6 パールくん 著 温泉 『干支が露天風呂じゃないし』
ここは、南国リゾートホテルのプール。
その年の干支の神が、いちねん浸かって世の幸せを願う・・・
って、違う違う!
それは、干支の露天風呂のほう。
今回は、まだ順番が巡っていない干支の神の休日のはなし・・・
満天の星の下、昼間あんなに熱かった木のデッキは、しっとりと冷たい。
戌之介はビーチサンダルを脱ぎ捨てると、ガーデンプールのプールサイドに裸足で降りた。
先程から不愉快な声をたてる携帯を耳にあて、眉間にシワを寄せながら。
このホテルは【くつろぎの四次元空間】というキャッチフレーズで宣伝されている。
しかし、本当に異次元世界と繋がっていることは、人間は知らない。
全室オーシャンビューの豪華な作りで、1階ロビーからテラスにでると、青い正方形のプールが見え、椰子の並木のむこうには、真っ白い砂のプライベートビーチがある。
プールサイドへ降り、手前の低い位置からビーチを見ると、まるでプールと海がつながっているような開放感と壮大さが味わえる。
夜になると、プールまわりに等間隔に配置された篝火が、同じ数用意されたラウンジャーのフランス製の白い生地を艶やかに染める。
「ええ、わかりましたから。なんとかします」
携帯を切り軽く溜息をつきながら、戌之介は近くのラウンジャーに腰をおろし、リクライニングを倒すと空を見上げた。
篝火とホテルの照明で星が見えない。
両手を双眼鏡のように顔に当て、星空を覗きこむ。
途端に星の数は増え、戌之介は上よりも、もっと上の空を見ようと反り返る。
「くすくすくす」
双眼鏡の中に、グリーンのハイビスカスが入ってきた。
「アナタ、面白い格好よ」
グリーンのハイビスカスは、妻のパレオの柄だった。
色の白い長身に、長い黒髪と印象的な青い瞳は、故郷の寒い国のように閉じた印象だが、今夜の妻は違っていた。
これでもか、というくらいのリゾートファッション。
夜でも、ビキニに上からパレオを纏った姿だ。
「もう、お電話終わったの?はい、これ。そこのバーで、部屋付けで頼んじゃったわ」
妻はホテル1階のプールサイドに面しているバーを振り返り、肩をすくめた。
戌之介は、彼女が持ってきたコッテコテの南国カクテルを受け取ると、ありがとうと苦笑した。
「子供たちは?」
「ベッドに入るなり、爆睡よ。昼間、あんなに暴れてたんだから」
「はは。だろうな」
三つ子の息子たちは、昼間のほとんどの時間をプールとビーチの往復に費やしていた。
じゃれあい、喧嘩し、大暴れだ。
やっと訪れた、大人の時間。
妻も隣のラウンジャーでくつろぎながら、甘いカクテルを堪能している。
祝言をあげて以来、一番はしゃいだ姿だろう。
なんせ、彼女にとって、生まれて初めての南国のバカンスなのだから。
先程からバーの金髪のバーテンダーが、チラチラ妻を盗み見ているが、戌之介が一瞥すると、彼は奥に引っ込んだようだ。
他に人気はない。
「さっきの電話は、巳妃のばあさんからだ」
「巳年の娘さんだっけ」
「ああ、孫が龍五郎にたぶらかされてるとか言っててな。次の交代がちょっと厄介だ」
まだ若い巳年の娘が、辰年の大男に片思いしているだけのようだが、最近妙に色気づいたと、ばあさんが騒ぎ、気をもんでいるという。
戌年の戌之介には本来関係のない話だが、干支の神は順番に世話役をしている。
今回のひとまわりは、戌之介の順だ。
支障なく交代できるように。
争いのないように。
そして、交わりのないように。
「やっぱり、家柄が違うと、惚れた腫れたはご法度?」
「ああ、種族が違う」
「かわいそう・・・」
プールの水面は動かない。
しかし、水が動いているのがわかるのは、篝火の光が映る上を泡がゆっくりと通り過ぎるから。
ふたりは黙って、夜の風を味わう。
遠くの海、水平線にひとつの光。
漆黒のビーチは、光が届かず、それは、存在しないのと同じ事。
椰子の並木の狭間から刺す、異形の視線。
存在しない場所からは、存在しないはずのイキモノが湧く。
途切れない弦の音色にヤモリの声、カチャカチャと食器を片付ける音が、ここを人の世に保っている。
真夜中になれば、異界の宴が始まるのだろう。
「アナタ・・・ねぇ、しよ?」
「え?だって、子供が寝てるじゃないか」
「ううん、お部屋じゃなくって・・・ほら」
妻が指差すのは、椰子の並木の向こう。
「あっちでか・・・よし」
戌之介はストローでカクテルを吸い上げると、グラスに引っかかっていっるパイナップルを齧り、立ち上がった。
「ああああ!店長っ!あそこにシベリアン・ハスキーがいます!!」
金髪のバーテンダーがカウンター横のガラスの壁面にへばりつきながら叫んだ。
「・・・うるさいですよ。お客様がペットを散歩させているんでしょう」
眼鏡をかけた神経質そうなもうひとりのバーテンダーが言った。
「えー、南国なのにぃー。珍しいのにー」
店長の反応の悪さに金髪はぶつぶつとしつこい。
「テラスの食器、お下げして」
「はーい。あ、もう一匹いる!ちっさ・・・豆柴・・?」
2匹の犬は、椰子の並木の奥へ消えていった。
ラウンジャーの上には、グリーンハイビスカスのパレオと男の服が、微かに夜風に揺れていた。
1月/「干支『年越し露天風呂』」9月/「秋 『干支露天風呂の秋』」の続編っぽいものになりましたw




