1.1
晩秋の陽はすでに高く、太陽光が降り注ぐこの芝生の上では、心地よさはこの上なかった。
こうして目を閉じていると、日々の喧騒も忘れられる。まぶたの裏にも青い空が映りこんでくるようだった。
彼にとっては、芝生の上で大の字になり、風の音に耳をそばだてている時間がもっとも開放的な気分に浸れる、数少ない機会であった。
「あ、リベルトさーん!」
ふいに彼の名を呼ぶ声がした。
「なんだよ、折角うとうとしてきたところだったのに」
リベルトはやや気だるそうに身体を起こす。すると、彼を取り囲む城壁が嫌でも目に入った。これを見るたび、どうしても閉塞感を感じずにはいられない。
「まあまあ、そんなに怒らないでくださいよ」
リベルトの部下であるロッコが決まりの悪そうな笑顔で返事した。
「またここにいたんですか? 好きですね、この裏庭」
「ああ、ここは気持ちいいよ、全部忘れてのんびりできる」
「さすがの稀代の兵姫士技師・リベルト先生もストレスが溜まるんですねえ」
けらけらとロッコは笑う。この男の能天気な態度からはストレスなど微塵も感じられない。
「ほっといてくれ。んで、何の用?」
「あ、そうでした。最終試験がさっき終了しました。全五台の試作機とも、ほぼ正常に動作していることが確認されました」
「そうか、ならよかった。それにしても、ずいぶんと早く終わったね」
「そりゃあ、稀代の兵姫士技師・リベルト先生の作品ですから! 不安定な動作などありえません!」
「いちいち稀代の、とか付けるの、やめてくれない? 割と言われる方としては恥ずかしいから」
そうは言うものの、内心今回の兵姫士の出来には満足していた。今回の製作で七回を数えている。前回までの試作で大方のプログラムのバグは排除できたはずだ。
兵姫士はその特性上、いかなる反逆も許されるわけにはいかない。お国のため、人の変わりに戦場に送られるのが使命のヒューマノイド、それが兵姫士である。
「さて、あとは兵姫士自身がうまく学習してくれるといいんだけど」
「そうですね。初代の、起動した途端『ジュウデンヲオネガイシマス』事件からすれば、すごい進歩ですよ」
「ま、まあ...あれは完全な事故だ。あの状態で報告会に出したときは心臓が飛びでるかと思ったよ」
そう言ってリベルトは苦笑した。ロッコとの能天気な会話がやや気晴らしになった気もする。
「だけど、試作機とはいえ今までテストした個体たちを自ら廃棄する俺の気持ちにもなってみてよ。自分の娘を自分の手で殺すようなものなんだぞ?」
「まあ、苦労した成果ですもんね。...でも、開発者として試作機に情を入れてしまうのもどうかと思いますけど」
一瞬眼光を鋭くしてロッコは言い放った。
「確かにそうだけど...」
このロッコという男はいい加減なことをいっていることが多いのだが、たまに痛いところもついてくる。とりわけ、リベルトが自身の兵姫士への思い入れを語るたび、その傾向が顕著になった。
ロッコ自身は、常日頃兵姫士と深く心を通わせるべきではないと語っている。兵姫士はあくまで兵器、それが兵姫士の本来の役割ではなかったか、と彼は漏らす。
ロッコは意外にも弁がたつ。あまりに反論するとよくない方向に進みがちなので、リベルトはこうなったら表向きには軽く受け流すことにしている。
「よしよし、休憩はおわり!」
無理矢理会話をぶったぎるように叫び、リベルトは勢いよく立ち上がった。
「戻ろう。兵姫士の状態を確認したい」
「はい、すぐに準備いたします」
ロッコもさっと後ろについてきた。さっきの会話は特に気にしていないようである。
ーー自分の作った娘を娘と言って何が悪い。俺にとっては家族みたいなものなんだ。
内心ではそう思いつつ、なるべく柔和な表情を取り繕いながら、リベルトは兵器倉庫へと歩みを進めた。