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自作小説倶楽部 第5冊/2012年下半期(第25-30集)  作者: 自作小説倶楽部
第28集(2012年10月)/「温泉」&「寄り道」
26/38

8  レーグル 著  温泉「作戦名『古きを温めろ』」

 世間は今まさに伝記ブーム。

 商業利用が許可されたタイムマシンで、過去の偉人に『実際に』密着して書かれた伝記が大ヒット中。作家志望だった私にもチャンスが巡って来た。

 私は世界を救った偉人、高畑願望のぞみの伝記を書くため、二十一世紀後半の日本に移動し、美木と名乗り、未来の技術を使って、彼の研究所に助手として潜入した。しかし、彼はなんと世界征服を企んでいたのだ。最初はおかしな発明をするだけだったのだが、最近は発明品と一緒に街に出るようになり、私はそれを渋々未来の技術を使って阻止していた。


「慰安旅行、ですか」

 カレンダーに三つ並んだ丸印を付けたアンドロイドに疑問を持った私が願望に聞いた答えだった。

「そうだ。山奥の温泉旅館に二泊三日。費用は全て僕が持つ」

 温泉。未来では昔の湯治をさらに効率的にしたような『成分浴』という方法が主で、天然の温泉はすっかり廃れている。だから、私はたまにワイドショーで見る温泉に興味があった。

「コン浴もありますよ」

「こら、ヤマモト君」

 温泉に浸かる意味があるのか分からないロボットが、何か言い、願望は少し慌てた様子で制止する。コン浴って何だ。露天風呂、岩盤浴、足湯なんてのは、テレビで聞いたことある。後で調べてみよう。

「ああ、そう言えば、ジャスティストラベラーのことなんだが」

 誤魔化しなんだろうが、急に願望が『あのヒーロー』のことを口にしたので、私は動揺する。

「な、なんですか」

「ああ、そう。そうだ。やつはいつも我々の活動を邪魔するが、他にヒーローらしい活動をしているのを聞いたことがない。何かおかしいぞ」

 そう言えば、そうだった。願望が逮捕されるのを防ぐために、私は未来の技術でヒーローに扮して邪魔をしていたのだが、普段は願望たちと一緒にいるため、流石に違和感が出てきたみたいだ。そろそろ誰か他の人を使うようにしないといけない。そんなことを考えていたので、私は『コン浴』が何か調べるのを忘れていた。



 彼が世界を救うまで、あと八ヶ月。



 到着した旅館の外観は古かったが中は綺麗で、部屋には裏手の山が一望できる大きな窓が付いていた。

「見て見て。山が真っ赤。ほらっ」

 少しはしゃいでしまった私を、一人と一台がうんうんと頷きながら眺めていた。途端に恥ずかしくなって、うつむく。

「ちょっと、お風呂入ってきます」

 私は逃げるように部屋を出た。

 温泉にはマナーがある、というのを旅行の前に願望に聞いていた。私も自分で調べて、勉強した。だから、一人でも大丈夫。そう思いながら廊下を歩いていると、見慣れない文字が飛び込んできた。

『混浴』

 何だろう。露天風呂、岩盤浴、足湯、寝湯なんてのは、テレビで聞いたことあるんだけど。読み方は『コンヨク』かな。そう言えば、どこかで聞いたことがある気がする。よし、入ってみよう。時に旅行者はこういう大胆な行動を取ってしまうものだ。


「うわあ。広い」

 浴場は広い露天風呂で、思わず大きな声を出してしまった。他に人はいなかったが、咳払いを一つしてから、体を洗い、湯船に浸かる。

「ふあ」

 口から自然に息が漏れる。体が心地良く温められ、全身の筋肉が弛緩する。温泉最高。

 しばらくぼんやりしていると、川のせせらぎの合間に、願望とアンドロイドの声が聞こえてきた。そう言えば、こういう温泉は男湯と女湯が隣にあるものらしい。近くの浴場に来たのだろうか。

「ヤマモト君。今年こそ若い女性がいると良いな」

「そうですね。ノゾミさんの夢ですからね」

 声がはっきり聞こえるほど近くにいることに気が付いて、その方向を向くと、なんと、腰にタオルを巻いただけの願望と人型ロボットが並んで立っていた。突然の出来事に、呆然とする。そして、向こうも私に気が付いた。

「な、なぜ美木君がここに」

「そ、そっちこそ。ここ女湯ですよ」

 慌てて口許近くまで湯船に浸かり、湯船の淵に置いておいたタオルに手を掛ける。

「ここは混浴ですよ」

 ロボットだけがいつもの口調でのんびりと言った。


 納得はいかないが、この混浴というものは男女が一緒に入るタイプの浴場らしい。

「知りませんでした」

 結局、湯船から出るのも恥ずかしくて、三人並んで温泉に浸かった。願望との間にロボットを挟んだのは、ささやかな抵抗だったが、ロボットは隠したりしないので目のやり場に困る。

