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ガジェット・ワールド/プロローグ  作者: 饂飩滲みるは
2/19

第イッ章

 始まったばかりのゲームで説明書も無い状態ならば、出来るだけ早く価値のある物を多く集めた方が、有利な条件でゲームをプレイすることが出来る。特に、それが自らの命や家族・友人の命を左右するであろう場合は、初期の迅速な行動が非常に重要になるのだ。


 亮介は日頃からMMORPGで鍛えた『灰人』理論を実践すべきだと考えた。


 亮介は表に飛び出すと、さっき交通事故があった場所を探した。案の定そこにはかなりの量のガジェットが散らばっている。彼は素早くそれを拾うと少し離れたホームセンターへと向かった。


 そこはもう既に酷い有様だった。周辺の人間が店の中からペットボトルや米の袋を担いで出てくるところだった。

 この世界が『ガジェット・ワールド』に変化してからたった3時間位しか経ってないが、全ての通信手段が不通となって警察もいないとなれば、不安に駆られて水や食料品を買出しに来るのは当たり前の事だ。だが、レジが動かなかったり、カードが使えなかったりしたら、いくらお行儀がいい日本人だって略奪が起こるのは必然だろう。


 亮介は殺気立った人間を刺激しないように、破壊された入り口の隅からスルリと身体を店の中に滑り込ませると、大乱闘が起きている食料品売り場を迂回して、電動工具売り場に直行した。


 電動工具売り場に人は殆んどいなかった。

 彼は隣接する材料売り場から、長さ1メートルほどの無垢の鉄の棒を取り上げて、それが『素材』である事を確認すると、近くにある電動工具や電化製品を片っ端から破壊し始める。


 元の世界では器物損壊に当たるだろう。それでも、食料を略奪している人間より罪は軽いはずだ。

 電子レンジ、洗濯機、エアコン、パソコン、大型テレビ、携帯、電気工具……様々な物が壊れ砕け散った。


 亮介は手当たり次第に、破壊できる物は破壊し尽した。彼を止める物は居ない。怖がって近づいてこないのだ。

 そして亮介は集められるだけガジェットを集めると素早くホームセンターを後にした。


 亮介は走り続けた。次の目標は駅の向こう側にある自衛隊の駐屯所だ。

 人々はまだ『ガジェット・ワールド』のガジェットの意味に気付いていない。ガジェットを大量に確保するチャンスは、今しかなかった。


 亮介は歩道橋に迂回するのを嫌って、線路沿いのフェンスを乗り越えると、駅の敷地内を向こう側に抜けようとした。すると、目の前に脱線した車両と、ホームの端当たりの線路上に大量のガジェットが落ちているのが目に入った。


 きっと、暴走した列車が衝突して、中の人間ごと大量のガジェットになったのだろう。


 かれはその場所に寄り道すると大量のガジェットを回収し始めた。物凄い勢いで消えていくガジェットの下から、血だらけの服が大量に出てくる。彼はそれを見て一瞬ゾッとしたが、頭を左右に振るとガジェットの回収に集中した。


