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―――この後、どう言葉を続ければいいのか、分からない。僕は女を引っ掛ける時に何を喋っていたっけ? あぁ糞。どうでもいい相手なら何だって言えたのに! 謝る振りも、笑顔も、仕草も、完璧にこなせたのに! 何でこういう時に限って、何も出て来ないんだよ!?
「……で?」
彼女が冷めた目で僕を見遣った。
「……えっ……と。そうだな、だから……」
駄目だ何も思い浮かばない。そもそもだな。妹が出て行かなければこんな。いやいや。そうじゃない。何だっけ。僕は何を言おうとしてたんだっけ?
「…………帰ろう?」
左手を差し出して、子供みたいな事を言ってしまった。
彼女はほんの少しだけ目を見開いて、小さく溜息を吐いた。
「――――ごめんなさい、は?」
かと思えば、こちらを睨み付ける様な目付きで言い放つ。
「えっ」
「ほら、早く」
「…………酷い事を言って、ごめんなさい……?」
「……まぁ、許しませんけどね」
「――――はぁっ!?」
何だこいつ。何がしたいんだ。
「兄様は嘘吐きですから。喋る事は全部、嘘でしょう?」
そう言って、顔を僅かに傾げて妙に目元と口元を歪めて笑う。どこかで見た事が有るなと思ったら自分の表情にそっくりだった。……腹立つ。言い返せない事が、一番腹立つ。お前の事は全部分かってるみたいな言い方しやがって。生殺与奪でも握ったつもりか。畜生。……畜生。
「…………どうだろうな。もう僕にも分からないんだ」
半分自棄になって吐き出した言葉は、限りなく本当に近い。近いだけだ。どうせ後から嘘になってしまうのだから。そう思えば、何を言っても許される様な気がした。また、僅かにたじろいだ妹の表情を眺めていると、腹の奥から吐き気にも似た重苦しい感情が込み上げて来る事すら、言葉にしてしまえば、嘘になるのだ。彼女が言う様に、僕は嘘吐きだから。
「……でもね、昨日お前に言った事は全部、全て、何もかも、嘘だよ」
それを聞いた瞬間に、ほんの一瞬だけ彼女は泣きそうな顔をして、こちらを馬鹿にする様に笑ってみせた。
「えぇ。そうでしょうとも。それ位の事が分からないとでも、お思いですの?」
こちらを嘲る様に芝居がかった口調は、確実に僕の影響なのだろう。多分僕と同じ。内側に有る柔らかくて弱い部分を守る為の。何の意味も無い紙の盾だ。
「あぁ、そうだとも。僕に比べたら、お前はだいぶ馬鹿だと思っていたさ!」
わざとらしく両手を広げて、笑ってやった。何時まで続くのだろう。この茶番劇は。あぁ、外から見ればこんな関係は歪で歪んでいて、きっと正しくない。でも、演技でも嘘でも、彼女の存在だけは嘘じゃないから。それでいい。
「……じゃあ、家までお送りしましょうか、馬鹿なお姫様」
どうせふざけるなら、とことんふざけた方がいい。恭しくお辞儀をして手を差し出すと、意外にも振り払われる事は無かった。……まぁ、一々抵抗するのが面倒になったのだろう。
「……随分と年のいった王子様ですこと」
「父親が死ぬまでは、六十になったって王子様だとも」
「……じゃあ、私もそうなりますわね」
「そうともさ! 行き遅れってレベルじゃないね!」
そんなどうでもいい、現実味の無い話をしながら僕らは手を繋いで歩く。傍から見れば異様な光景だろうけれど、仕方無いじゃないか。だってこんなに空気が冷たくて寒いのだから。僕はニット帽もマフラーもセーターもカイロも、勿論……手袋だって、嫌いなのだから。