「美木君、さっきからちらちらヤマモト君を見てるだろう」

 そう言う願望は私の方をじろじろ見てくる。博士と助手という関係上、なかなか強く言えないのだ。

「あんまりじろじろ見ないでください」

 腕で色々隠しながら言う。実際のところ、この体は本当の私の身体データを基に容姿変換装置で時代に応じた姿に再構成したものなので、そこまで恥ずかしがる必要は無いはずだけど、それは映像データ内の自分の裸を「これはスクリーンのライトの明滅に過ぎない」と言うようなもので、年頃の女性としては、心の準備も無しにこんな明るい半分野外でじろじろと見られるのは、恥ずかしいのだ。

「ノゾミさんは昔から若い女性とは縁がありませんからね」

「そんなことはないぞ」

 願望が目を閉じる。

「あれは、僕が高校生のころだ」

 そして、語り出した。

「僕は勉強が得意で、たまに趣味で発明をする普通の生徒だった。なぜか友達は少なかったが、ある日、僕の発明が役に立ったのがきっかけでクラスの女子の一人と仲良くなった。彼女の名前は椎名胡夏こなつ。彼女は優しくて、明るくて、綺麗で、人気者だった。僕はよく彼女と話をするようになった」

 初恋の話だろうか。もちろん今回の伝記を書く上で押えておきたい話の一つだ。

「だが、まあ、二人きりじゃなかった。僕には中学からの友人が一人いた。そいつは僕とは正反対で勉強は出来ないが、スポーツが得意で、僕の発明をいつも喜んでいた。良い奴だった。そいつも入れた三人で遊びに行ったりもした。そうなれば、彼女とそいつが好き合うのも自然な流れだ。なんとなく気付いてはいたが、僕も彼女のことが好きになりかけていたから、邪魔はしなかったが、応援もしなかった」

 願望は目を開くと、どこか遠くを見つめる。

「高校三年生の夏、友人が急に倒れてそのまま入院した。手術が必要らしかった。だが、成績がそんなに良くなかったそいつは、定期テストである程度良い点数を取らないと卒業させてもらえなかった。テストまであと数日。手術をすれば間に合わないのは確実だった。なんとか三人で卒業したいとそいつが言うから、僕は身代わり用のロボットを作ったんだ。もちろん、不審に思われないように、そいつの勉強の成績も含めて出来るだけ正確にそいつのことを真似した。今、考えれば良い点数を取らせてやればいいんだけどな。ロボットの完成度は高くて、かなり仲の良かった彼女でも後で言うまで気付かなかった。先生たちも病気を押して出てきたと感心してた。そして、無事にテストが終わって、三人で卒業出来ることになった」

 昔からそんな発明をしていたのか。私が続きを待って願望を見ていると、彼は思い出したように隣の興味津々な様子のロボットに目をやった。

「いや、ヤマモト君も知っているはずだろう。当事者なんだから」

 まさか当時作ったロボットが、この『ヤマモト君』なのか。アンドロイドは思い出そうと頭をしぼったようだが、断念するといつもの調子で言った。

「覚えてませんね」

「そう言えば、テストが終わった後に、なぜか雨の公園に一晩中立っていた時があったな。感情プログラムとスキンの熱感知システムに酷いエラーがあったから、そのままその機能は全部消去してしまったんだが、もしかしたら、その時に感情に関係付けられた記憶ファイルも一緒に削除されたのかもしれん。今のところ不具合は無いようだから、そのままで、いや、帰ってからメモリのチェックを」

 話の続きが気になったが、どうも願望の興味が逸れてしまったようだ。今無理に聞かなくても、また後で聞けば良いだろう。


 夜。山の幸をふんだんに使った食事を堪能していると、部屋に人がやって来た。白い帽子を被った板前さんだが、その顔は『ヤマモト君』と瓜二つだった。いや、正確には板前さんの方が少し歳を取ってるようだ。

