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ガジェット・ワールド/プロローグ  作者: 饂飩滲みるは
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第ヨン章

 ガンガンガン!


 玄関戸を叩く音で目が覚めた。腕のタグホイヤーを見るともう朝の8時過ぎだった。あれから4時間近くは眠れたらしい。


「亮介、開けてよ!」


 ん?この声は亜理紗か。亮介はあくびをかみ殺しながら、玄関の扉を開いた。


「おはよう」


 亮介が頭をボリボリと掻きながら扉を開けると、そこには透け透けの洋服を着た亜理紗が立っていた。

 中2病的にはここであたふたと真っ赤な顔をするところなんだろうが、自分が物を透かして見る事実を感づかれないように亮介はぐっと堪える。逆に亜理紗のほうが真っ青な顔であとずさる。


「りょ、亮介?」


 亮介はレベル2の肉体をしている事をうっかりと忘れていた。


「いやあ、ちょっと昨日急に大人になっちゃってね。はははっ……まあ、入れよ」


 そこまで言った時、扉の陰に亜理紗の両親もいる事に気が付いた。


「あ、ご無沙汰しています。どうぞ、ご一緒にお入りください」


 亜理紗とは小・中と幼馴染なので、両親とは前々から家族ぐるみのお付き合いがある。

 亜理紗の父親は50前後のちょっとメタボっぽい体型で身長は170センチ前後、人の良さそうな顔つきをしている。母親は小柄で150センチ前後、痩せぎすでさすが亜理紗のお母さんと思われるような整った顔立ちだ。「亜理紗は絶対母親似だな」と亮介は思った。


 亮介は爽やかな笑顔で亜理紗の両親に笑いかけ、3人を家に招きいれた。

 ダイニングでは既に母の渚とつばきが起きて待っていた。


「ええっと、また会おうとは言ったが……ご両親が一緒だとは思わなかったよ。何かあったのかい?」


 亮介は亜理紗の隣に座ったご両親にチラチラと視線を向けながら彼女に聞いた。

 亮介は「亜理紗の母親も透けて見える……」と心で舌打ちをする。


「……ひどい目にあったわ……」


 亜理紗は嫌な顔で話し始めた。


「……昨日亮介と別れてから家に戻ったんだけど、その時はもうお店がメチャクチャになってた。まあ、殆んどの食料品店は全て略奪されてたんだけど、家みたいな小さなパン屋まで襲わなくたっていいじゃない? お父さんとお母さんは無事だったけど店舗兼住宅だった家は半分解体された有様で、仕方なく裏の作業場で夜を明かしたのよ」


「あら、それは大変だったですわね」

 母の渚が横合いから合いの手を入れた。


「それで、朝になって三人で作業場に置いてあった小麦粉を背負ってあんたのとこにやってきたって訳……」


 亜理紗は嫌な事を思い出したのだろうか、口を尖らせて言葉を結んだ。


「申し訳ないとは思いましたが、娘の亜理紗に強く説得されまして鋼伝寺さんの処に押しかけてしまった次第でして……」


 亜理紗の父親が言い辛そうに付け足した。


「……水はないし、鍵が掛る場所もないし、何にもないんだよね。お願い、亮ちゃん、何とかして」


 亜理紗は亮介を拝むようにして言った。


「確かに、こんな事態になったら、お互いに助け合わないと命の危険があるよな」


 亮介は苦笑しながら言った。渚もつばきもそうだと頷いている。


「俺は昨日夜遅くまで町の中をうろついてたんだけど、アーケードなんか酷い有様だったからな……」


 亮介は昨夜の様子を亜理紗と彼女の両親に語って聞かせた。三人はその話を聞いて改めて青い顔をした。


「俺の観察と分析では、この現象は地球規模で起こった可能性がある。人類が造り出した工業製品の内、高度な自動生産で作り出された製品は全てガジェット化してるだろう。例えばこの時計だ」


 亮介は自分の腕にはまった時計を見せて言った。


「この時計は職人の手作業によって作られた為、この通り動いているが、水晶発信ムーブメントとか電池駆動の時計はガジェット化して使い物にならない。また、大量生産された化学繊維もガジェット化して強度が落ちている」


 亮介はそこで亜理紗の透け透けの上半身にチラッと目をやった。「亜理紗の乳輪でけぇ」などと思っている。


「単純に素材を変形させた銅パイプや鉄管などはガジェット化してないけどそれ以上の加工がされている製品は全てガジェット化してると思った方がいいな」


 彼はそう結論付けて一旦全員の顔を見回した。


「問題は治安の悪化だ。無線も有線も機能しなくなった時点で、この日本という国は無くなったと思った方がいいな。生きる為には食料が必要だけど、俺は安定的にその食料が得られるのは海だけだと思っている。現在は夏で水田には稲が栽培されているが、それが収穫できるのは早くても後2ヶ月は掛るだろう。その間こんな小さな町に2か月分の食料が備蓄されているとはとても思えないから、海に出て海産資源を採取するしか当面の食料を確保する手段が思いつかないんだ」


 亮介は眉を八の字に寄せながらそこまで説明した。皆は神妙な面持ちで亮介の話を聞いている。


「それで、俺の結論だが、港の工場地帯に今すぐ移動したいと思っている。長壁さん一家も俺達と一緒に行きませんか?」


 亮介はそう言って亜理紗の父親を見た。

 亜理紗の父はじっと腕組みをしながら亮介の話を聞いていたが、おもむろに腕組みを解くとテーブルに両手を付いて頭を下げて言った。


「……亮介君の話は的を射ていると思います。私は不甲斐ない父親ですが、妻や亜理紗を何としてでも守りたい。もしよかったら私達も一緒に連れて行って下さい。この通りお願いします」


 亮介は恐縮して「どうか、頭をお上げください」と慌てて言った。


「こちらこそ宜しくお願いします。現状パン職人の長壁さんがいてくれれば、俺達の持っている小麦粉からパンとか焼いてもらえそうなんで……」


「そうですよ、わたしも勤めていたスーパーから小麦粉をいっぱい持ってきたんですよ」

 母の渚がニコニコしながら言った。


「兎に角、うちと長壁さん家族全員で協力し合って生き延びるのが先決ですよ」


 そう言った亮介の言葉に皆は頷いた。


 亜理紗はそんな亮介を熱っぽく見詰めている。


「これは我々にとって必要な物ですから、長壁さん達も持っていて下さい」


 亮介は足元に置いてあった革鞄から腕時計を3つ取り出すと三人に渡した。時刻は8時30分を少し回ったあたりを指している。三人は「おお!」と驚きながらそれを受け取った。


「何はともあれ、早速大移動を開始しましょうか?母さんやつばきも用意はいいね?」


 亮介はイスから立ち上がって言った。


 亮介は亜理紗や長壁夫妻にはガジェットの仕組みなどは詳しく説明していなかったが、港で拠点を見つけるまではまだいいだろうと思っていた。


 亮介は三々五々に出立の準備をする皆を見ながら、「これからが、本当に厳しいのだ」と自らの気持ちを引き締めるのだった。



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