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緩やかに繋がる

作者: 本田小五郎

僕らはこの世界に降り立つと時を同じくして、持つべき言葉を失ってしまった。


与えられたのは体を覆うためのぶかぶかなコート1着のみで、紙もペンも他には何もない。


口を開いても声は出ない。

だって、僕らには舌がないから。


とてももどかしくて、とても切ない。

この広い世界を歩いていくには、とても心細い。


けれども僕たちはそれでよかった。


天に召されるまでのほんのわずかな時間、僕たちは言葉もないまま出会い、別れ、また歩き出す。


僕たちはそれでよかった。










僕らは誰一人の例外なく、空を駆けることができる。

高層ビルの屋上だとか、電柱、飛行船を足場にして、いくらでも飛び回れた。


音を置き去りにしてジャンプするたび、僕らは海を越え山を越え新しい土地に降り立つことができる。

疲れたりはしない。お腹が減ったりもしない。


運が良ければ、僕らは同胞に出会うことができる。

例えば電波塔の上で。例えば雪山の山頂で。

ぶかぶかのコートを羽織り、かろうじて口元が見えるくらいまで深くフードを被っている。変な格好をしているけど、もしそう思ったなら一度鏡を見てみるといい。



そして。

僕はとあるマンションの上に降り立った。理由はない。風のゆくまま気の向くまま、それが僕らだ。


そこには先客がいた。屋上のヘリに立って、くねくねと揺れている。落ちてもとくに問題は無いから、僕は落ち着いてヘリに腰掛けた。

するとくねくねと体を揺らしていた人は急に動きを止めて隣の僕を向いた。腕を振り回し、目に見えてあたふたとしている。

やがて収まりがついたのか、その人は僕の隣に腰を下ろした。そして、僕と同じように星を眺めた。


僕らの頭上には満点の星空が広がっていた。ご丁寧に星座が線で結ばれている。

太陽は浮かんでいないのに、星のひとつひとつが小さく輝いて、こんなにも夜空を照らしている。手を伸ばせばひとつくらいは僕のものにできそうなほど、たくさんの星が輝いていた。


どれだけ星を眺めていただろうか、不意に、僕にあの人がもたれかかってきた。


急に立ち昇るロマンスの予感。

ああ、星空が僕らを結びつけたのか。

言葉がなくとも、僕らには心があるではないか。


白馬の王子様は、ここに、いますよ。


予期せぬ出来事に心臓が高鳴りしたけれど、その人はハッとしたように立ち上がり、フードの中に手を入れて目をこすっていた。

どうやら眠かっただけのようで、ロマンティックな香りも、いっかくじゅう座のフェイトスレッドも、全部僕の幻想だった。


その人はもうここを飛び立とうとしているようで、最後に気落ちする僕へと手を差し伸べた。

握手かな。

そう考えた僕だったけれど、その人は手を握るやいなや僕の体をグイッと引き上げた。


首をかしげる僕に、その人がその場でコートを翻しながらクルクルと回って見せた。

パンパンと手を叩き、もう一度僕に手を差し出す。

ダンスのお誘いのようだ。



言葉はなくとも、僕らの体はいくつかのことを憶えている。

一度踊りだせば、あとは体が勝手に動いた。

夜空はとても静かだ。ステップやターンで擦れる音が、とても大きく感じる。


手を取り合い、時には手を離し、足並みを揃えて踊りあう。

ごくごく短い、一生のうちのほんのワンシーン。それはうたた寝に見た夢のようであったけれど、紛れもない確かな一時であった。


一生手放したくないそんな瞬間も、数分のうちにたち消えてしまう。

ダンスの締めまで完璧に決めて、僕らの間に星が舞った。

星は夜空へと飛んでいき、瞬いて消えた。


僕は感謝を伝えようとあの人の手を取った。

言葉はなくとも、伝えられる手段はある。

子どものように、大袈裟なくらいに握手してやろうとして、あの人の手がスルリと僕の手から離れた。


そのまま、止める間もなくあの人はバッタリと倒れてしまった。

顔面から思いっきり、受身も取らずにガッツリといった。

ああ、あれは痛そうだ。


僕の目の前で、あの人の体が包帯のようにシュルシュルと解けていく。

足先から頭のてっぺんまで、順に輪郭を崩していく。

あの人が眠たそうにしていたことを思い出して、解けた包帯が天に昇っていくのを見上げながら、僕はそっかと合点がいった。



あの人は寝落ちしてしまったのだ、と。






そりゃあくねくねダンス(深夜のテンション)を見られたら誰だって慌てふためくでしょう。


緩やかに繋がるオンライン、僕はとても大好きです。

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