*懐抱*-kaihou-
俺、乾 元気。二十五歳。
保険会社に勤めている。
担当は営業。
そんな俺には好きな人がいる。
その人は、俺と同じ会社にいる、数基 卓也さん。三十四歳。
身長は百八十五センチはあるんじゃないかな。すらっとしたモデル並みの体型。
襟足よりも短めの黒髪。すっと通った目鼻立ち。
眼鏡をかけているせいもあってか、ものすごく理知的に見える。
すごく格好いいのに、全然気取ってなくて――。
笑うとえくぼが出て、可愛くて――。
だから女子たちからは人気の的だ。
もちろん、彼は見た目と同じく、経理部に所属している。
彼はやっぱり、とても頭が良い。
対する俺は、元気なことしか取り柄がない。
容姿だって目は大きいし、いまだに大学生と間違えられるし。天然パーマだし、地毛でも髪の色素が薄いせいか、学生時代はいつも染めているのと勘違いされていた。
そんな数基さんと俺は、担当場所も違うから、一見、接点はないように思えるんだけれど、彼の真面目な性格で、俺と思わぬ接点を生んだ。
というのも、営業部はアポイントを取るのに大忙しで、一日中足を使う。
退社するのは、みんなよりも遅い。
それで、経理の数基さんは、月末になると大忙しで、夜遅くまで数字とにらみ合っている。
それは例のごとく、夕日が沈みかけた頃。
俺の仕事が一段落して、会社に戻った時だった。
帰宅前にひと休みしたくて、お茶を汲みに休憩室へ行った時かな。数基さんとたまたま居合わせたのがきっかけ。
そのこともあってか、数基さんは、月末になると、退出するのが遅い俺を食事に誘ってくれることがあった。
この恋は秘密だ。
だって知られたら、気持ち悪がられる。
食事にも誘ってくれなくなって、話してくれなくなる。
……そんなの……堪えられない。
んで、俺は今、どこにいるのかというと、数基さんの自宅前にいたりする。
今日の仕事も無事に終え、いつもより早めに帰宅することができたからお見舞いにやって来た。
時刻は夕方の6時。
同じ経理部の人から小耳に挟んだ話によると、彼はなんでも昨夜から徹夜で仕事をしていたらしく、風邪を引いたらしい。
今日は会社を休んだとか。
どうにも気になって、ついにやって来てしまった。
ピンポーン。
何も考えずにインターホンを押す俺。
あ、彼女さんとかいたらどうしよう。
インターホンを鳴らしてから気がついた。
夕食に誘ってくれた時、たしか数基さんはひとり暮らしだと聞いたけれど、彼女さんがいるかどうかは聞いてなかった。
……彼女さん、いるよな、やっぱ。
あんなに格好いいんだし……。
どうしよう。
気持ちの整理もしてないのに、今、彼女さんと居合わせたら、かなりヘコむ。
なかなか出てくる気配がないのは、眠っているからだろうか?
それとも、彼女さんといるから?
「……っつ!!」
彼女さんとふたりきりのところを想像して、居ても立ってもいられなくなって、ドアノブを回した。
ドア、開いてるし。
勝手に開けた俺が言うのもなんだけど、ちょっと不用心なんじゃない?
「数基さん~」
玄関越しから呼びかけてみるけど、返事がない。
足下には、一足の靴。
どうやら誰もいないようだ。
そこでふと頭に過ぎったのは、数基さんが部屋の中で倒れているところだ。
「失礼しま~す」
俺は素足になると、数基さんの寝室を探す。
玄関から真っ直ぐ伸びた廊下を進み、途中にある寝室と思しき部屋の前に立った。
コンコン。
「数基さ~ん?」
ドアをノックしてみても、やっぱり返事は聞こえない。
玄関のドアと同じく、勝手にドアノブを回して入ると、そこには、下半身がベッドからはみ出た数基さんが倒れるようにして横たわっていた。
長い足が上掛け布団から飛び出している。
俺は慌てて、数基さんに歩み寄り、額に手を当ててみる。
熱あるしっ!!
数基さんの足が隠れるように、上掛け布団を掛けてやる。
すると、頭上から掠れた声が聞こえた。
起きたのかな?
「もう、ちゃんと寝てください! 徹夜なんてダメですよ。働き過ぎですっ!!」
うっすらとひらく目。
俺は静かに、数基さんに説教をする。
グイッ。
「っへ? うわわっ!!」
突然、布団の中から腕が伸びてきて、身体が引っ張られた。
自分の身に何が起きたのかわからないまま、呆然としていると……。
「好きだ」
頭上から、掠れた声がそう言った。
えっ?
告げられた言葉に反応できず、固まる俺。
そして理解した今の状況。
ベッドの上にいる数基さんに抱きしめられているってことだ。
数基さん?
好きってなに?
ひょっとして誰かと間違えてるのか?
だって俺、男だし。
好きとか、有り得ないでしょ。
いや、そりゃね、俺は数基さんが好きだ。
だけど常識的に考えたら、それは有り得ない感情だ。
常識人の数基さんだもん、同性を好きになるなんて、まず考えられない。
「好きなんだ、乾君……」
俺を抱きしめる腕が、よりいっそう強くなる。
好き。
また、そう言った。
しかも、今度は俺の名前付きで……。
「目が覚めてから、告白は何かの間違いだったなんて言われても、俺、聞き入れませんよ?」
ボソッと言った声は、数基さんの寝息に包まれてしまった。
そっと様子を窺えば、心なしか、数基さんの口元が弧を描き、笑っているように見えた。
「俺も好きです」
数基さんが起きたら、もう一回言ってみようか。
彼はいったいどんな反応を見せるだろう。
俺は、数基さんの腕に包まれたまま、そんなことを考えた。
擬人化をしたのは、乾電池×電卓ですた。初めてメンズラブに挑戦してみました。まだまだですが、お楽しみいただけたなら嬉しいです。