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自作小説倶楽部 第5冊/2012年下半期(第25-30集)  作者: 自作小説倶楽部
第26集(2012年8月)/「スイカ」&「橋」
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2 奄美剣星 著  西瓜橋 『隻眼の兎の憂鬱』

隻眼の兎ギルガメッシュは時空警察官だ。時空の狭間に動めく犯罪者を検挙し、あるいは、そこに迷い込む者たちを元の世界に戻してやるのが使命である。

 女子高生・有栖川は、自らの意思とは関係なく時空の狭間に迷い込む。そんな彼女は、時空警察から、「特異点」と呼ばれていた。兎から、「なるべく自分の身は自分で守るのが基本だ」といわれ贈り物をされることがある。それらはいつも謎めいていて、あることから、彼女を守ってきた。現在、彼女が手にしていたのはストップウオッチだった。

 その日は、ギルガメッシュが、有栖川を、否、彼女の一家を招待していた。

   ☆

 夏休みだった。

 相棒である時空警察官サーベルタイガーのエンキドウが運転するサイドカー仕様のKATANA。そこのコクピットに収まっているのが隻眼の兎で、三角旗をはためかせていた。"Tours of the one-eyed rabbit"と書かれてある。徐行しているバイクの後ろを、一家がぞろぞろとついてゆく。

「こないだ、訪ねてこられたから、お茶をお出ししただけだというのに……」

「母さん手作りのモンブランに感動したから、そのお礼だって」

 中学生の弟・剛志つよしが、よいしょ、するかように、母親にいうと、彼女は扇子を口にあてて、「ほほほ」と近世欧州貴婦人のように笑った。同じ年である亭主が、「そういえば、新婚旅行を思い出すよね、母さん」といった。「そうそう、そこにあるヴェッキオ橋の宝石店あたりだったかしら、父さんはなぜかグラスを持っていて、私に向って、『君の瞳に乾杯!』っていってから、一気にスパーリングワインを飲み干したの」

「そういえばそうだったね、母さん。私たちは口づけを交わした。そのとき、母さんは、『お鼻、ぶつからないのね』っていったんだ。初心だよなあ」

「やだあ、父さんたらあ!」

「へえ。父さんと母さんってロマンチックだよね。映画『マルタの鷹』の一コマみたいで洒落てるよ」

 剛志がいった。

(家庭内太鼓持ち・剛志……。ふつう、このくらいの男子って反抗期でしょ。何で私の家族って、ずぶといの、私を除いて)

 夫妻は四十過ぎ。父親は長身で口髭を生やしている。家族には、町の住人に溶け込むようにという配慮から、絵本にでてくるような衣装が与えられていた。

 すれ違う荷駄や騎兵、それから町衆は、イタリア・ルネッサンス期の装いをしていた。そう、時空を自在に巡回する兎は、有栖川一家をその時代にいざなったのだ。

 一行が物見遊山していたのは石橋だった。基礎がアーチになっていて、両サイドが数階建てのビル群になっている。イタリア・フィレンツェ。盆地のようなところにある城市だ。町を流れるアルノ川には古い橋がかけられている。ヴェッキオ橋だ。十四世紀の橋の上はさながらショッピングモールで、宝飾店が並んでいる。

 四頭立ての馬車とすれ違い、それは少し離れたところで停った。いずれも白馬でゴンドラは白地に黄金の意匠を絡ませたものだ。

 最近、どういうわけだか、お決まりの、登場人物が有栖川の行く手を遮る。ダリウス、自称「魔界王子」。耳が尖っていることを除けば、細面で風に髪をたなびかせるところなど、好みの容姿なのだが、ストーカー・チックなのが気に入らない。

「やあ、有栖川姫。奇遇だね。時空を超えて僕たちが何度も巡りあうのは運命というものだ。さあ、今日こそ僕の思いを訊いてほしい」

 ダリウスは、ヴァチカン近衛兵が着ているパジャマのような青と赤の縦縞の装いであった。馬車から降た彼は。どういうわけだかボールのように小脇に抱えていた西瓜を路上に置き、その上に片足を載せた。

「シンデレラには南瓜の馬車。有栖川姫には西瓜の馬車なんて似合うと思う。夏だしね、涼しそうだろ。プレゼントするよ。これに乗って、今夜十二時、僕の魔界城においで、舞踏会があるんだ」

 ダリウスが髪をかき揚げてから宙で指を鳴らした。するとどうだろう、西瓜意匠の馬車が現れたではないか。

 有栖川は怒った。

(食べ物を土足で踏みつけるなんて……。虫が好かないわ)

 彼女の手には、ストップウオッチがあった。そこのボタンを、ぷちっ、と押す。すると、西瓜の馬車が二つに割れ、次に石橋の底にダストシュートのような細い抜け穴ができて、「魔界王子」ともども吸い込まれるように落ちて行った。ジャボンと川に落ちた音。石橋の床が元のように塞がった。

   ☆

 この瞬間を女子高生である娘を除いて、家族は、誰も気にも留めていない。

 象牙細工やらネックレスがショウウインドウからみえるのだが、一行は宝飾店に見向きもしない。彼女の両親は人にはばかることなくいちゃついていた。中学生の弟は両親を、よいしょ、していた。

 有栖川は、「変。うちの家族、ぜったい変」とつぶやきながらグループの最後尾を歩いていた。

 サイド―カーの兎とサーベルタイガーは振り返りもしない。三角旗だけが風にたなびいていた。やがて旅行者たちは橋を渡り終え、向こう岸にある繁華街の喧噪に消えて行った。


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