*発火*-hakka-
「ねぇ、知ってる? 転校してきた彼のはなし」
「知ってる知ってる。なんでも前いた学校で暴力沙汰になって停学くらったって。それで居づらくなってこっちに来たって噂じゃない?」
「え? 髪も染めてないしそんなふうには見えないけど?」
「そういうのが一番危ないんじゃない?」
「うわっ、もうすぐ受験シーズン突入だし、内申書にひっかかるのマジ勘弁。俺、かかわらないようにしようっと」
机に突っ伏した俺の周囲でボソボソ好き勝手に話している奴ら。
だけど俺は知っている。
そんな奴らにかぎって、俺と目が合うと怯えて何も言えない臆病者だということは――……。
前の学校で、暴力沙汰になったのは本当の話。
だから今さら、弁解するつもりはない。
ただ、内容は真実とは異なっているのではあるが……。
あるひとりの教師が、引っ込み思案な生徒ひとりを標的にして恐喝まがいなことをしていたんだ。
俺はただ、それにぶちキレて殴っただけ……。
俺が全面的に悪いのではないが、いかんせん、俺は向こうの学校で授業はサボるわ勝手に帰るわの適当人間。
だから当然といえば当然、学校側は俺の話なんか聞こうともしなかった。
恐喝されていた生徒は、先生からの仕返しを恐れて真実を捻じ曲げ、理由もなく俺が暴力を振るったっていうことにしやがるし……。
ただ、俺の性格を知っている両親だけは味方でいてくれた。
そんな状況でその学校に通学しても俺が居づらいだけだと判断し、そうして前住んでいた家から車で約一時間のこの土地で新しい生活を余儀なくされた。
引越し先が田舎ということもあってか、うわべだけの噂はあっという間に学校中に広まった。
わざわざこの忙しい季節に転校してくる奴なんて滅多にいない。
だから噂が本当だと信じる奴は多いだろう。
そんなこんなで、転校したての俺はやっぱり前居た学校生活と、状況はなんら違いはない。
――人間なんて信用できねぇ。
どこにいたってそれは同じ。
だから誰に何を言われようと別にいい。
そう思っていた。
少なくとも、転校先でソイツに会うまでは……。
「俺、炎 愛峰。よろしくな、天道 白夜」
俺と同じ日本人特有の黒髪に、健康的な肌色をしたソイツ。
だが、笑うと右の頬にえくぼができる、人懐っこいソイツは、根っからの行動派。
常にクラスの中心にいて、イベントごとが大好きで、メンドくさい委員長なんかも進んでしている。
俺よりも少し背が高い、すらっとした体型のソイツ。
俺とは正反対の性格をしたソイツが、満面の笑みを向けて、そう言った。
「白夜、白夜!!」
俺を名前を気安く呼ぶソイツは毎回、俺に付きまとってくる。
こいつ、前のガッコであった俺の噂、聞いてないわけ?
普通なら、受験シーズンのこの時期にトラブルメーカーになり得る存在は避けるはずだ。
それなのに……。
なんなんだよ。
付きまとうなよ、鬱陶しい。
人なんて所詮、裏切るだけ。
自分が一番可愛いんだ。
そうだろう?
そうやって人と関わることにうんざりしていた俺は炎から逃げるように無視し続けていた。
だが、我慢の限界はやって来る。
いつまでも付きまとわれるの、正直、精神的に追い詰められる。
「なんで俺の周りをうろつくの? そういうの、迷惑なんだけど」
帰り道、同じ方向だからといつものように俺の後を着いてくる炎に振り返りもせず、ツンケンした態度のままそう言うと……。
「……ひと、め、惚れ、した、か……ら」
いつだって自信満々で、大声で、ハッキリとした口調の炎。
それなのに、彼は小さな声でぼそりとつぶやいた。
当然、俺は炎が何を言ったのかわからず、振り返る。
すると、腕で口元を隠している彼の姿があった。
炎の顔は耳まで真っ赤だ。
夕焼けよりも赤い。
身長は、炎の方が高いはずなのに、なぜだろう。
今は炎がものすごく小さく見えた。
……可愛い。
ふと、そんなことを思ってしまう俺はどうかしているのかもしれない。
炎のそんな顔を見るのは初めてで、つい動揺してしまった。
……トクン。
顔を朱に染めた炎を見た瞬間、俺の心臓が大きく鼓動する。
手を伸ばし、腕を引き寄せると、ビクンと震える彼の体。
可愛い反応に思わず笑みがこぼれてしまう。
そんな俺の表情を見た炎は、見つめ返してくる。
揺れる瞳があまりにも綺麗で、気がつけば、炎の唇を奪っていた。
……炎の熱が、俺の胸に引火した。
はい。何の擬人化かというと、炎×マグネシウムで書いてみました。
マグネシウムといえば、揮発性。ということで、マグネシウム君は炎に引火してもらいました。