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瓶詰の地獄  作者: 灰色
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 僕が壊した。

 大して考えずに関係を持った。言わなければ分からない事で、言うつもりも無いからいいだろう。ばれたってシラを切り通せばいい。そんな風に疑う奴の方が異常者だ。

 それは実際その通りで。別に僕の生活にも、それ程変化は起こらなかった。僕の方は。……彼女は、どうだったんだろう? どうして僕はそれを考えなかった? ……今までそんな事を考える必要の無い相手としか、して来なかったからだ。そう。だから。僕は考えなかった。違う。違う? 彼女は、どうでもいい相手じゃ無かっただろう? だから、余計に考えるのが、怖かった。そうだろう、僕? だって。だって考えてしまったら。そんなの、耐え切れない。耐え切れる訳が無い。嫌だ。苦しい。息が、出来ない。


「……あの、お客様? 大丈夫ですか……?」


 店員の声で少しだけ呼吸を思い出した。ランチを運んで来たのだろう。顔を向けると、目が合った。息を飲む様子が窺える。僕の外見が好みなのだろう。大体の異性にとって魅力的に見える外見である事位、僕は十になる前から知っていた。恐らく此の女は尻が軽い。半自動的にどうやったら今日中に抱けるか考え始める。簡単だ。耳触りのいい事を言って、笑顔を作ってみせればいい。思ってもいない言葉を囁けば、それで。そんな事ばかりして来たから。

「……いえ。大丈夫です。ありがとう」

 出来るだけ穏やかに見える様に、微笑んでみせる。……僕のこれは、性欲じゃない。もっとおぞましい何かだ。呼吸をする為の。でも、もう意味は無い。代わりにすら、なりはしない。だから僕は大人しい草食動物みたいに静かにお腹だけを満たして、連絡先を書いた紙すら渡さずに、安っぽいコーンスープを口に運んだ。考えたくない癖に、傍には居て欲しかった。だから縛って壊して一緒に暮らして形だけ優しくしてみせて、自分の幸せだけ欲しがって、それで。それで、この様だ。目を瞑れば存在しないとでも思ったのか? そんな訳無いだろう。分かっていたのに。……本当に、そうかな。こんなの、ただの自問自答だ。結局僕は僕に都合のいい言葉しか吐かない。苦しんでいる振りをして、許されようとしているだけだ。もうその機会が永遠に失われているからこそ、僕は僕に都合のいい夢を見たがっている。此のまま、気が付かない振りをして、だらだらと過ごして、そして。その内に何もせずとも彼女が戻って来てくれる事を、待つのだ。

「……馬鹿じゃないのか」

 妹はそこまで馬鹿じゃないんだよ。気が付いていた癖に。あぁ、そうだな。だから、居なくなったんだものな。……違うだろう。お前は何で目を逸らすんだ。違わない。違う。プライドが傷付くか? もう守る必要の無いプライドが。そもそも、お前に守る価値なんか有ったのか? うるさい。彼女に傍に居て欲しいと言いながら、その為に最低限の努力もしないで、其の上自分を守る事すら中途半端で、そんな風だから。妹が働きたいって言い出しただけで取り乱したりしたんだろう?

 なぁ僕。

 それ位許してやれば良かったのに。……あぁ、違う。許すなんて考え方自体がもうずれていたんだ。分かってた。分かっていたんだ。彼女は僕のものじゃないって。そんなの関係が無いと思い込めればまだ幸せだったのに。そのまま、夢見ていられたなら。でも、でもそうしたら。それだって。僕は怖いんだ。もう、何が怖いのかも分からないのに。彼女の一挙一動が、恐ろしくて仕方が無い。それでも。

一人になる方がもっと、ずっと、怖い。

 だから引き止めた。


『馬鹿じゃないのか。お前みたいな奴が一人で生きて行ける訳、無いじゃないか!』

 最低な言葉を吐いた。

 いつもそうなんだ。

 いつも。いつも。いつも。いつも。

 傷付くのが嫌だから、僕は先に人を傷付けて庇うんだ。

 庇う価値も無いものを。……それで、何が残った? 何も残らなかっただろう? 本当に欲しかったものまで否定して、僕はどうしたかったんだ。どうなりたかったんだ。僕は。

『……何で、そうやって決め付けるの、兄様』

 妹の声は静かだった。彼女は悲しそうな顔すらしなかった。どこか諦めた様な表情を浮かべていた。僕がそう言う事しか言えない事を、知っている様な。何かを、待っている様な。

『何の事だか。僕は事実を言ってるだけだよ。此処を出て、どうするつもりなんだ。何処に行くんだ』

 何で僕はそんな事ばかりを聞いたんだっけ? どうでも良かったのに。そんな事。僕が本当に聞きたかったのは。そんな事じゃ、無くて。

『――――……どうして、兄様にそんな事を言わなくちゃいけないの?』

 こんな言葉でも、無かったのに。其の後僕は何を言ったのだったか、憶えていない。頭がガンガンしていたから、多分碌でも無い事を言ったのだと思う。妹は何も言わないまま、ただ目を伏せて、自室に行ってしまった。……自分は、どうしていたのだっけ。思い出せない。いいや、違う。思い出したくないだけだ。ただ、僕は突っ立っていた。追い駆けもせず、謝りに行く事もしないで。あぁせめて、自己満足でも何でもいいから、謝れば良かったのに。僕は其れすらしなかったのだ。何でかって? ……謝って、許して貰えなかったら、嫌だから。自分が、傷付いてしまうから。そうだ。僕は相手を自分で傷付けておきながら、それでも、自分が傷付く事に耐えられないんだ。左手で顔を覆って、其のまま頬を爪でガリガリと引っ掻いた。

 こんな、こんな男を好きになる人間が居るものか。

 居て、堪るか。

 頭では分かっているんだ。

 …………本当に、そうだろうか。

 行動に移せもしないのに、頭だけで言葉を捏ね繰り回して、それで分かっていると言えるのか? ……そっと、僕は歩みを進めた。何とか、妹の部屋の前まで来て。扉を叩こうとして。手が、止まった。

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