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自作小説倶楽部 第5冊/2012年下半期(第25-30集)  作者: 自作小説倶楽部
第26集(2012年8月)/「スイカ」&「橋」
6/38

1 ぼうぼう 著 スイカ 「芽」

夏、恒例の里帰りが独身ですでに三十代後半に足を突っ込んだ奈穂には、複雑であった。それでも、今年も飛行機の予約を無事とり、明日からの二泊三日の里帰りの準備も済ませていた。とりあえず今何もやることはない。一人暮らしの相棒になった部屋でゴロンと転がって天井を見上げた。

「いやね、もう!」

忙しい日々には気づかなかった天井のくすみが今日は妙に気になった。

管理会社を通して、大家さんに言えば天井だけでなく壁も張り替えてくれるんだろうなぁーぼんやりと彼女は思った。

とはいえ。彼氏でもない他人にドカドカ部屋に入られるのも、あまりいい気分でないしなぁ、と奈穂はため息をついた。

就職でこの見知らぬ都会で十数年、この部屋に喜怒哀楽をどれだけぶつけてきたことか。

「そっか、もしも、ここで生まれても、もう中学生になってるんだな」

苦い笑いが顔に広がるのを感じた。


「あ、そういえばカットスイカがあるんだっけ」

一人暮らしは気づかぬうちに独り言を多くする。彼女は、空に近い冷蔵庫から、スーパーでカットされていたスイカを取り出すと、シャクシャクとスイカを食べた。黒い種を時折ゴミ入れのボックスに口をすぼめてプイッと飛ばした。

「家族でもいれば、怒られるよね。ってか、もう怒る立場の母親でもおかしくない年齢だし」

独り言にツッコミまで自分で入れるのに、再び苦笑した。


二日後ー。

この数年、里帰りするつどに小さくなっってる両親が、奈穂を乗せたバスが見えなくなるまで見送るのをようやく振り切り、この部屋に戻ってきた。近所に兄ちゃん家族もいるーだからこそ、ここに私はまた戻るのだ。暗い部屋の照明をつけた時ー

え、まじで?

ゴミ箱に里帰り前に食べた時、吹き飛ばしたスイカの種から芽が出ていた。奈穂の里帰りの間、蒸し暑い日が続いたのは知っていたし、実際、飛行機から降り立ったアスファルトの覆われたこの土地はむっとした熱気で奈穂を出迎えた。

とはいえ、ゴミ箱でスイカの種が発芽している力強さ、図々しさに奈穂は脱力した。種を突き破った小さな芽は大威張りで息づいていた。

「でもね、あんたが生きる為の土はここにはないんだよ」

芽を握りつぶそうとした時、携帯電話が鳴った。兄からだった。

「父ちゃんが倒れた…今、病院の集中治療室だ」

「え?うそ…」

「とりあえず帰って来てくれ」

「わかったけど、もう今日は飛行機ないよ…」

「うん、明日できるだけ早く!」

そういうと兄は電話を一方的に切った。

奈穂は握りつぶそうとしていたスイカの小さな芽を手に感じた。近所のホームセンターならまだ開いている。

奈穂はスイカの芽をそっと置いて、ホームセンターに駆けだしたー土を求めて。スイカの芽が育つのか、そんな知識は奈穂には全くない。でも、今、自分で握りつぶしかけたスイカの命が父に重なった。あの芽が朽ちるのは許されないーそんな気がした。ホームセンターに向けて走った。目からこぼれる涙が流れるまま、足はとまらない。奈緒は願った。

生きるんだ!


(終わり)



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