 ガジェットの大部分を回収すると、亮介は再び駐屯地を目指して動き始めた。


 ここまで約1時間、走りっぱなし、動きっぱなしで息は乱れ、喉もカラカラだったが、焦る心が彼の足を益々速めた。


 駅の向こう側に抜けるとそこには、警官と自衛隊員が4~5人立っていた。


 すると、一人の警官が彼の姿を見て声を掛けてきた。


「君、そんな物持って危ないじゃないか」


 亮介の持っている細い鉄の棒が気になるようだ。その声に他の警官も自衛隊員もこちらを振り向く。

 自衛隊員は自動小銃を肩にかけているが、それは既に使い物に成らなくなっている事は、彼には判っていた。


「護身用です。お巡りさんこそ、こんな処で何をやっているんですか? 駅の向こうでは食料品の略奪で酷いんですよ?」


 亮介は無理矢理息を整えながら言う。


「我々は、列車事故で怪我をした人たちを救出した処だ。駅の向こうは、西駐在所の管轄だから、我々は手が出せないのだよ。で? 君はどこに行くのかね」


 最初に声を掛けた警官が言った。「それは言い訳だろう? 武器が使い物にならなくてびびってんだろ?」と思ったが、それは口に出さない。


「僕の妹が、あそこのファミレスで働いているので、無事かどうか確認しに来たんですよ」


 亮介は1ブロックほど先のファミレスを指差して言った。最終目的は自衛隊の装備強奪だが、妹のつばきがそこで働いているのも事実だ。


「まあ、それならここを通っても良いが、その鉄棒は置いていきたまえ」


 別の警官がそう言うと亮介から鉄棒を取り上げた。彼も面倒な事に成らない様、すんなりと鉄棒を渡した。


 そして、彼は小走りに駅前を離れると、まだ閉鎖されていないファミレスの入り口に駆け込んだ。


「あ、お客様。本日はもうお店は閉めますのでご入店はお断りしているんですが?」


 そこでは店の支配人が、ウェートレスを集めて何かを説明している最中だったようだ。


「鋼伝寺つばきは、おりますか? 兄の亮介ですけど」


 彼は支配人に言った。


「お兄ちゃん? どうしたの?」


 通路に並んだウェートレスの一人が、彼を見つけて声を上げる。つばきは彼の一歳下の妹で同じ学校の一年だった。


「至る所で暴動が起きてるからね、お前の事が心配で、様子を見に来たんだ」


 彼は心の中で思っていたことを言った。「ほんとはついでなんだけどね」と心の中では呟く。


「ええ? 只の停電じゃないの?」


 つばきは、驚いて聞いた。


 妹の返事を聞いた亮介が鋭い目で支配人を睨むと、彼はばつが悪そうに顔を逸らす。

 こいつらは、まだ無くなった日常に捕らわれている。何も変わらないと思い込もうとしているのだ。


「つばき、ちょっとこっちに来い」


 亮介はそう言って、つばきを奥の厨房の方に引っ張っていった。


「ああ、ちょっと君……」


 支配人が静止するが、彼は無視してつばきと厨房に入っていった。


「いいか、つばき。この世界は今とんでもない事になっている」


 彼はそう言いながら、厨房の壁にぶら下がっている包丁を片っ端からステンレスのテーブルの角で叩いて壊していった。それらは、殆んどがガジェットになってしまう。

 妹のつばきは、そんな兄の様子を目を丸くして見ていた。


「お前も今見てる通り、文明が作り出した製品がこんな風ににブロックに変わってしまうんだ。何故だか分らないが、停電が始まった瞬間から、この世界に変化が起きている」


 亮介は妹に話しかけながら包丁をどんどん壊していったが、やっとブロックにならない柳刃の包丁を見つけるとそれを雑巾で包んで腰に挿した。


「テーブルの上の、ブロックに触ってみろよ」


 彼は妹にそう言ったが、彼女はいやいやをして触ろうとしなかった。

 亮介は彼女の手を掴むと強引にブロックの山に触らせた。


「な、何これ?」


 自らの手の下で次々に消えていくブロックを見て、彼女は驚いた。


「見た通りさ、ここはゲームの世界らしいんだ。おまえもMMORPG好きだよな?」


 つばきは半信半疑だったが、兄の言葉に頷いた。


「今から、母さんを探して家に戻るんだ。町では食料の略奪が始まってるから、理性を失った男には気をつけろよ。ほら、これを体のどこかに隠しておくんだ。いざとなったら使え」


 彼は叩きつけても消えなかったもう一本の小さな出刃包丁をつばきに渡した。


「いいか? 帰る途中こういうブロックが落ちていたら、出来る限り回収して帰るんだぞ」


「お兄ちゃんは? どこにいくの?」


 彼女は店の裏口から出ようとする亮介に言った。


「俺は他の人間が、このブロックの事実に気付く前に、できるだけ手に入りにくいブロックを集めなきゃならない。できるだけ早く家に戻るから心配すんな」


 彼はそう言って店の裏口から通りに忍び出た。

 亮介は警官や自衛隊員に見つからないようにしながら……といっても駅前に居た自衛隊員と警官を除けば、路上でその類はまったく目にしなかったが……自衛隊駐屯地の裏側に回りこんでいった。


 亮介は自衛隊の敷地のほぼ裏手に当たる小さな公園に到着した。人気は無く日が暮れかけている。

 世界が『ガジェット・ワールド』に変化してから、5時間近くが経過していた。


 彼は公園の隅に自動販売機を見つけて立ち止まった。喉がカラカラに渇いている。

 彼はその自動販売機を思い切り蹴飛ばした。

この販売機も破壊できる物つまり『ガジェット化』してるはずだが、流石に彼の蹴りぐらいでは壊れてくれない。


 彼は腰に手挟んだ柳刃包丁を取り出すと、それをじっと見詰めて、ダイヤモンドの刃を持ったチェーンソウのイメージを強く思い描いた。

 すると、視界の隅にカウントされているガジェットが消費される気配がして、包丁が別の物に変化した。包丁の形状そのものに変化は無かったが、刃の部分が高速で振動する何かで霞んで見える。SFで言うところの分子振動ブレードだろう。


