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瓶詰の地獄  作者: 灰色
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 その癖、身体の相性だけは良かったものだから、ややこしい事になったのだ。


 ……あぁ、そうだ。あの時は、妹を誘った時は、別に誰でも良かったのだ。断られたらそういう店に行くつもりだった。その程度の、感情。……半分は冗談だったし。若しかすると、相手も冗談だと思っていたのかも知れない。だから素直に着いて来たのかも知れない。まぁ、そうだよな。最初ヘラヘラ笑ってたものな。結局したけど。……何で、したんだっけ? それが、良く分からない。妹とするなんて、リスクが大き過ぎる。別に妹自身はどうでもいいけれど、世間にばれたら絶対に面倒臭いのに。高いお金を出して、店に行った方がずっといい。その筈、だったのに。相性が、良かったのだ。とにかく、物凄く、相性が良かった。今まで僕がしてきた事は何だったんだろうという位、良かった。うん。お蔭で他のセフレがどうでも良くなって、切ってしまう位には。だから、勘違いしたのだ。僕は。そして、妹も。そんな勘違い、長く続く訳が無いのに。僕は分かっていた。だから。


 彼女の勘違いを叩き潰した。


そこで、本当に、心から、突き離せば良かったのに。惜しくなったのだ。叩き潰しておきながら、僕は。だって。


「…………冷たい」


 もうすっかり、紅茶は冷え切っていた。せっかく温かい物を頼んだのに。何だか損をした気分になって、それを一気に飲み干した。コーヒーは結局、頼まなかった。

すっきりしない気分で、喫茶店を出る。空は晴れているのに風と気温ばかりが冷たくて、何だか騙されているみたいだ。目の先を行く人達はマフラーをしたり、ニット帽を被ったり手袋をしたりしていたけれど、僕はマフラーもニット帽も手袋も苦手だった。……マフラーは首が絞まるから嫌だし、ニット帽は妙にチクチクする、手袋はあの指や手を覆って来る感じが嫌いだった。セーター何か持っての他だ。チクチクする上に静電気が痛い。意味が分からない。お蔭で冬はコート位しか着る物が無い。……貼るカイロは、いきなり熱くなったりするから、使いたくない。だから良く、妹の手を握っていた。カイロみたいに熱くないし、大体いつでも温かかったから。彼女は冷たいとか、金属みたいだと言いながら、振り解く事はしなかった。前は頑張って振り解こうとしていたのだけれど、僕がしつこく何度も何度も握るものだから、諦めたのだろう。そもそも振り解くと手が冷えた頃に握られるので、体温が奪われるのだ。……何で何時もあんなに温かかったんだろうか。僕が、冷え性だから? それにしても、変な話だ。妹以外の女は、どうだったか思い出せない何て。……いや、違う。そういえば、僕は女の手を自分から握った事なんか、無かった。何時も相手に任せていた。別にどうだって良かったからだ。じゃあ、妹は、どうだったんだ。

……別に、どうでも、無かった。そう。そうだ。その筈だ。そうでなければ、おかしいのだから。だから、僕がした事は間違っていない。じゃあ、どうして捨てなかった? 他の女みたいに、飽きて、捨ててしまわなかった? こうなる前に。彼女が僕に対して思ってもいない嘘を吐いて、吐き続けて、耐え切れなくなってしまう前に。


 手が、冷たい。


 何でこんな寒い日に、僕は外へ出たのだっけ。もう家に帰ればいいじゃないか。まだ家の方が温かいだろう?


 そうかな。


 そうだよ。


 本当に、そうかな。


 ――――もう、家には誰も居ないのに?


「…………っ」


 酷く冷たい風が吹き抜けて、鼻の奥が痛んだ。眼球の表面は眼鏡越しでも冷え切っているのに、目の根元は何故だか熱を持ってどろりと歪む。急に鼻の奥が冷えたから、涙が出たんだ。それだけ。それだけだ。けれど、家に戻る気には、なれなかった。それならせめて、食事でも取ろう。そうだ。あの喫茶店で飲んだ紅茶以外、僕のお腹には何も入っていない。どうせならあの店で食事をすれば良かった。何だか今日は調子が悪い気がする。きっと、外の気温がとても低いからだろう。……冬は、嫌いだ。


 ふと、目に立ち寄ったファミレスに入って、適当にランチを注文する。


 ……前、入った事が有っただろうか。チェーン店は基本的に内装が似ているから、どこがどの店だったのかが分かり難い。まぁ、どこだって大して味に違いは無いからどこでもいいのだけれど。そんな意味の事を言うと

『舌が肥えている割に、意外ですわね』

と揶揄されたっけ。どちらかと言えば舌が肥えているのは妹の方で、ファミレスに入ろうとすると良く嫌そうな顔をされた。

『贅沢者め』

メニューを眺めながら唸る彼女にそう言えば。

『全部お兄様の所為です。お兄様の作るご飯が気持ち悪い程美味しいからです。意味が分かりませんわ。どうしてその有り余る才能が性格に行かなかったのかしら? ポイントの配分が雑ですわよね』

そんな言葉を返された。……あれ。酷くない? 褒めている様でその倍くらい僕貶されて無い? 気のせい? 

『ふぅうん? じゃあ、あれだな。お前は僕のじゃないと満足出来ない身体になってしまった訳だ』

『……言い方』

『別に、どっちの意味でも大して変わらないだろう?』

わざと首を傾げてそう言い返すと、あからさまに溜息を吐かれた。反応が冷たい。何時もの事なのだけれど。その割に、彼女は僕が誘うと付いて来るので、良く分からない。……奢って貰えるからかも知れない。でも、彼女にだってそれなりの収入は有った筈だ。僕と暮らす様になる前は。そう。僕と暮らす前は、普通に働いていた筈だ。別に職種に興味が無かったから聞かなかったけど。多分普通に他人との関わりも有って、多分……僕以外の男と付き合った事だって有ったんだろう。実に健全で、真っ当に生きていたのだろう。

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