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自作小説倶楽部 第5冊/2012年下半期(第25-30集)  作者: 自作小説倶楽部
第26集(2012年8月)/「スイカ」&「橋」
8/38

3 まゆ 著  スイカ 『スイカとメロン』/橋 『橋の上からデッドヒート』

   スイカ 『スイカとメロン』


 波の音、太陽の光、わたしは砂浜に埋められていた。

 直立した姿勢で埋められているので身動きができない。

 頭だけが砂から出ている。

 砂の圧力で、足先はつぶれそうに痛むし、胸が圧迫されて息もしにくい。

 さっき、男が来て、わたしの顔にペンキを塗りつけていった。

 緑と黒のペンキだった。

 わたしの顔はスイカ模様に塗られているのだろう。

 男たちのはしゃぎ声が近づいてきた。

 わたしを埋めた奴らだ。

 そいつらは、わたしを取り囲むと、わたしの頭に足を乗せた。

「スイカちゃん、まだ、生きてる?」

 スイカとメロン。

 人類は、人口過剰により、スイカとメロンに人間を二等分に分けた。

 基本的人権を持つメロンと、持たないスイカだ。

 わたしは基本的人権を持たないスイカ。

 奴らはメロン。

 メロンたちにとって、スイカは動物と同じだ。

「スイカ割り、はじめっか」

 男たちの笑い声。

「やめて……お願いです……」

 やっとのことで、絞り出したか細い声。

「なんか、言ってるぜ」

「言葉、しゃべってるの?スイカのくせに」

「スイカは、メロンの前で口をきいてはいけない法律ですっ」

 奴らは、わたしの目の前の砂を蹴った。

 砂が目に入った。

 口や鼻の中にも。

 涙で砂が流れ出て、にじんだ光景が見えるようになった。

 男が木刀を持って、剣道の素振りのように振るっている。

 目なんか、見えないままの方がよかったかもしれない。

 男が木刀を持ってわたしの前に立った。

 目隠しなんてしていない。

 ニヤニヤ笑いでわたしを見下ろして、木刀を振り降ろした。

 わたしの顔の手前で、砂が飛び散った。

 堅く目を閉じたが、細かい砂が顔中に当たって痛い。

 鼻や耳の穴にも砂が入った。

「こっちの方が良いんじゃね」

 男たちが、木刀の代わりに手にしたのは、大きな木槌だ。

「スイカ、粉々になるな!」

「やっちまえよ!」

 お父さん、お母さん、助けて……。殺されるよ。

「今度は、命中させちゃいな」

 男は、木槌を振り上げた。

「ひいいっ」

 わたしは、自分の悲鳴で目を覚ました。

「ああ、びっくり、気がついたの美沙」

 額の上にあったらしいぬれタオルが落ちる。

 ここは、海の家……。

 友達の美由紀が寝ころんでいるわたしの顔をのぞき込んでいる。

「あれっ?」

「美沙、気分が悪くなって寝ていたんだよ。まだ寝ぼけているの?怖い夢を見たの?」

「ああ、ごめん、美由紀。怖い夢を見たよ。スイカ割りのスイカにされた夢」

「何、それ?美沙、軽い熱中症だよ。水分取って」

 足音がして、もう一人の友達の琴子の声がした。

「美沙がスイカなわけないでしょ。はい、メロンが冷えていますよ」

 テーブルの上に、持ってきたメロンが乗った皿を並べた。

 わたしは、起きあがり、ありがとうと言ってメロンを口に運んだ。

 おいしい。やっぱりスイカよりメロンだ。

「元気になったじゃん。心配させてさ」

「ごめん。美由紀、琴子。心配かけたね。ありがとね」

 みんなで笑って、メロンをほおばる。

 外から、はしゃぎ声が近づいてきた。

 男子たちが買い出しに行っていたのだ。

 信夫が部屋に入って来るなり、日焼けした笑顔で叫ぶ。

「おっ、美沙、復活したな!もう、いいのか?」

「うん、大丈夫だよ。迷惑かけたね」

 ドヤドヤと男子たちが入ってくる。

「いいもの捕まえたよ。」

 男子たちが捕まえてきたのは、真っ黒に日に焼けたスイカだ。

後ろ手に縛られて、猿ぐつわをしている。

「わあ、かわいい!スイカの男の子だ」

 琴子が目を輝かせた。

「スイカ割りが出来るね」

「今、こいつを埋める穴を掘っているぜ」

 と、男子たちの高揚した声が聞こえる。

「美沙も来いよ」

 信夫たちが浜へ出ようとする。「こんなに日に焼けていたら、緑のペンキだけで良いね」

 わたしは、立ち上がると緑のペンキのカンを手に取った。

《おわり》








   橋『橋の上からデッドヒート』


 小学三年生 四十二位

 小学四年生 二十三位

 小学五年生 十四位

 小学六年生 七位

 中学一年生 三位

 中学二年生 二位

 中学三年生 一位(予定) これが、俺の校内マラソン大会の順位だ。

 今年こそ、一位をとって有終の美を飾るのだ。

 それには、強敵を倒さなければならない。

 陸上部のエース、斉藤努だ。

 ヤツは、県大会でも長距離で上位に入る実力を持つ。

 隣のクラスのノッポ野郎だ。

 待ってろよ!斉藤!