 彼がその包丁で自動販売機を切りつけると音も無くバターのようにその外装を切り裂いた。その傷を見て彼は満足に微笑んだが、販売機はまだガジェット化しない。次に彼は料金の投入口を切りつけた。すると販売機はガジェット化して中身の飲み物がどどっと地面に落下した。


 どうやら物を壊すコツが解って来たようだ。ガジェット化した物を壊すには、その物が存在する目的を達成できなくしてやる事で、一気にガジェット崩壊が起きるらしい。

 今も販売機の存在理由である『販売する』機能=料金の投入口を破壊する事で自動販売機は崩壊した。


 彼はうず高く散らばったボトルの中から水のペットボトルを取り上げると、がつがつとあっという間に1本飲み干してしまう。とんでもなく喉が渇いていたらしい。

 喉の渇きを癒した彼は、手に残ったペットボトルをグシャッと握りつぶすと、それも数個のガジェットに変化するのを見てため息を付く。

改めて辺りを見回すと、もう日が暮れ始めている。


 彼はそれにハッと気が付くと、来る途中にあったコンビニに慌てて取って返した。


 コンビニも、食料品が略奪されて酷い有様だったが、無くなっているのは食料品が殆んどで彼の求める物はまだ残っていた。ロウソクとマッチである。彼はそれを手じかにあった布製のトートバックにありったけ詰めると再び公園に戻った。


 もうすぐ日が暮れる。照明器具が使えない今の世界では夜の闇は、本当に濃密な闇になるだろう。手元を照らす明かりは絶対に必要だった。

 彼はトートバックに水のペットボトル数本を放り込むと、マッチとロウソクを取り出した。二つとも素材アイテムである事は確認してある。


 亮介はマッチの箱とロウソクを左手に持って、意識を集中した。「風が吹いても消えない自動着火式のロウソク」を思い描く。だが、ロウソクとマッチに変化は無かった。


「レベルが足りません」


 何処からとも無く聞こえる声が、そう告げる。


「やっぱりダメか」


 亮介はマッチを下に置くと、ロウソクに集中した。今度は「風が吹いても消えないロウソク」を思い描く。すると、ロウソクの芯が消え、只の円筒状の蝋の棒のような物に変化した。


 彼は首をかしげながら、マッチを擦ると蝋の棒の端っこを炎に近づけた。すると、蝋の棒の片端からペンライトのように明かりが噴き出すではないか? 確かに炎が無ければ風で消えようも無い。彼は急いで同じ物を4~5本作るとマッチの箱と一緒にズボンのポケットにねじ込む。


 彼はトートバックを肩にかけ、右手に柳刃包丁、左手に無炎ロウソクを持って、かなり暗くなった公園に立ち上がった。

 目指すは公園の奥に見える自衛隊の敷地と公園を分かつごついフェンスである。


 亮介はごくりとつばを飲み込んだ。


 自衛隊員が携帯する自動小銃やサバイバルナイフはガジェット化してしまっているから役に立たないとは思うが、職業で戦闘訓練をしている自衛隊員に見つかったら面倒くさい事になるだろう。

 だが、ガジェット化初日で近代装備が全て使えなくなった自衛隊は、今混乱の極みにあるはずだ。隊員達は現状の分析や対抗手段の確認などで雁首を揃えてどこかに集まってワイワイやっているはずである。