「久しぶりだな。ガンボー。一年ぶりか」

「ああ。久しぶりだな」

 そう言って、二人はニヤリと笑い合う。

「今年は広い部屋でって言うから、何かと思ったら、女の子連れてきたのか」

「紹介しよう。僕の助手の美木くんだ」

 板前さんがこちらを見たので、反射的に頭を下げる。見慣れた顔なので、なんか変な感じだ。

「こいつはこの旅館で板長をしている友人で、山本だ」

 ああ、これは間違いない。さっきの話の。

「もう山本じゃないって何回言わせるんだ」

「うるさい。僕の中じゃ、お前は山本なんだよ」

 まるで高校生に戻ったかのように、二人がはしゃぐ。この人は、何かあって名字が変わったようだ。私は少し思い付いて、言ってみた。

「あの、もしかして、椎名さんですか?」

「そうだよ。なんだ。話してたのか」

 椎名さんが願望に聞く。

「いや。二人のことは話したが、結婚したことは言っていない、はず」

「勘です」

 私は得意になって答えた。

「おう。ヤマモト君」

「お久しぶりです」

 椎名さんが『ヤマモト君』の肩を掴む。二人が並ぶと、まるで兄弟みたいだ。



「お下げいたします」

 仲居さんが食器を片づけると、入れ替わりに女性が入って来た。

「若女将の椎名です」

 和服の似合う綺麗な人だ。椎名さんの奥さん。いや、どっちも椎名さんか。椎名夫妻が並んで座る。

「願望君が女の子を連れてくるなんてね。初めまして。高校の頃の同級生で椎名胡夏です」

 彼女が上品に笑い、私にぺこりと頭を下げる。私も慌てて正座する。

「どうも。美木です」

 若女将と板前の夫婦か。旦那さんが婿入りしたのかな。

「いやあ、ただの助手だよ」

 願望はすでにかなり酔いが回っているようで、座っているのにフラフラしている。私が呆れながらそれを見ていると、椎名夫妻がくすくす笑い出した。

「ごめんなさいね。彼、ちょっと照れてるみたい」

「別に照れてない」

 もしかしたら、今までで一番人間らしい表情かもしれない。いつもは慌てたりすることがあっても、少し演技っぽい態度だし。この微妙な違いを誰かに伝えられるほど、私の表現力が高くないのが残念だ。

「美木さん。ちょっといいかしら」

 胡夏さんが私を手招きして、部屋を出る。私が後を追うと、彼女は深々と頭を下げて待っていた。

「な、なんですか」

「願望君のこと、よろしくお願いします」

 彼女が顔を上げる。

「彼、今でも色々発明してるんでしょ。私も昔、それで助けてもらってことあるの。でも、やっぱり普通の人からは変に思われちゃうのよね。願望君は自分ではあんまり言わないけど、周りの人のこと、良く考えてくれてる。それを上手く伝えられなくて、誤解されたりするけど、彼はそれでも良いと思っちゃうタイプなのよ。だから、いつもそばに居るあなたに支えてあげて欲しいの」

 私にはそんな人間には見えないんだけど、彼女の真っ直ぐな瞳に、否定的な言葉が出てこない。

「はあ」

「お願いね」

 彼女が私の手を取る。はいと返事をするまで解放されない予感がする。

「分かりました」

 私は観念することにした。この言葉が嘘でも本当でも、しばらく願望のそばにいないといけないのは事実だ。それに、ほとんど毎日顔を合わせているのだから、情が移っていないということもない。私に出来る範囲で支えていくのは、義理というか、義務みたいなものだ。

「でも、なんでそこまでするんですか」

 彼女は、願望が自分を好きだったと知っているのだろうか。

「私が、夫と付き合えたのは彼のおかげなの。夫はあまり勉強が出来なかったから、高校を卒業してすぐ働くつもりだったんだけど、大事なテストの前に彼は入院してしまった。どうやら彼、無事卒業が決まったら、私に告白するつもりだったらしいの。でも、留年となればそれは無理だし、何より健康と体力だけが取り柄だったから、自信を無くしてたみたい。当時の私は何も知らなかったから、全部後で聞いたんだけどね。テストの日、彼は教室に現れた。みんなびっくりしたけど、一番驚いたのは私。だって、彼はその日病院で手術を受けてるはずだったんだから。テストの後、彼は明日大事な話があるって、私を学校近くの公園に呼び出した。それで、事情も説明しないでいなくなっちゃうから、私も学校から真っ直ぐ病院に向かったの」

 正確に当時の椎名さんをコピーした『ヤマモト君』は、彼の決心まで忠実に再現したのか。テストの結果が出る前になったのは、微妙な心の変化なのかもしれない。

「そこでのやり取りは、今思い返すと間抜けだったわ。私が学校に来た事について色々聞くんだけど、彼は何も知らないし、話も噛み合わないの。だって、彼はその日手術を受けてたんだから。看護師さんに注意されて、冷静になって、やっと願望君が何かしたんだって分かった。それから私が彼に聞いたのよ。『大事な話って何なの?』って。彼、真っ赤になって、それで、そのまま真剣な顔で『結婚して欲しい』って言ったのよ。いきなりプロポーズ。びっくりしたわ。彼も私も顔真っ赤で恥ずかしくて恥ずかしくて、だって大部屋で他に人がいるんですもの」

 当時を思い出したのか、胡夏さんの顔が少し赤くなって、彼女は手で顔をぱたぱた扇ぎ出した。

「それで、私たち付き合うことになって、今はこうして結婚もしたわ。だから、次は願望君の番。彼のこと、悪くないって思っているんでしょ」

 それは少し否定したい。でも、否定の態度は、彼女の真っ直ぐな瞳から目を逸らし、話題を逸らすだけに留めた。

「そう言えば、旦那さんの病気って何だったんですか?」

「盲腸よ」

 胡夏さんの話は、伝記にも書けないようなとても個人的な話だった気がする。いつか願望から話を聞くまで、この話は書かないでおくことにしよう。


END


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