 この吹奏楽部フルート奏者 伊吹亮太が、今年こそ優勝をいただくぜ。

 そんなわけで、俺は朝のランニングを欠かさない。

 毎朝、校内マラソン大会のコースを走っているのだ。

 順調にタイムが縮まり、一位も夢ではないかと思えてきた。

 しかし、ここに来て、重大な障害が俺を襲った。

 学校の手前の橋を渡りきると校門までまで百メートルくらい、その後グラウンドを一周してゴールする。

 その橋が問題なのである。

 そのまで、快調に飛ばしてこれるのだが、ゴール寸前、心臓が高鳴り息が苦しくなるのだ。

 急激にスピードが落ち、ラストスパートができない。

 俺の作戦では、ここまで、斉藤努の後ろにぴったりとついて行き、ラストスパートで一気に決着をつけるしかないと思っている。

 相手は百戦錬磨の陸上部のエースである。

 こちらがリードして、それを守りきることは難しいのだ。

 しかし、その肝心のラストスパートのとき、体力が続かない。

 春まではこんなことがなかったのに……。

 その日も順調に、軽快な歩調でランニングをつづけていた。

 橋が近づいてくる。

 鼓動が小刻みになり、呼吸が乱れてきた。

 ああっ、今日もだ。

 大会まであと一週間なのに!

 橋のたもとまで来ると、もう走れそうもないくらい苦しくなってきた。

 橋の向こうから、走ってくる同じ中学の生徒の姿が見える。

 隣のクラスの中川真生だ。

 春の頃からか、毎朝、この橋の上ですれ違うようになった。

 赤いリボンで結ばれたポニーテールを揺らしながら、少しぎこちないフォームで、対岸から走ってくる。

 ちょうど、彼女とすれ違うころに、俺の動悸と息切れは最高潮に達するのだ。

 俺は、自分の苦痛にゆがんだみっともない顔を見られまいと、涼しい顔を作り彼女とすれ違う。

 その苦しさと言ったら、言葉には言い表せないくらいだ。

 彼女は、斉藤努と同じ隣のクラス……クラス別にも点数がでるので敵でもある。

 彼女が悪いわけではないが、これは何かの陰謀かと思うくらいだ。

 まあ、中川真生は、顔は、まあまあまともな方なので、ゆるせるのだが……。

 おっと、女のことなどどうでも良いのだ。

 今は、斉藤努を倒し、マラソン大会に優勝するためにがんばらねばならないときなのだ。

 しっかりしろ!伊吹亮太!

 しかし、とうとう、ラストスパートを克服できないままマラソン大会が来てしまった。

 不安はあるが、作戦通り行くしか俺に勝つチャンスはない。

 それだけ、斉藤努と実力に差があることは解っていた。

 ヤツは県大会でも上位なのだから……。 俺は、スタートから快調に飛ばし、先頭集団に紛れ込むことが出来た。

 一人、また一人と先頭集団から脱落し、後半には俺と斉藤努だけになった。

 ヤツのスピードは一向に衰えない。

 俺の調子も上々なのだが、ついて行くのがやっとだった。

 先のことなど考えてはいられない。

 ヤツの背中だけを見て、走ることに集中した。

 堤防の上を走り、あの橋が見えてくる。

 橋の上の歩道には応援の生徒たちがわんさか居る。

 午後から走る女子たちが応援に群がっているのだ。

 俺たちは、車道の真ん中を駆け抜けることになる。

 今日は、快調だ。

 息が苦しくならない。

 行けるぞ。


 しかし、橋のたもとまで来ると、急に息が苦しくなってきた。

 くっ、またかよ!

 ヤツの背中が少し遠のいた気がした。

 や、やばい!

 俺は、焦って、足を速めようとすると心臓が高鳴りだした。

 応援する女生徒たちの中で赤いリボンが振られている。

 中川真生がいつも髪に結んでいるようなヤツだ。

 その主は、やはり中川だった。

 くそう、斉藤努に声援を送ってやがる!

 負けるか~っ!

 俺は、死んでも良いと思って、足を前に前に踏み出す。

 そのとき、大歓声の中に、さわやかなフルートの音色にも似た声を俺の耳が聞き取った。

 なぜか、その声だけがハッキリと俺の耳が聞き分けたのだ。

 はじめて聞く中川真生の声だと気がつく。

「いぶきく~ん、がんばって~っ!」

 えっ、確かに俺の名前を呼んだ!

 同じクラスの斉藤努ではなく、俺の名を……。つうか、なんで、俺の名を知っているんだ?

 そのときである。

 動悸が止み、肺の中に酸素が満ち足りてきた。

 足が動く!

 調子が戻ってくる。

 おおっ!いけるぞ。

 斉藤努の背中が迫る。

 ぴったりついて校門をくぐる。

 トラックでヤツの肩と並んだ。

 しかし、簡単には抜かせてくれない。

 彼の頭が振られる。

 ヤツも苦しいんだ。

 俺は、さらにスパートをかけた。

 足が前に出る。

 いけるぞ!

 ゴールのテープが俺の胸に触れた。


《おわり》


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