 亮介はそこまで考えると、意を決して柳刃包丁をフェンスに振り下ろした。フェンスは何の抵抗も無く切り裂かれ、いきなりフェンス自体がそれを支えている支柱から消えた。

 多分1ロール分……十メーターか五十メーターか解らないが……のフェンスが存在目的を失ってガジェットになってしまったのだろう。


 彼は頭をポリポリとかきながら「仕方ないよね」と呟いた。

 亮介は気を取り直すと自衛隊の敷地内に踏み込んだ。


 敷地内は夕映えの残照で微かに照らされていたが、人工的な灯火はまったく無かった。少しはなれたところに、黒々とした倉庫群が並んでいる。人気はまったく無かった。


 彼は手じかの倉庫に用心しながら近寄った。

 入り口はがっちりとした南京錠で施錠されている。彼は右手に持った柳刃包丁で南京錠を破壊して内部に滑り込んだ。

 体育館ほどもある倉庫の中は、天井近くまで積み上げられたダンボールでいっぱいだった。

 亮介は表面に書かれた表示を次々と調べていく。


「これは、携帯食料……毛布……燃焼材……ここには無いな……」


 彼は一通りダンボールの表示を確かめると、次の倉庫に向かった。

 次の倉庫にはテント、水、Tシャツ、下着などで、彼の目的の物はまたも無かった。


 亮介は3棟目の倉庫に取り掛かった。この倉庫は見込みがある。プラスティックケースに収められた武器らしき物が、ずらっと並んだスチール棚に収まっていた。


 彼はまず調べておかなければならない事があったので、ビスケットサイズの紙の箱を探し始めた。それは、倉庫の奥の床に何段ものプラスティックのパレットに載せられて置いてあった。……銃弾である。


 彼は一番上の紙の箱から銃弾を一発取り出すとそれを床の上に寝かせて置き、慎重に柳刃包丁でそれを切断した。弾は音も無く3個ほどのガジェットに分解する。弾の置いてあった処には発射火薬のこぼれた後も無い。


 亮介はほっとした。もしかしたら火薬はガジェット化してないのではないかと疑っていたからだ。

 彼は安心して銃弾の解体を始めた。分離されたガジェットは漏れなく回収する。次は手榴弾、次は榴弾という具合に2時間ぐらいかけて倉庫の中の武器弾薬をあらかたガジェットとして回収する。手に持った無炎ロウソクはもう3本目だった。


 その時頭の中で、『人間=鋼伝寺亮介はレベルが2になりました』という声が響いた。


 彼は喜びの声を上げた。ガジェット化したものを分解する事で多少はレベルアップ経験地を獲得する事ができるのだ。実際、亮介はかなり大量な物をガジェット分解してきて、ガジェット分解では経験値が得られないのではないかと疑い始めていたのだ。


 彼は再びせっせと分解を始めた。

 自動小銃、迫撃砲、重機関銃、地雷、ハンディミサイル、暗視ゴーグル、防弾チョッキその他諸々を全てガジェットにして回収した。


 亮介は空になった倉庫を後にすると、基地の反対側に星空をバックにシルエットとして見える航空機のハンガーらしきものを目指して歩き始めた。


 そこに行くにはとんでもなく広い錬兵場を横切る必要がある。そこの右奥片隅では、体育館のような処にかがり火が焚かれ、かなりの人数の自衛隊員が集まっているようだった。

 亮介は錬兵場の左隅を迂回するような形でハンガーへと向かった。この距離では自衛隊員に亮介を発見する事は不可能だろう。


 亮介は無事に格納ハンガーに到着すると、入り口のドアを破壊して内部に潜入した。案の定そこには人っ子一人いない。


 ハンガーには輸送ヘリと攻撃ヘリが数十台格納されていた。

 ヘリを前に亮介は暫し考え込む。


「こいつを素早く分解するにはどうしたらいいんだ?」


 思案しながら、小さく呟く。

 そして、ヘリコプターをヘリコプターという目的に使用できないようにする為には、ローターブレードを切り落とすのが最適だろうと判断する。


 亮介は、比較的背の低い攻撃ヘリから分解する事に決め、ヘリコプター前部の暗視装置やバルカン砲を足掛かりにしてローター部によじ登った。そして、5枚のローターブレードを切断にかかる。ローターを2枚切断したところで攻撃ヘリは大量のガジェットになって消滅した。


 彼はいきなり2メートル近い高さから床に放り出される。

 「しまった!」と思ったが後の祭りである。彼は折れた左手首を握って七転八倒した。「ちくしょう! なんて弱い身体なんだ、もっと鍛えて置けばよかった」と思った瞬間、ガジェットが消費される気配がして、かれの左手は元に戻っていた。いや、それ以上だった。


 ひ弱だった高校2年の思春期終わりの華奢な身体は、筋肉も骨も一回り大きく頑丈になっているようである。しかも、身体レベルを上げると受けたダメージも回復するらしい。


「身体も改造できるんだ……」


 彼は呆然として、身体をさすっていたが、にやりと精悍な笑いを浮かべると床に落ちた柳刃包丁と無炎ロウソクを拾い上げ、嬉々としてヘリコプターの解体を再開した。


 図らずも強化された身体は、今までのような筋肉を酷使するような感覚は無く、楽々とそして素早くヘリコプターを解体できるようになっていた。


 全てのヘリコプターを易々と解体し終わると、亮介は自分のマンションに引き上げるべくハンガーを後にした。

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