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自作小説倶楽部 第5冊/2012年下半期(第25-30集)  作者: 自作小説倶楽部
第30集(2012年12月)/「初霜・初雪」&「失敗」
37/38

5 まゆ 著  失敗 『世紀の失敗』/霜夜 『凍てる星空』

作品1/

 失敗『世紀の失敗』


  日本物理学研究所の時空旅行研究室では、世紀の発明に沸き立っていた。

 白髪に白いお髭がチャーミングな一文字博士が、白く濃い眉を八の字に下げて万延の笑顔で言った。

「諸君、ついに人類初のタイムマシンが完成した。物理学的に不可能とされた時間を巻き戻す装置である。まさに奇跡の第一歩である。これは諸君らの協力と、先輩諸氏の弛まぬ努力によって成し遂げられた今世紀最大の成功である」

 一文字博士以下八名に、囲まれたタイムマシンは、事務用の机二つを重ねたくらいの箱型だった。

 左手ににマシンを作動させるレバー。

 正面の液晶モニターには細かい設定の数値が映し出されている。

 右手には、キーボードが配置されており、これで設定を打ち込む。

 マシンの上部には、内蔵された原子時計が刻む現在の時刻が表示されていた。

 それを見上げながら、第一研究員の田中栄一が言った。

「博士、とうとうやりましたね。これで、宝くじの当選番号を持って過去の宝くじを買うことも、値上がりした株を安い時期に買うことも可能となりますね」

 博士は、眉をひそめて言った。

「田中君、そんなことをすれば、歴史が混乱してしまうよ。我々、科学者が考えることではない。すぐに法律が整備され、そんな行為は犯罪として罰せられるようになるだろう」

 田中は、額の汗をぬぐいながら頭を下げ下げ言った。

「すみません。博士……」

「しかしだ。法律の整備される前に、研究費の回収と、別荘を建てるくらいの金なら稼いでも罰は当たるまい」

 博士が小さな目でウインクすると、研究室は笑いに包まれた。

「試運転を開始しよう。設定は、どのくらいになっておるか」

「十年前であります」

「それはいかんな。十分前でいこう」

「博士、それでは……」

「考えてもみたまえ、何の準備もなしに十年後に行ったら、ポケットに中のキャッシュカードもスマートホンも十円玉すら使えないのだぞ」

「そうでした。博士、そこまでお考えになろうとは」

「何事も、成功の秘訣は、未来を読み切ることじゃよ。この場合は過去だが……」

 田中はマシンの右手にあるキーボードにデータを打ち込み、設定を十分前にセットした。

「しかし、博士、我々の世界に、タイムマシンを完成させやってきた未来人が一人も確認されていないが気がかりです」

「それは、法律で決まっているのだろう。あまり、近い未来に行くと何かと問題がある。アインシュタインの相対性理論を持って、アインシュタインの前に自分の祖先の物理学者に発表させたり、金を不当に設けたりな。そうならないように法律で規制されておるのじゃよ」

「なるほど」

 田中は、すこし首をかしげながらうなずいた。

「心配するな。この実験は百パーセント成功する。見ていたまえ」

 一文字博士が、マシンを作動させるレバーを引いた。

 タイムマシンに内蔵された核融合炉が唸りを上げて作動し、原子時計の数字が時をさかのぼっていることを表示していた。

 原子時計が十分巻き戻され、タイムマシンは停止した。

 日本物理学研究所の時空旅行研究室では、世紀の発明に沸き立っていた。

 白髪に白いお髭がチャーミングな一文字博士が、白く濃い眉を八の字に下げて万延の笑顔で言った。

「諸君、ついに人類初のタイムマシンが完成した。物理学的に不可能とされた時間を巻き戻す装置である。まさに奇跡の第一歩である。これは諸君らの協力と、先輩諸氏の弛まぬ努力によって成し遂げられた今世紀最大の成功である……

《おわり》 



作品2/

霜夜『凍てる星空』 


  わたしは、堤防の土手に寝そべって逆さまの夜空を眺めていた。

 無数の星々から投げかけられる氷のように冷たい光が、わたしの開けっ放しの瞳に刺さる。

 こいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウス、オリオン座のベテルギウスが作る冬の大三角。

 そこから、少し西に明るく輝くのがアルデバラン、おうし座の一等星だ。

 半年前の夏も夜空を見上げていたことを思い出す。

 あのときは、一人じゃなくて、直人と一緒だった。

 直人と付き合いだして間もないころ、まだ、二人は手もつなげないでいた。

 神社の神楽の帰り道、堤防の上で見上げた夜空を指差して直人は言った。

「あれが、夏の大三角。はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル、そして、こと座のベガ」

 指差された一等星を追うと夏の夜空の大三角を確認できた。

 直人は、高校の天文部に所属していたので、星の名前に詳しかった。

 二人は、土手の草の上に腰を降ろして、しばらく星空を眺めていた。

 流れ星が見えるかもしれないと期待しながら見つめる夜空は、澄んだ湖のように静かだった。

「さそり座が昇ってきたよ。あれが、アンタレスだ」

 直人が、明りの消えたビル上に光る真っ赤な一等星を指差した。

 そのとき、草の上に置かれた私の右手の小指の先が、直人の小指に触れた。

 小指の先が直人の体温を感じたとき、胸が高鳴りだした。

 指先にアンタレスの火が灯ったように熱くなるのを感じた。

 それから、わたしたちは学校が終わってから、堤防の上で星を眺めるデートを重ねた。

 ただの星空としか思っていなかった空は、いろいろな星の名前を覚えるたびに賑やかにきらびやかになっていった。

 直人と見上げた星空は、温かく穏やかだった。

 でも、今見上げている星空は、逆さまだ。

 頭が、土手の下の方を向いているからだ。

 星の光が瞳に突き刺さるように感じるのは、瞬きもせずに見つめているからだ。

 枯れ草色の堤防に投げ出された私の体に身に着けているものは、靴下と、首に巻かれたベルトだけ。

 凍り付いていくわたしの時間。 

 逆さまの星空の下で、わたしは霜の降りる音を聞く。

 


 《おわり》




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