった王子様ですこと」

「父親が死ぬまでは、六十になったって王子様だとも」

「……じゃあ、私もそうなりますわね」

「そうともさ! 行き遅れってレベルじゃないね!」

 そんなどうでもいい、現実味の無い話をしながら僕らは手を繋いで歩く。傍から見れば異様な光景だろうけれど、仕方無いじゃないか。だってこんなに空気が冷たくて寒いのだから。僕はニット帽もマフラーもセーターもカイロも、勿論……手袋だって、嫌いなのだから。

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